大文字伝子が行く67

クライングフリーマン

大文字伝子が行く67

かっぱ祭りの翌日。午前10時。EITOの会議室。

伝子達はキーワードについて、討議することになっていた。

「まず。一人の犠牲者も出さずに済んだことに感謝する。皆、よくやってくれた。礼を言う。」理事官は皆に頭を下げた。

「アンバサダー。4つの橋は何となく分かりますが、なんで『合羽橋』に注目を?」と渡が手を挙げて言った。「時期です。」「時期?」

「その日以外なら、他の橋かも知れない。でも、なぎさが言うようにターゲットの優先順位が私自身とすると、私をあまり休ませない、と思うんです。つまり、私に休養を与えないのなら、これから先矢継ぎ早に攻めてくるでしょう。」

「本来なら、先の予定だった敵の作戦も、前倒ししてくるということですか?」と草薙が言った。

「すると、4つの橋の爆発物は可能性としての『念のため』でしたか。」と河野事務官は驚いた。

「アンバサダーは、パレードこそ本命だと、目星をつけられた訳ですね。それで、自爆野郎のことは?」「想定外です。あつこが迅速に処理をしたから、起爆装置は意味が無くなりました。」と、伝子は上島警部の問いに答えた。

「あつこがいなかったら、体のダイナマイトを外すことが出来なくて、空き店舗に放り出して、避難誘導するしかなかったわ。私にも解除解体の経験はあるけれど、あそこまで迅速には出来なかったわ。」と、なぎさが言うと、「変わったわね、なぎさ。嬉しいわ。ところで事務官。池上先生によると、もう彼の記憶は戻らないだろうということです。戻らない方が幸せかも知れませんね。自分で作った爆弾を体に巻き付けられて、リモコンで殺されるなんて惨いことをされたら、普通は大きなトラウマになります、生きていたら、ですが。」

あつこの言葉に、「少し補足しますと、あの男、蒲池悦司は、阿倍野元総理の容疑者より、上手に爆弾や拳銃を作れる、とネットで自慢していたそうです。それに『死の商人』が目を付けたんでしょうね。」と草薙が言った。

「じゃ、私からも補足します。リモコンを持っていた女、白鳥友理奈・・・名前負けだな、白鳥は元々3人組の強盗で、言問橋と勝鬨橋の近くで職質により逮捕した男達と組んで、あちこち荒らしていたようです。」と管理官は言った。

「管理官。では、私を寺に誘拐した連中と同じパターンですね。」と結城警部は言った。

「そうなるね。道具は全て『死の商人』が用立て、作戦の計画も『死の商人』が立てた。3人組は傀儡に過ぎない、という訳だ。リモコンを押しても何も起こらなかったので、焦った白鳥は人質を取って逃げる判断をした。相手が悪かったな。」

「ここで、紹介しておこう。池上先生の推薦で、一佐の友人でもある、ジョー・ジョーンズ大佐だ。今回、アメリカ陸軍からEITOに出向になった。今後は、大佐を通じて、アメリカ陸軍とも連携体制を取る。大佐。」

理事官の紹介で、末席に座っていた、大佐が挨拶した。「皆さん、初めまして。これからお世話になります。日本語は『些少』ですが、嗜んでおりますので、日本語でお話しください。大佐より、ジョーの方がいいです。」

皆、笑って拍手した。

いよいよ、ブレーンストーミングが始まった。『くるま』にまつわるデータは多すぎるので、議論は白熱したが、結論は出なかった。

午後1時。伝子のマンション。

高遠と伝子は、遅めの昼食を採っていた。

午後2時。二人がコーヒータイムにしていたら、チャイムが鳴った。

綾子だった。「いたんだ。」「いたわよ。悪い?乳繰り合ってないわよ。昼間だし。」

伝子は機先を制した。

綾子は、仕事の話をあれこれしていた。伝子が興味なさそうにして、翻訳の作業を始めたので、高遠が専ら聞き役となった。

「でね。そのケアマネジャーさんが、明日の『東京マイクロサイト』の車椅子や介護用品のリアル展に私と娘さんと一緒にどうですか?日夜平和を守る為に活躍されているのですから、骨休め・気晴らしになりますよって言うのよ。伝子がEITOで忙しいなら別にいいのよ。」と綾子は言った。

「母さん、そのケアマネジャーさんは何ていう人?」「綾部綾子。『あや』は『りょう』と同じ文字なの。それに、私の『あやこ』と同じ文字。おかしいでしょ。」「お義母さん。その綾部さんにEITOのこと、しゃべっちゃったんですか?」と高遠は怖い顔をして言った。

「いけなかった?いい人なのよ。」「部外秘って言ったじゃないですか。」「だって総子ちゃん・・・。」「江角家、南部家は身内です。」高遠は憤慨した。

「かあさん、そのマネージャーさんと知り合ったのは、いつだ。」「一ヶ月前。前任のケアマネジャーさんが、病気で退職して、他に代わりがいなかったのよ。」

「明日の何時だ?」と伝子が尋ねると、「10時から。行くの?」と綾子が応えるので、「来いって言ってるんだろう?いくさ。大勢でな。」と、ニャっと笑って言った。

「学。ちょっと、出てくる。」「ちょっと?」伝子は高遠に、「後でメールする」と耳打ちした。

慌てて出ていく伝子に「晩ご飯、ハヤシライスだからね。遅くなるようなら電話してよー。」と高遠は声をかけた。

「本当に主夫なんだわ。」と、綾子は呟いた。

久保田邸。警備員受付前。バイクで入って来ると、いつもの警備員が挨拶をした。個人の家で警備員室が外にあるのは、ここくらいのものだ。

久保田邸。玄関。「おねえさま。どうしたの?」「話は後だ。上がらせて貰うぞ。」

ホールに久保田警部補と久保田管理官がいた。

「丁度いい。ここで作戦会議をさせてください。管理官。」

執事がお茶を置いて去ると、伝子は早速話し始めた。

30分。息もつかず話す伝子に聞き入っていた3人は、連絡を始めた。

あつこは、知り合いのジョーンズ大佐に電話をした。

久保田警部補は、警官隊の手配をした。久保田管理官は、EITOベースに連絡をした。

伝子はなぎさに電話をしてから、総子に電話をした。「あ、南部さん。総子は?」

「今風呂やけど・・・こら。すっぽんぽんでうろつくな。パンツ履かんかい。」「うるさいなあ、急用やろ。貸し!伝子ねえちゃん。急用やろ?」「そうだ、今から1時間以内に空自の中部方面隊から迎えが来る。お前、それに乗って東京に来てくれ。」「え?どいうこと?」「もう新幹線や飛行機では間に合わない。空自の戦闘機に乗って、東京に来てくれ。」

電話の向こうで南部と総子が絶句した。

午後7時。伝子のマンション。「ただいまー。」

伝子が食卓に着くと、高遠と綾子はもう食べ終えていた。

「どこ行ってたのよ。」「久保田邸の訓練場。」「ふうん。」綾子は奥の部屋に行った。

「メール、読んだか?」「うん。相変わらず、奇想天外だね。僕の妻は。」

午後9時。高遠と伝子は、部屋に閉じこもった。この時の為に、以前録音した『むつみ声』を再生し、明日の打ち合わせをした。綾子はドアの外で聞き耳を立てていた。

翌日。午前9時45分。東京マイクロサイト。リアル展。東1ホールの展示場前の行列。綾部綾子が、チケットを綾子と伝子に渡している。

「いいんですか?」と伝子が尋ねると、「勿論ですよ。私がお誘いしたんですから。」と、綾部が言った。

30分後。覆面をした一団が、拳銃を撃ちながら、現れた。そして、展示している車椅子等を壊し始めた。

警備員達が近寄ろうとすると、拳銃で威嚇した。

「みんな、こっちから逃げて!」と叫んだのは、高遠、依田、福本、物部、服部だった。西側出口には、愛宕と青山警部補がいた。避難誘導が始まった。

伝子と綾子達も西側出口に向かおうとしたが、「あんた達は逃がさないよ。」と綾部は綾子と伝子の両方に拳銃を突きつけた。

「見るがいい。日本の技術が壊されていくザマを。」綾部が高らかに笑うと、綾部の額にメダルが当たった。東側出口に総子が立っていた。

今日の総子はヒョウ柄仮面ではなく、ワンダーウーマンだった。「ワンダーウーマン、登場!!」と言って、総子はメダルを投げ続けた。綾部は、思わず後ろによろけた。

綾部の拳銃は、飛んできたメダルで、2つとも落ちた。綾部は頽れた。

伝子がすかさず拳銃を取って、安全装置をロックして放り投げた。東側入口にやって来た、筒井が受け取った。総子は電動キックボードで駆けつけ、綾子を乗せて、西側入口に去った。

この様子に気づいた覆面の男達の何人かが拳銃を伝子に向けた。そこへ、ローラースケートを履いた外国人グループが縦横無尽に走り回り、拳銃を奪っていった。

一団は、拳銃を持っていない者と、ハンマーや棒きれを持った者だけになった。

一方、西1ホールでは、同じようにハンマーや棒きれで車椅子を壊す一団が雪崩れ込み、久保田警部補率いる警官隊で避難誘導をし、エマージェンシーガールズが懸命に闘っていた。

狐面の女に扮した副島は、弓で、拳銃を持っていた者に矢を放ち、並んだエマージェンシーガールズ姿のあつこと金森がブーメランで拳銃を持っている者の腕に打撃を与え、下に落として行った。また、あかりは、シューターで、拳銃を持っていた者達に、腕や亜被首に攻撃を加えた。シューターとは、うろこ形の手裏剣で先にしびれる薬が塗ってある。

こしょう弾で間欠的に攻撃していた結城達は、ペッパーガンとシューターに持ち替えて対決したり、直接倒したりしていた。

一団を倒したのを確認した、なぎさは長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、犬笛のような、普通の人間には聞こえづらい音波笛だが、伝子達のイヤリングで、その笛の合図の信号を受け取ることが出来る。

東1ホール。

「どうやら、あっちのグループも殲滅したようだな。」と、三節棍で、瞬く間に30人の男達を倒した伝子は言った。そして、伝子は長波ホイッスルを吹いた。

総子が戻ってきた。

「お前が『死の商人』だろう、綾部綾子。」と伝子は睨んで言った。

「なんで分かった、とは言わない。」と綾部が言った。

「前にいた施設でトラブった。私の思想に納得出来ない、とケアマネジャーとして失格だとクビになった。私に同情してくれたのが、マフィアだった。私は、お前達が『死の商人』と呼んでいる、日本壊滅の為の手配師になった。」

「テロリストと言うべきだろう?」「そうね。上手く。あんたの親を巻き込んだ、と思ったが。甘かったようね。」綾部は頭髪の中から小さなナイフを出した。伝子と総子は身構えたが、綾部は頸動脈を切った。

伝子は、総子と綾子が出したハンカチを首にあてがったが、血はどんどん塞がっていた。「このナイフにはね、『血がさらさらになる薬』が仕込まれているの。大文字伝子。最後のキーワードは『ち』よ。」

駆けつけた愛宕が救急車を呼んだ。

救急隊員に運ばれる綾部を見て、副島は、伝子をぶった。「何故、母親を巻き込んだ?」と怒った。「トラウマになるかも知れないな。焦っていたのは、『死の商人』だけじゃない。お前もだ。お前は部下に恵まれていた。それだけのことだ。」そう言い捨てて、去って行った。

物部や依田達は、その光景を見ていた。

主催者とEITOの理事官の話し合いで、展示会は、午後から再開とし、希望者には針戻しをする、と知らされた。破壊された車椅子や介護用品は撤去された。エマージェンシーガールズは去り、撤去作業は、依田達が手伝った。

綾子は、なぎさが送って行った。

「伝子ねえちゃん、今日、ウチ、おばちゃんとこ泊まるわ。ウチの人も、ニサンニチ、ゆっくりしてこいて言うてるし、EITOからも手当出るって聞いたし。」

「手当は、お前が要求したんだろう。今、学にLinenで報せたら、池上先生から風間先生に出張診療して貰うように頼んでくれるって。」伝子は涙ながらに言った。

伝子と総子が手伝って、整理作業は順調に進み、午後1時から、展示会は再開された。

伝子の肩に手を置いた男がいた。「惚れ直したぜ、大文字。俺とやり直さないか?」と、筒井は言った。伝子は『金蹴り』をして、「殺すぞ。」と言った。

それを見ていた物部が、「あ。元カレがまた振られたぞ。」と揶揄した。

「よく間に合ったな、EITOもDDもEITO大阪支部も。」と筒井が言うと、「私を誰だと思っている。『死の商人』も恐れる大文字伝子だぞ。」と伝子が返した。

皆が笑った。喧噪はもう無かった。

―完―


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大文字伝子が行く67 クライングフリーマン @dansan01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ