第9話
結局、関係各所からの私達の信用度はかなり下がったまま、また旅を許された。
まぁ、わけのわからん託宣で無理矢理勇者にされたからね。
やらせない訳にはいかないよね。
「これ以上、信頼と期待を損なう訳にはいきませんね」
真剣なイースさんに軽く答える。
「何を言ってるんだい、イースさん。私なんて村人からいきなり勇者に大抜擢という絶望スタートだよ。信頼も期待もまっっったくなかったさ!」
「威張れることではありませんよね」
「それに、これ以上の絶望なんてないと思ってたのに更に絶望しちゃったんだから、あとは信頼回復に努めよう」
「なんのフォローしもなっていませんね。ですが、前に進むしかないのは確かです」
イースさんが真っ直ぐ前を向く。
これならイースさんは大丈夫かな。
その後も軽口を叩き合いながら、村の件で後回しにされていたギルドで受けていた魔物退治の依頼を完遂することから始めた。
私がいた村にはギルドなんてなかったし、託宣で無理矢理勇者になって経験値上げで魔物退治の依頼をこなしている時も必死で毎日を過ごしていたからギルドを改めて見ることなんてなかった。
ギルドってこんな風になってるんだな~とキョロキョロ見回しているとイースさんから「田舎者みたいで恥ずかしいのでやめてください。ギルドなんて何度も来ているでしょう」と窘められた。
田舎者だもん。許してほしい。
魔物退治は森の中で猪型の魔物が繁殖したのを切って切って切り殺した。
殺しに慣れたくないと言いながら、慣れてしまった。
せめて、この感情だけは失くしたくない。
そう思いながらも体は勝手に動くから不思議だ。
まだお金も信頼も足りないのでしばらくギルドで依頼を受けることにした。
魔物退治を中心に、次々と依頼をこなしていく。お金も貯めないとね!
淡々とした日常になってしまった。
せめて、魔王に和平を申し込みたい。
魔王の仲間の部類である魔物を散々殺しておいて今更だとは思われるかもしれない、都合がいいと思われるかもしれない。
でも、あの村の魔族は言っていた。
今の魔王は腑抜けだと。
なら、話し合いができないだろうか。
時折考えながら日々の仕事をこなしていった。
そんな日々を過ごしてきて、殺すことにも飽きたなと思い始めたある日、アデリアさんから提案が出た。
「スイーツデーにしよう!!」
「なんですか?急に」
「いいじゃないですか、スイーツデー!今日は街でスイーツたくさん買ってきてみんなで食べましょうよ!」
「いいですねぇ。では、私は美味しい茶葉を仕入れてきます」
三対一でスイーツデーが急遽開催されることになった。
アデリアさんの思惑も大体分かるし、乗っかるに限る。
かくして、宿屋の一室でスイーツパーティーが開かれることになった。
食べたら確実に太るぞ!!という威圧すら感じるテーブルは、それはそれで魅惑的だった。
どれも美味しそうで、どれから食べようか悩んでしまう。
「うぅ……どれから食べればいいか悩ましい!!」
こんなに悩んだのは勇者にさせられた時以上だ!
「結局全部食べるんだけどなー。全種類、人数分以上買ってきたから安心して食べて!」
アデリアさんのどや顔がすごい。謎に安心する。
「お茶もいい茶葉が手に入りましたので、遠慮なくおかわりしてくださいね」
カルシアさんもニコニコしながらティーカップに紅茶を淹れていく。
人数分の紅茶が手元に揃ったところで小さく乾杯をした。
わいわいスイーツを食べながら、カルシアさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら久々の休息を味わう。
最近ずっと魔物を殺すことしかしてこなかったから、人間らしいことをしていると感じられる。
美味しいものを食べて、仲間と喋って、笑って。
ちょっと前にしたことなのに、随分としていない気になる。
「それでさ、これからどうする?」
アデリアさんから切り出された。
「そうですね、まだお金足りてないからもうちょいギルドで稼ぐのと信頼回復しなきゃですよね」
答えると小さく首を横に振って「そうじゃなくてさ、」と否定された。
やっぱりそうだよねー。
「アルテはどうしたい?」
イースさんだって、託宣なんて意味の分からないもので旅に巻き込まれてあんな悲惨な現場に立ち合ったんだ。
先日、少し話してドーナッツ食べて、笑えるようになったといえど心の傷は深いだらうし、みんなそうだ。
一応勇者である私の心構えが聞きたいんだろう。
私は、勇者だから。
「私は、本当はめちゃくちゃ怖いです。けど、戦わなきゃいけない。勇者だから。これからも戦って、魔王の元へ行きます」
和平を申し込みたいとまではまだ言えない。
正気かと思われるかもしれない。
「そうじゃないよ」
アデリアさんが優しく再度問い掛ける。
こういうとき、ベテラン年長な部分が出てくるアデリアさんずるい。
でも、だって、私は勇者だから。
「アルテはどう思う?」
戦いたくないなんて、言えない。
言っちゃいけない。
あんなことがあったあとじゃ余計に。
でも、叶うなら『殺しに慣れることなく、魔王も倒さず、平和にしてみせよう。』という私の付けた託宣の意味を叶えたい。
「アルテはどうしたい?」
もう一度聞かれて、とうとう本音が溢れてしまった。
「……私は、勇者だからって気負わないと、多分今も立ってられないくらいの臆病者です」
「うん」
イースさんも、カルシアさんも黙って聞いている。
「でも、叶うなら、勇者になんてなりたくなかったですし、戦いたくないですし、殺しに慣れたくないですし、村人のまま何も知らず村で畑を耕していたかったですし、欲を言うなら魔王を倒さず世界を平和にしてみたいです。魔族のしたことは許せないし、魔物をたくさん殺していて矛盾があるけど、それが私の今の気持ちです。」
言ってしまった。
言い切ってしまった。
欲深すぎだろうか。
みんな、こんな勇者でどう思うだろうか。
「勇者としてとか、背負いすぎ!」
アデリアさんに、バシンと音がなるくらい両頬を手のひらで挟まれた。
「アルテは、もう少し周りを頼っていいと思う。イースも、しんどいときはしどいって思春期でも甘えて言って、カルシアさんも何考えてるか分かんないけどさ、分かち合うのも仲間だよ」
イースさんが少し照れた顔をし、カルシアさんは困った顔をした。
やっぱりこのメンバーでいてよかった。
アデリアさんが居てくれてよかった。
否定されなくてよかった。
勇者だからとかって、勝手に気負っていたのが馬鹿みたいだ。
私は私で在りたいと思っていたのに、自分で『勇者』の枠組みに自分を入れ込んでいた。
私はアルテ。それだけでいい。
みんなとも深入りするつもりはないと最初は思っていたのに、今は知らないことがあると寂しい。
もう、それでいいんだ。
それが私の感情なんだ。
この想いを大切にしよう。
そのあとはみんなでスイーツパーティーをした。
カルシアさんが淹れてくれた紅茶がとても美味しくて、たくさん話をして、笑って、とても楽しかった。
託宣とか未だに意味が分かんないけれど、本当にこのメンバーで旅を出来てよかったと思った。
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