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秋森しずくの自宅を訪問するが、彼女は自宅にはいなかった。
彼女の電話を呼び出してみるが、電源を切られているのか反応がない。彼女のマネージャーにも連絡してみたが、秋森は急な体調不良のため休みを取っているという話だった。
マネージャーとの電話を切るなり、槇原はうなるように言った。
「こりゃ逃げられたな」
「一応管理人に連絡して、部屋の中を見せてもらいますか?」
「家宅捜索の令状は取れてないからな。部屋を見てもろくな調査ができん可能性が高い」
「防犯カメラから地道に足取りを追うしかないですね」
「いや、もっと手っ取り早い方法があるぞ」
槇原は意味深に言うと、留置場に行くように指示を出した。留置場に着いて峰村との面会を求めると、すぐにアクリル板越しに峰村と対面する。
「また何か用なの? もう話すことないんだけど」
「秋森しずくはどこに行った?」
槇原が単刀直入に質問をぶつけると、峰村は一気に警戒心をむき出しにした。
「は? なんでしずくに用があるわけ? あの子は全然関係ないんだけど」
「あまり警察をなめるな。気づかないとでも思ったか? 高樋光男を殺したのは、秋森しずくだろ」
「私が殺したって言ってんじゃん。何を根拠にそんなことを」
「右側頭部への打撃痕」
槇原は端的に言って相手を黙らせてから、説明を続ける。
「あんたの供述では、あんたと高樋はもみ合いになってたはずだ。あんたがその状態で警棒を奪ったのなら、右手で警棒を持って、相手の左側頭部を殴る形になったはずだ。だが高樋は右側頭部に打撃を受けており、なにより後頭部には警棒による打撃痕がなかった。高樋の爪に血と皮膚片が残っていたことから、やつが犯人と正面から揉み合いになったのは間違いない。ならば犯人は左手で警棒を持って、正面から高樋を殴ったってことだ。高樋殺害の動機を持っていて、左利きの人物は秋森しずく以外に存在しない」
図星をさされて黙り込む峰村に、槇原は容赦なく追い込みをかける。
「大体、あんたは深夜に友人宅を訪ねるのに、なんでフードトラックなんかに乗っていった? バイクがあるならそっちのほうがいいに決まってる。わざわざ停める場所に困るようなフードトラックに乗っていったのには、それ相応の理由があるはずだ。例えば……秋森しずくから『高樋を殺してしまった。処分を手伝ってくれ』と電話を受けたから、とかな」
「バカじゃないの? なんでしずくがあんなやつを殺さなきゃなんないのよ。あんなやつのために、しずくが人生や夢を棒に振るわけないじゃん」
「何もなければそうだったんだろうな。だが、高樋が暴走してしまった」
「……なにを根拠に」
「高樋の日記を読んだ。高樋は死の前日、日記に『秋森しずくと自分の間にある愛を証明する』といった記述を残している。その次の深夜に、やつが秋森しずくの自宅付近にいたことを考えれば、やつの目的は明白だ。高樋光男は、秋森しずくへの一方的な愛情を行動に移した。つまり……やつは秋森しずくをレイプしようとしたんだ」
峰村は答えないが、槇原を見る据わった目つきは、彼の推理が正しいことを証明していた。
「高樋の左手の爪に残されていた皮膚片と血液は、おそらく秋森しずくのものだ。思えば彼女から聴取をする時、彼女はいつも長袖の服を着ていた。あまり業界のことは詳しくはないが、グラビアの仕事を中心にしてきてSNSもやっているのに、常に長袖の露出の少ない格好をしているのは不自然だ。高樋にレイプされかけた時、右腕を負傷したから長袖で隠していたと考えれば納得も行く」
「妄想ひどすぎ。そんなんでしずくが疑われるなんて、かわいそう」
「おそらく、秋森はあんたと連絡がつかなくなったことで、あんたが逮捕されたことをすでに知っている。高樋の遺体が発見されれば、警察が自分にたどり着くことも想定していたはずだ。その前提で連絡を断って行方をくらませたとなると、秋森は自殺するつもりかもしれないんだぞ」
槇原が最悪の想定を口にすると、峰村はぎょっとした表情で立ち上がった。
「ふ、ふざけないでよ! なんであの子がそんなこと……」
「成功の階段を登り始めた矢先に、殺人の罪ですべてが台無しになるんだ。そりゃそのくらいショックを受けてもおかしくないだろ」
「それがわかってて、あんたはあの子を追い詰めるつもりなのかよ! 高樋がレイプしようとしたことまでわかってんだろ! だったら、あんなやつ死んで当然じゃないか! なんであんたらは、いつもしずくを守ってくれないんだよ!」
峰村の血が迸るような叫びに、速水は思わず顔を背けそうになった。
だが槇原は彼女の視線を真っ向から受け止め、答える。
「だから、今度こそ彼女を守らせてくれ。彼女には生きて、人生をやり直して欲しいんだ」
「都合のいいこと言いやがって」
峰村はしばし逡巡したようだったが、最後にはこちらを拒絶するように顔をうつむけた。
「……悪いけど、あんたらに教えられることなんて何もないよ」
「本当にいいのか? あんたがしゃべらなかったことで、親友を殺すことになるかもしれないんだぞ」
「何もしゃべらないって言ってんだろっ!」
顔をうつむけたまま怒鳴ったあと、彼女はもう口を開くことはなかった。槇原は険しい顔でそれを確認してから、留置場の面会部屋を出た。
廊下に出ると同時に、速水は槇原に方針を確認する。
「当てが外れましたね。やっぱり地道に秋森を探すしかないんでしょうか」
「いや、そうでもない」
「えっ。どういう意味ですか?」
予想外の返答に問いを返すと、槇原は早足に廊下を歩きながら説明してくる。
「峰村の行動原理を考えれば、やつが秋森を見捨てることはありえない。やつが秋森の居場所を吐かなかったということは、彼女が自殺をする危険性はないということだ。考えられるとしたら、計画的な逃亡か、あるいは……やり残したことを果たしにいったか」
「でも、やり残したことって」
「一つしかないだろう? あのゴシップ記者――長濱を殺し損ねたことだ」
「でも、それは峰村のやり残したことじゃないですか」
「お前、蓑田や須賀を峰村が独断で殺したと思ってるのか? そんなバカげた考えは今すぐ捨てろ。どう考えても二人は共犯か、秋森に指示されて峰村が実行犯を買って出たんだ。蓑田も須賀も長濱も、秋森が殺したいと願ったから峰村が殺したんだよ」
「だ、だとしても、長濱を殺して秋森に何のメリットがあるんですか?」
「メリットがどうとか、もうそういう状況じゃなくなっちまったんだよ」
槇原は苦々しげに言うと、もどかしそうにスマートフォンを取り出した。長濱に電話をかけて応答を待ちながら、速水に向かって説明を続ける。
「考えてもみろ。蓑田や須賀の殺害にメリットなんかあったか? スキャンダルが表に出るのを止めたかったんだとしたら、金を払うのを先延ばしにしてから殺したはずだ。だが、秋森はわざわざ蓑田と須賀に挑発的な文言を送ってみせた。なんでだか知らんが、あいつはとっくに腹をくくってるんだ。捕まってでもやつらを殺してやるってな」
槇原に指摘されて、速水は瞬間的に悟ってしまった。
秋森しずくの原動力は憎悪だ。女たちを性処理道具や金づるのように扱い、どこまでも残酷で不実な男たちへの憎悪。
どうして秋森は、蓑田や須賀を挑発したのか? 決まっている。ナメられたからだ。自分を恐喝するようなクズ男に、軽んじられ、見下され、思い通りに動くに違いないと見くびられたからだ。
彼女の心境を考える。五年近くつきまとってきたストーカーにレイプされかけ、必死に抵抗したら不可抗力で殺人を犯してしまった。自分のキャリアが完全にぶち壊しになり、未来が途切れてしまった彼女のもとに、蓑田からメッセージアプリで連絡が来る。自分をいつでも言いなりにできると信じ切っている男。レイプ未遂の直後で過度のストレスを受けていた彼女は、ついにストレスで自制心が粉々に砕け散る。生きている限り逃れようのないストレスから解放される手段は、二つに一つ。ストレスの元を断つか、自分の人生を終わらせるか。すでに高樋を殺していた秋森に、後者を選ぶ余地など残っていなかった。
速水は思わず、かつての自分の姿を思い浮かべた。槇原に出会う前、同僚や上司から毎日のようにセクハラを受け、警察に正義などないと知ったあの時――秋森のように事故的に一線を超えてしまっていたら、自分も秋森のように人を殺し続けることを選んでしまったのかもしれない。もし秋森が高樋を殺すような事故がなければ、七瀬のように自殺未遂を起こすことはあっても、峰村の支えでなんとか踏みとどまれたのかもしれない。
ほんの些細な掛け違いのせいで、秋森しずくに決定的な一線を超えさせてしまった。
速水は自分の頬を両手で叩き、沈みかけた気持ちを強引に浮上させた。
――そうだ。自分と秋森は同じだ。だからこそ、彼女がこれ以上に罪を重ねるのを止めなければならないのだ。
見れば、槇原は舌打ちしてから長濱への電話を切ったところだった。
「電話が繋がらねえ。こうなったら、長濱と秋森のケータイのGPS情報を引き出すしかねえな」
「でも、GPS情報が開示されるまで時間がかかりますよね? その間に、一箇所だけ寄りたい場所があるんですが」
「……刑事の勘か?」
そうだと答えたいところだったが、槇原が気づいていないのであれば、自分の直感は刑事としてのものではないのだろう。仕方なく、速水はこう答える。
「いいえ、女の勘です」
速水が臆面もなく言うと、槇原は面白がるようににやりと笑った。
「いいだろう。好きにやってみろ」
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