第8話 新たな出会い4

「――まあざっとこんな感じでしょうか」


「驚いたな……」


 僕はリディアさんに言われたと通り自分が魔力を使って出来ることをほぼすべて見せた。


「正直想像以上だ。私はこれまで傭兵や冒険者として多くの騎士シュヴァリエをこの目で見てきたがお前ほど魔力の扱いに長けた奴は片手で数えるくらいしか見たことがない」


 何だか今日はいつも厳しいリディアさんがたくさん褒めてくれるから嬉しいな。


「私はあまり魔力の扱いが得意じゃないから魔力の扱いだけで言えばシンの方が既に私よりも上だろう。その力はこれから騎士シュヴァリエとして力を付けていく上で必ずお前の役に立つはずだ。ただ、少し気になることもある」


 そう言うとリディアさんは一歩僕に近づき、屈んで僕と視線を合わせた。「何か魔法を使ってみてくれ」と言われたので僕は右手に魔力を集中させ、集まった魔力を炎として具現化させた。

 その様子をじっと見つめていたリディアさんが頷き、「やっぱりな」と零した。


「シンの魔力操作のレベルはかなり高い。それに魔法を使うプロセスも普通とは違う。普段魔法を使う時どうやってる?」


「えっと――」


 じいちゃんから僕が教わったのは魔力操作の方法と魔法の扱い方。

 魔力とは植物、動物、無機物、そして空気に至るまでこの世の全てがその身に内包しているエネルギーだ。

 そしてその魔力を扱い、現実に干渉させるのが魔法。


 魔法は精霊、魔物、そして亜人種を含めた人種が扱うことが出来る。

 ただ、理由は解明されていないが亜人種と人種においては女性にだけ魔力を扱う能力があり、男性には無い。


 そんな魔法だが僕がじいちゃんに教えてもらった使い方には大きく分けて二つのプロセスが存在する。


 まず魔力に意識を向けること。

 そして次にその魔力をどう変質させたいのかを明確に頭の中でイメージすることだ。この時にイメージが明瞭になっていなかったりすると魔法は不発してしまう。


 ただ、僕がこのことをリディアさんに話すと、リディアさんは首を振った。


「それが異常なんだ。普通魔法を使おうと思ったら二通りの方法がある。詠唱魔法と儀式魔法の二種類だ。一般的なのは詠唱魔法の方で魔法を使おうとした場合に必要なプロセスは三工程。まず魔力を認識すること。そしてその魔法のイメージを思い浮かべること。そして最後にそのイメージを確たるものとするために魔法固有の詠唱を行うことだ。シン、お前はこの詠唱というプロセスを省いた二工程で魔法を行使しているんだ」


 魔法の詠唱? そんな話は初めて聞いた。


「でも、さっきの授業で使った身体強化フィジカル・ブーストの時は誰も詠唱してませんでしたよ?」


「ああ、やっぱりそうだったか……。お前魔法は全て一括りに魔法だと思ってるだろ?」


「え、違うんですか?」


 ふぅ、と溜息をつくとリディアさんは腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩くと僕にその隣へ座るよう促した。地面に簡易な絵を描きながらリディアさんを説明を始めた。


「いいか? 魔法とは言っても身体強化フィジカル・ブーストを始めとする筋力向上ハイ・ストレングス敏捷向上ハイ・アジリティなんかの身体能力を向上させる魔術は魔力を扱える者なら誰にでも使える基礎魔法に分類される魔法だ。対してシンがこの前見せた剣を修復させる魔法や今の炎を具現化させる魔法、これらは属性魔法に分類されるものなんだ」


「属性魔法?」


 初めて聞く単語だ。まだ座学の授業でも習ったことがない。それにじいちゃんは僕に魔法を教えてくれた時そんな話はしていなかった。


「人にはそれぞれ魔力の特性がある。例えば私だったら――」


 そう言ってリディアさんが身体強化フィジカル・ブーストを使用するとリディアさんの髪の紅いメッシュの部分がより赤く色を発し、髪全体に赤いオーラが纏わりついた。


「魔力の色が赤いだろう? 赤の魔力の特性は炎、強化の二つだ。私は特に強化の特性が強く発現してるがな。こんな風に人が持つ魔力にはそれぞれ色があり、魔力の色に応じて魔力の特性も異なってくる」


「じゃあ僕の金色の魔力の特性ってなんなんですか?」


「悪いが私は知らない。これまでかなりの騎士シュヴァリエ堕落者フォールンを見てきたが金色の魔力を持つ奴は初めて見た。ただ、剣を簡単に修復したあの魔法は創造の、今見せた炎は炎の、その二つの特性があることは間違いない。一応確認なんだが、多分お前はお前のじいさんからその二種類の魔法しか習ってないんだよな?」


「うーん……」


 記憶を振り返るが僕がじいちゃんから教わったのはこれ以外にも結構な種類があった。その中に間違いなく創造と炎という特性に当てはまらなそうなものがある気がする。


「多分だけどその二つの特性だと当てはまらないものもあると思います……」


「そうか。まあそれは一旦置いておこう。恐らくだがこれまで基礎魔法についてシンは教わったことがないな?」


 基礎魔法。

 さっき授業で習った身体強化フィジカル・ブーストやさっきリディアさんが言っていた筋力向上ハイ・ストレングスなどの魔法のことか。

 確かにそんな魔法はじいちゃんから教えてもらってない。


「はい、多分ないと思います」


「よし。それならまずは基礎魔法の訓練から始めよう。剣術に関してはこの一週間で大分マシになったしこれからも鍛錬し続けていくとして、これまで問題だったのは体格だ。お前はまだ成長期に入る手前、周りの連中に比べて体格や筋力の面でのハンデがあったが、基礎魔法をお前の魔力操作の練度で扱えば体格の面もカバーして余りあるはずだ」


 授業で習った身体強化フィジカル・ブーストは基礎中の基礎。名の通り身体能力を全般的に強化する基礎魔法だ。


 加えてリディアさんが僕に教えてくれたのは筋力向上ハイ・ストレングス敏捷向上ハイ・アジリティ耐久向上ハイ・ディフェンスの三種類だ。


 教わった通りに一種類ずつ試してみたがこれは凄い。


 筋力向上ハイ・ストレングスを使えば普段なら持てないような大剣だろうと普通の剣を振るうように扱え、敏捷向上ハイ・アジリティを使えば脚が嘘のように軽くなり自分のものとは思えない速度で動け、耐久向上ハイ・ディフェンスを使えばリディアさんの木剣での一撃を腕に受けてみたが痛みも少なく打撲などの怪我も負っていなかった。


 これで基礎魔法。確かに如何に魔力を使える騎士シュヴァリエが強力な存在なのかが分かった気がする。


「さて、今日は訓練場での鍛錬をここまでだ」


「え? いつもより短くないですか?」


「今日の鍛錬が終わりだなんて一言も言ってないだろ? 訓練場でやることが終わりってだけだ。お前の身体はこの一週間で驚くほど鍛えられた。体力、筋力、そして剣術。はっきり言ってこんな速度で成長するのは私も想定外だった。加えて今日で四つの新しい基礎魔法を習得して最低限騎士シュヴァリエらしくなってきた。そういうわけで今日からは実戦訓練、だ」


「え?」


「汗拭いて制服に着替えてこい。正門前で落ち合おう」


「あ、ちょっと……!」


 僕の話に聞く耳持たず、言うことだけ言うとリディアさんはさっさと訓練場から去って行ってしまった。僕もその背中を追いかけるように訓練場を後にすると急いで部屋へと向かった。


 寮内を駆け抜け部屋に戻るとクロエさんが机に座って何かしているようだった。


「あら、お帰りなさい。今日は特訓早めに終えてきたの?」


「あ、いえ。すぐにまた出ます。クロエさんは勉強ですか?」


「ええ。もうすぐ初学期の定期試験があるからその勉強をね」


「定期試験……?」


「あら、シンはまだ定期試験の話聞いてないの」


「はい。あ、すいません! 急いでるので、この続きはまた夜!」


「ええ、行ってらっしゃい」


 運動着を脱衣場で脱ぎ捨てタオルで軽く汗を拭うと制服に着替えて大慌てで再び部屋を飛び出した。走って正門の前に向かうとまだリディアさんの姿は見えない。


 今回は珍しく僕の方が早かったみたいだ。そう思っていると、間もなくリディアさんが二本の剣と何かの金属製のバッジのようなものを二つ手に持っていた。


「それは?」


「これか? これは外出許可証だ。学院の生徒は学院の外に出る時必ずこの許可証を持っていなければ外出することが出来ないんだ。とはいっても申請すれば大抵受理されるから形だけだけどな」


 ふっ、と鼻で笑うとリディアさんはバッジを一つ僕の襟につけてくれる。


「今からどこに向かうんですか?」


「まあついてからのお楽しみだ」


 正門前の衛兵に外出許可証のバッジを見せ僕達は正門を潜り、王都の街へと繰り出した。ほんの一週間と少し前に来たばかりだというのに一週間見なかっただけで少し王都の街並みを懐かしく思えてしまう。


 リディアさんの案内で連れて行ってもらった場所は僕が王都に来て初めて訪れた人の往来が盛んな中央通り。そこに鎮座する巨大な建物だった。


「ここは?」


「冒険者協会だ。今日はシンを冒険者登録して私と一緒に依頼を受けてもらう」


 冒険者協会の中は武装したおじさんが多く、中には若い人もいたが女の人の姿は少ない。今は昼も終わり夕方に差し掛かろうという時間帯だが、協会内のテーブルについた冒険者達は既にその手にエールを持ち、勢いよく酒を呷っていた。


 そんな武装した冒険者のおじさん達は冒険者協会の中に入ってきたリディアさんの姿を見つけるとこちらに近づいてきた。


 がたいの良いおじさん達が片手にジョッキを持ったまま近づいてくる様子に内心怖いという気持ちはあったが、僕の身体はリディアさんの前にいつの間にか出ていた。


「ああ? なんだこの坊主?」


「ひっく、どうしたんだ~坊主? ここは坊主みたいなお子様が来るにはちと早いぜ!」


 がははと大声で笑うおじさんたちはガタイが良いだけでなく、顔には傷があり、強面でやっぱり怖い。


「り、リディアさんにちょっかい出さないでください!」


「んあ?」


「はぁ?」


 三人のおじさん達に向かい勢いよく僕がそう言うと驚いたような顔を一瞬見せた後先程よりも大きな声で笑いだした。


「おいおい随分と勇敢な坊主を拾って来たじゃねえかリディア!」


「いつの間にこんなボーイフレンド作ったんだぁ?」


「これは祝いに飲むしかねえな!」


「うっさいダン、ヘンリー。シド、お前は飲みたいだけだろ」


「え?」


 がははという笑い声と共におじさん達とリディアさんは親しそうに話している。名前も知っているようだしもしかして……。


「なんだ、その、コイツらは私の知り合いなんだ」


「おいおい連れないこと言うなよ。お前がガキの頃からの付き合いだろ?」


「そうだそうだ! いつの間にこんな男作ったんだー」


「どんな男にもなびかないと思ってたがまさかお前が年下好きだったとはなぁ……」


「うるさいって言ってるだろうが! それにシンはそういうんじゃない!」


 顔を赤くして感情的に怒るリディアさんの顔を初めてみた。そんな風に怒るリディアさんの姿を見てますますおじさん達は面白そうに笑っている。


 この三人だけじゃない。周りの席に座っていた他の冒険者たちもリディアさんが冒険者協会に来たことを喜んでいるような、そんな空気を感じた。


「それとシン、さっきは私のためにありがとな……」


 そう言って少し乱暴に僕の頭を撫でるリディアさんの顔は協会の中を照らす照明のせいか、いつもよりも上気しているように見えた。


「おいリディア! 久しぶりだ、お前も一緒に飲んでかねえか?」


「生憎と私は今日依頼を受けるために協会に来たんだ。こんな時間からもう飲んでるお前ら呑兵衛とは違うんだよ」


「がはは! 生意気なこと言いやがって! 今度は飲むぞ!」


「はいはい。程ほどにしとけよ」


 テーブルに戻っていくおじさん達の脇を通り抜けリディアさんは奥のカウンターへと向かう。カウンターの奥に立っているのは緑の制服を着たお姉さんだった。


「ようこそリディアさん。お久しぶりですね、騎士学院はどうですか?」


「まあまあだな。でも、悪くない」


「ふふ、そうですか。先程ダンさん達との話が聞こえていましたが、今日は依頼を受けに来たんですよね?」


「ああ、それとコイツの冒険者登録も頼む」


「かしこまりました。それではあなたの個人情報をこちらの用紙に書き記して下さい。用紙が書き終わりましたら数分から十数分程で冒険者カードの発行が完了しますので」


「わかりました」


 職員のお姉さんに渡された用紙には名前と年齢、性別、自分の技能についての記入欄があった。前半の三つはいいとして自分の技能ってなんだろう。


 僕が思い悩んでいるとすぐ隣に座っていたリディアさんが「貸してみろ」と、僕の手からペンと用紙を取り上げるとただ一言剣術とだけ書いて職員のお姉さんに提出してしまった。


「え、あれだけでいいんですか?」


「あれでいいんだ。あの内容はそのまま冒険者カードに記入される。もしお前があそこに魔法、なんて書いてみろ。すぐにそのことがバレてお前の希少性に目が眩んだ馬鹿な冒険者に人身売買されてお終いだ」


「うわぁ……」


 何というか冒険者の世界って凄いなぁ……。


 そんな風に座ってリディアさんと話しているとカウンターから職員のお姉さんに呼ばれた。


「確認完了しました。こちらがシン様の冒険者カードです。紛失された場合再発行に銀貨一枚が必要となりますので失くさないよう気を付けてください」


「はい、わかりました」


「冒険者や協会についての説明は必要ですか?」


「いやいい。私が依頼の最中に教える」


「かしこまりました。それでは今日はどのような依頼を? シンさんと一緒に受けるのでしたら鉄級アイアンまでの依頼しか受けられませんが」


「そうだな……。なら鉄級アイアンの王都近郊に生息する一番強い魔物の討伐依頼だ」


「となりますと……一角兎ホーンラビット五匹の討伐ですね。こちらでよろしいですか?」


「ああ」


 リディアさんは慣れた手つきで依頼を受けると依頼内容や報酬を確認し、僕に声をかけて協会を後にした。


一角兎ホーンラビットの生息地は王都から徒歩で十分ほどの場所にあるラビディアの森の比較的浅い場所だ。往復で考えても一時間もかからないだろう」


「は、はい」


「ん? なんだ、初めての実戦に緊張してるのか?」


「それはまあ……」


 僕が自信なくぼそぼそと呟くとリディアさんは鼻を鳴らした。


「十分お前なら出来るさ。それにもし危なくなったとしても私が付いてる」


 リディアさんがついているというだけで安心感が凄く湧いた。


「はい!」


 王都の門を抜け、平野へと出る。

 初めての実戦。僕がこの一週間磨いた牙が果たしてどこまで通用するのか。

 楽しみ半分怖さ半分だが、ラビディアの森への道中少し僕の胸は高鳴っていた。


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