マジカルデストラクション
戸羽らい
静止した世界で①
頭がいてぇ。
虫が飛んでるのか機械が誤作動を起こしてるのかも分からないくらいそこかしこでブーーーーンと鳴っているこんな状況で、目の前の作業に集中しろってのが無理な話なんだわ。汗だと思って拭おうとしたら、魔素因子でわけのわからない姿になったナメクジが頬を這ってるんだぜ。
さっき踏んづけたイモムシは靴に寄生してなんだか大きくなってきてるし、俺の仕事への不満もそろそろサナギから蝶に羽化する頃だわ。
「テメェマサキ! 魔軸ケーブル引っこ抜く前に基礎魔力の測定しとけって何回言ったら分かんだコノヤロウ!」
「うるせえ。そんな無駄なこといちいちしてられっかよ。マニュアル通りにしか動けないクソジジイは無駄口叩かずマニュアル通りに作業に集中してろボケ」
「口の利き方がなってねえなクソガキ! お前この仕事片付いたら覚えとけよ!」
「無駄なことに記憶割くほど俺の脳みそは衰えてないんで終わる頃にはきっと忘れてまーす」
昼休憩に食った中華料理屋の油ギトギトのチャーハンがもう喉元まで出かかってるんだが、潤滑油の代わりにここにぶちまけても問題ないよな? スッキリするし作業も円滑に進むし、一石二鳥の石焼ビビンバと焼き鳥セットのもんじゃ焼きだわ。意味分からねえ死ね。
「ッッカー! 測定器までぶっ壊れやがった! ここ一帯の電磁波どうなってんだ!? まるで電子レンジの中にいるみてえだ!」
「電子レンジなんていつの時代の話をしてんだよバカじゃねえの。さっさとその老害の凝り固まった頭を解凍して脳の周波数を現代に合わせろクソジジイ」
「早口で何言ってるかわからねぇ! ジジイにも分かる言葉で話せクソガキ!」
何言ってるかわからないのはお前の耳が遠いからだろ。
気が遠くなってきた。俺たちは一体いつまでこんなことを続けるんだ。魔王を名乗るイカレポンチが世界を統一してからというもの、俺たち人間はまともな仕事を失い、こんなオークでもやらないようなクソ作業に人生の大半を費やしている。
いつ死ぬかも分からねえクソすぎる労働環境に次の日をギリ生きられる程度の賃金。生きるために働いているのではなく、死ぬのを先延ばしするために死ぬような目に合っているという感覚の方が近い。
「さすがにクソすぎないか?」
お前もそう思うよな。俺の手元で今にも死に絶えそうにしている、ドブネズミのような姿をした何か。
お前は何のために生まれて、何がしたくて魔導盤の中でうねうねしてるんだ。
生命の神秘なんて微塵も感じない。むしろ神が生命に対する侮辱を込めて生み出した、悪意の塊にすら感じられる。
「おいジジイ〜。魔物って何のために生きてるんだろーな」
「そりゃーおめー。生きるためだろ」
「わけわかんねーよ。俺が聞きたいのは何でこんな目もねえ、口もねえ、手足もねえ、ただ大気中の魔素を吸ってるだけの生命体が存在してるんだっつー話だわ。意味ねーだろこいつら生きてても」
「そんなことに疑問を持つたぁ、お前もまだまだ若いなぁ!」
「お前が思考停止してるだけだろボケジジイ」
いや、実際思考停止するのが最も賢い生き方なんだろうよ。難しく考えても答えなんてないのだから考えるだけ無駄。そうやって全てがどうでもよくなって、最終的に無心で働き続ける奴隷になる。賢いなぁ。マジで賢い。
それにしてもこのドブネズミ、さっきから何かに怯えてるみたいだな。そんなに俺が怖いのか。たかだか人間風情の俺が。
「メーター止まりやがった。ジジイ、一回電源落とすけどいいよな? おいジジイ、聞いてんのか? ……ジジイ?」
固まってる。このジジイ、瞬き一つせず、作業の手を止めたまま固まってやがる。ついに脳のコンピューターがバグってフリーズかましたか。おいおい、この業務をワンオペはブラックすぎてバックれられても文句は言えねえぞ。
何の冗談かと思い肩を揺らしてみるが、まるで石像のように微動だにしない。
辺りもやけに静かだ。さっきまでブンブンいってた機械音も急に聴こえなくなった。足元を見るとサナギになりかけのイモムシが中途半端な格好のまま静止している。
黄ばんだシーツのような空に埃のような雲が散らばっていて、それがさっきまでは汚染された海が如くゆらゆら揺れていたのに、今は流行り病に侵された病人の皮膚に斑点が浮かんでいるかのように静止している。
不気味な世界が余計に不気味に感じる。
「きゅい〜ん」
電動ドリルをちょっと可愛くしたような鳴き声をあげて、そいつは俺を見つめていた。
「お前はそのままなのか、ドブネズミ」
「きゅい〜ん」
わけがわからない。思考停止していいかな?
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