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 最初に向かったのは、下北沢の光石のアパートだった。

 被害者である須賀も下北沢に住んでいたことに加え、メッセージアプリの内容を読む限り、光石は殺害の前日に須賀と会っている。蓑田の死の前日にも蓑田と会っていたこともあり、彼女について聞くべきことは山ほどある。

 蓑田殺害時にはアリバイもなく、アパート住まいのため自宅に防犯カメラがなく、自宅にいたことの裏付けも取れなかった。また彼女が利き手が犯人の利き手と一致することに加え、彼女のDNAと一致する毛髪が蓑田と須賀の自宅内から発見されたこともあり、逮捕令状までは出ないものの家宅捜索の令状は正式に下りていた。そのため、今回の聴取には鑑識班も同行することになる。

 呼び鈴を鳴らしてドアが開くと、槇原が令状を彼女の眼前に突き出す。

「捜索令状です。失礼ですが、お宅の中を捜索させていただきます」

「え? 捜索? どういうことですか?」

「蓑田茂、及び須賀和馬殺害の証拠品がないか確認させていただく、ということです。速水」

「はい」

 槇原の指示に従って、速水は部屋着姿の光石の肩を押さえて部屋の隅のほうへ移動した。それと同時に、鑑識班が一斉に室内に入って物品をあらため始める。

 光石はいまだに状況に困惑しているようだったが、槇原は構わず彼女への聴取を始めた。

「須賀和馬が殺害されたことはご存知ですか?」

「は、はい。ニュースで流れてたので……でも、どうしてこんな立て続けに」

「あなたと須賀和馬との関係をお聞かせいただけますか?」

 矢継ぎ早で質問され、光石はまだ混乱したままのようだったが、たどたどしく語り始めた。

「カズくんですか? カズくんは、私にとってお兄ちゃんみたいな存在です。近くのバーで声をかけられたのがきっかけで、話してる内に仲良くなって、連絡先を交換するようになったんですけど……なんでも話せるし、役者のお仕事とかも詳しくて、お仕事のこともプライベートのことも色々相談してたんです」

「相談というと、具体的には?」

「それは……役者のお仕事をもらうにはどうしたらいいかとか、このあたりの美味しいお店や遊ぶ場所のこととか、男の子に好かれるファッションの話とか……」

「率直にお聞きしますが、須賀和馬と肉体関係はありましたか?」

「えっと……それって、言わないとダメですか?」

「黙秘しても構いませんが、あなたの口以外から事実が発覚した場合、あなたの不利になる可能性はあります」

 槇原は明らかに肉体関係がある前提で話を進めているが、速水から見ても光石の反応は――こと肉体関係に関しては――クロだった。

 光石は少しだけ逡巡したあと、恥ずかしそうに供述する。

「カズくんとは、何度かエッチしたことはあります。でも、別に付き合ってるとかじゃなくて、ただお互いに寂しさを埋め合わせるためって感じで、特にそれ以上のことはなかったんです」

「つまり、あなたが須賀に交際を迫ったことも、須賀があなたに交際を迫ったこともなかったと?」

「はい。カズくんには他にも彼女、みたいな子がいたみたいだし、私はあくまで相談に乗ってくれたお礼、みたいな感覚で……」

「好きでもない相手と性行為をしたと?」

「あの……それってそんなにおかしいですか? カズくん、スタイルも良くて顔もカッコいいし、お金も持ってる感じでイケてる男子だったから、別に断る理由がなかったんですけど……」

 光石の供述に、槇原は苦り切った顔をして速水に視線をよこした。光石の貞操観念が理解できなかったのだろうが、速水にも到底理解できなかったので、小さく首を振っておいた。

 仕切り直すように咳払いをしてから、槇原は質問に戻る。

「あなたは蓑田茂とも同時期に肉体関係を持っていますよね? そのあたり、倫理的に抵抗はなかったんですか?」

「どうしてですか?」

「どうしてって……一般的に考えれば、あなたは蓑田茂と須賀和馬に二股をかけていたわけで」

「でも、別にどっちとも付き合ってないですよ?」

「そうなんですが……つまり、あなたは付き合ってもない男ともセックスができるわけですか?」

「そりゃ、誰でもってわけじゃないですよ。蓑田さんみたいに業界に力があったり、カズくんみたいにイケメンだったら、誘われて断る理由がないってだけです。蓑田さんからはお仕事がもらえるし、カズくんは一緒にいて楽しいし。お互いウィンウィンじゃないですか?」

 槇原は頭痛をこらえるように眉間を押さえてから、深い溜め息をついた。女性不審の彼が追及する隙を見い出せないでいるところからして、光石の言っていることは本心と見て間違いないのだろう。

 光石の考え方が一般的な考え方だとは思いたくないが、自分の行動理念に微塵も疑問を抱いていなさそうな彼女の態度が、速水には不気味に思えた。

 まるで揺らぎのない光石の瞳を見据えながら、槇原は聴取を再開する。

「須賀和馬に金を貸していましたか?」

「お金ですか? 貸してないですけど……あ。でも、食事代とかはいつも私が出してました」

「それは合計すると、どのくらいの金額になりますか?」

「数万円くらいだったと思いますけど、ちゃんと数えてないので正確にはわかんないです」

「蓑田茂と須賀和馬に接点はありましたか?」

「ないと思いますよ。蓑田さんはバラエティしか作らない人だったし、カズくんはバラエティに全然興味なかったので、同じ芸能界にいても接点は全然なかったと思います」

「須賀和馬に恨みを抱いているような人物に心当たりは?」

「カズくん派手でモテてたから、嫉妬する人は多かったかもです。でも、特定の人といつも揉めてたりとかはなかったと思いますよ」

「そうですか」

 蓑田の時と同様、光石は須賀にも都合のいい女として使われていたというのに、そのことにまるで自覚はないようだ。彼女に同情心が湧いたのか、槇原は少しだけ沈黙してから質問を続けた。

「須賀和馬が殺害される前日、あなたは彼と会っていますね。そこでのやりとりを詳細にお話いただけますか?」

「二時半くらいに私の部屋に来て、そのままエッチしてから寝て、起きてからよく行くお店にご飯を食べに行って解散しました。少しだけイライラしてたり上の空だったような気がするけど、それ以外は特にいつもと変わりなかったような気がします」

「あなたは蓑田茂、須賀和馬の両名が殺される前日に会っていますね。これはただの偶然ですか?」

「そんなこと聞かれても……私だってびっくりしてるんです。もしかして、犯人は私が疑われるようにそういう日を狙ってるんでしょうか?」

「あなたを恨んでいたり、あなたが逮捕されることで利益を得る人物に心当たりは?」

「……正直、パッとは思い浮かばないです。解散しちゃったアイドルグループの子たちとも、今でも仲はいいですし」

「あなたと須賀の関係を知っている人はいますか?」

「これでも一応芸能人なんで、カズくんとの関係なんて誰にも話してませんよ。……あっ。でも、最近私のことを追ってる雑誌記者さんがいるので、その人なら知ってたかも」

「その雑誌記者の名前は?」

「自己紹介するような関係じゃないですし、名前まではちょっと」

「見た目の特徴などを教えていただけますか?」

「若くて、背丈も体格も普通の男の人だったと思います。若いと言っても私より年上だと思いますけど、なんだか表情が幼いっていうか、内面が子どもっぽい印象の人でした。尾行とか張り込みが下手みたいで、自宅とか事務所の近くでちょくちょく見かけてました」

 横で聞きながら、速水は内心で首を傾げる。光石の話だと、確か彼女は芸能界でそれほど名が通ってる人物ではなかったはずだ。そんな人物のスクープのために、ゴシップ記者が張り付くものだろうか。昔アイドルグループをやっていたという話だったので、「あの人は今」的なゴシップとしては価値があるのだろうか。いずれにせよ、その手の業界に不勉強な速水が憶測してもわかるはずもなかった。

 雑誌記者の詳しい人相を確認したあと、槇原は最後の質問をぶつける。

「本日の二時から三時の間、あなたはどこで何をしていましたか?」

「その時間だと、一人で家で寝てました。……あの、私やっぱり疑われてるんでしょうか?」

「形式的な質問ですよ」

 槇原はそう答えるが、やはり光石の嫌疑は濃いと言わざるを得ない。蓑田殺害時にも須賀殺害時にもアリバイがなく、利き手も犯人と一致している。蓑田はともかく、光石の小柄な体格で大柄の須賀を撲殺できるかと言われるとかなり怪しいが、二人の関係性と須賀が泥酔していた事実を考えれば、不意打ちで仕留めるのは不可能ではないだろう。

 一通り聴取と家宅捜索が終わったところで、ようやく光石は解放された。家宅捜索の結果、犯罪の証拠と思しき物品は発見されず、押収できるものは特になかった。用途不明の鍵などもなく、凶器に繋がる証拠は何一つ入手できなかった。念のために通帳のコピーを取らせてもらったが、こちらについても怪しい入出金などはなく、須賀に大金を貸していた形跡も見当たらなかった。また、スマートフォンやパソコンなどにも怪しいデータはなく、鑑識班もみな不本意そうな顔をしていた。

 帰り際、光石は不安そうな顔で尋ねてきた。

「あの、これで私の容疑は晴れたってことでいいんでしょうか?」

「まだ捜査中ですので、なんとも言えません。また新たに聞きたいことが出てきたら、うかがわせていただきます」

「そうですか。犯人、ちゃんと捕まえてくださいね?」

 皮肉かと思ったが、光石は本心から懇願しているようだった。槇原は一瞬だけ苦い顔をしたが、すぐにうなずく。

「……全力を尽くします」

 鑑識班と別れて車に乗った後、槇原はぐったりと助手席に身を沈めた。

「気合入れて来たんだが、完全に肩透かしだったな」

「そうでしょうか」

「なんだ。何か気になるのか?」

 槇原に問われるが、速水は自分が感じた違和感をうまく言語化できなかった。答えあぐねていると、槇原はそれ以上追及してこず、助言だけを口にした。

「気になることがあるなら、そのことを忘れるな。何が捜査の決め手になるかなんてわからねえんだ。お前はお前の勘を信じろ。間違ってたら俺が正してやる」

「ありがとうございます」

 やはり、槇原との仕事はやりやすい。以前の相棒だったら頭ごなしに説教されていたところだが、槇原は速水のことを一人前の刑事として尊重してくれる。

 速水は違和感の正体を一旦棚上げして、次の聴取先へと車を走らせた。

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