第18話 納得いかない理由

 次の日、私は院長に面談を申し出た。


 「寸志の事でお聞きしたいのですが」

 単刀直入に聞きたい。


 「ああ今回は昨年より売り上げが下がったから、スタッフ全員下げたんだよ」

 澄まし顔で嘘をつく院長。


 「お言葉ですが、五千円という気になる金額でしたので、パートの何人かに聞きましたら皆さん一万円以上頂いていることが分かりました。シズカさんも一万円と聞いています。何故私の寸志は皆より少ないんですか? 改善すべき点を教えてください」


 すると院長は、ばれたかという表情を浮かべこう言い始めた。


 「セッカチさんを大切にして欲しいと頼んだよね? 最初の頃は大切にして受付を盛り上げていたけれど、後半は彼女に沢山仕事を押し付けていた。その分ハナコさんの仕事は減っているので仕事量が少なくなった分を下げた」


 なんというこじつけなの。皆の寸志を下げたと嘘までついて……。


 「セッカチさんだけ仕事を多くはしていませんし、私の仕事量も減っていません。最初は何も出来ない状態だったので、早く仕事を覚えてもらうために役割は与えませんでした。でもだいぶ仕事も出来るようになり、社員でもあるので、本来やるべき仕事を平等に分けただけです。それにセッカチさんを盛り上げていないとか、仕事を押し付けているとか何を見て判断されているのですか? 」

 こう言っている間にも、沸々と怒りが込み上げてくる。


 「セッカチさんの言葉や自分の目で見て確認した部分で判断した」

 セッカチさんの言葉で判断した?

 あんなに気を使ってこれまで我慢してきたのに……。

 セッカチさんにまで裏切られた気分になった。


 私の顔がみるみる曇るのを感じたからか、「寸志の額を決める時、ハナコさんがセッカチさんばかり仕事をさせている様に見えたから五千円にしたけれど、今の話しを聞いて納得したから、次の寸志の時は戻します」と言う。


 院長にとっては軽い事かもしれないが、一生懸命働いている私にとっては、そんなこと言われたら馬鹿にされているようでやりきれない気持ちになった。


 私の態度が気にくわなかったのなら、寸志を下げる前に改善すべき点を伝えて、本人の自覚を促してからでも遅くはなかったのでは? 


 それが、これまでクリニックのために頑張って働いて来たスタッフに対しての思いやりではないの?

 こっそり下げておいて嘘までつくなんて不誠実だ。


 暫く院長の話を聞いていたが、これ以上話を聞いていても納得のいく答えはもらえないとわかり、私の心は決まった。


 「そういうお考えは、受け入れる事ができませんので、今後の事考えさせていただきます」

 辞める事を示唆して退散しようとした。


 すると院長は慌てたように立ち上がった。


 「ちょっと待って、考えるって辞めるって事? 確かにこちらの判断不足で嫌な思いをさせてしまったが、私は誰に対してもこういう事をする人間だから、寸志の事は深く考えないでいい」

 どうやら、思いつきで「ハナコさんは寸志五千円でいいや」と簡単に考えていたようだ。


 人の心は院長が考えるほど単純ではない。


 いくら雇われ身だからといっても理不尽な事をされてはやる気がなくなる。


 その後どういう話の流れからそうなったか覚えていないが、「いつも思うのは、ここを離れた人が不幸になっているんじゃないかと心配なんだ。私は、人を幸せに出来る力を持っている。」などと、頭のおかしいことを言う。


 それはここを辞めると不幸になるという脅しですか?


 今、私は全然幸せじゃないんですけれど。


 それどころか、段々不幸になって来ている気がするんですけれど、勘違いかしら……?


 後でわかったことだが、院長の“幸せ論”は退職をほのめかす人には必ずしていて、ここでは有名な話だったようだ。


 家に帰ると、久しぶりに早帰りしていた主人が待ち構えていた。

「院長と話したの? なんだって?」


 私は今日の面談の内容を細かく主人に話して聞かせた。

 「どう思う?」


 「……」

 「それが理由?もっときちんとした話をしてくれると思ったよ。それじゃ~辞めたくなっても否定できないな」

 珍しく私の見方をしてくれた。


 よし! 


 もうこんなクリニックは辞めよう!!





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