3


 著名人の殺害事件ということで、捜査本部はすぐに立ち上がった。

 樫村管理官をトップに据えて速やかに捜査班が組織され、速水と槇原も捜査員として組み込まれることとなった。夕方にさっそく捜査会議が開かれ、樫村管理官が捜査員に捜査状況を確認していく。

「まずは事件の概要について説明を」

「はい」

 立ち上がったのは、隣に座っていた槇原だった。

「被害者は蓑田茂、四十二歳。東都テレビの番組プロデューサーで、五反田の自宅付近で死亡しているのを発見されました。財布やスマートフォンなどはそのまま残されており、強盗殺人の線は薄いと思われます。死因は脳挫傷で、棒状のもので死後も何度も後頭部を殴打されていたようです。右側頭部への打撃痕もあることから、犯人は右利きと思われます。検死の報告によれば、死亡推定時刻は昨日十月七日二十二時から二十四時あたりのようです」

「目撃者はいたのか?」

「現在地取り捜査を進めているところですが、夜間の犯行ということで、目撃者はまだ見つかっていません。付近の防犯カメラ映像も集めていますが、住宅街での犯行だったためこちらも難航しています」

「被害者の人間関係は?」

「両親はともに亡くなっており、妻子はなし。金は稼いでいたようですが、遺産を相続できるような親族はいないようです。職場では敏腕プロデューサーとして尊敬されていたようで、表立って険悪な間柄の人間はいなかったようです。ただ、女性関係はかなり奔放だったようで、被害者にまつわる真偽不明な女性の噂はあとを絶たなかったようです」

 槇原の報告を吟味するように間をおいてから、樫村は再び口を開く。

「鑑識の報告を」

「そちらは私から」

 槇原が着席すると同時に、鑑識班の出渕班長が立ち上がった。

「えー。遺体発見現場は路上ということもあり、不鮮明な下足痕が多数発見され、犯人の下足痕の特定は困難です。毛髪も多数発見されましたが、こちらも風で飛んできたものも考えられるので、アテにはならんでしょう。現場の出血量からして、発見現場が殺害現場であることは間違いなさそうです。被害者の自宅マンションはほとんど物がなく、ただただ寝に帰って寝るだけの部屋という感じでした。現在押収したパソコンとスマートフォンを解析中ですが、先の報告でもあった女性関係の奔放さを裏付ける内容がでてきました」

 一拍置いてから、出渕は続ける。

「まずスマートフォンのメッセージアプリですが、数十人もの女性と仕事以外の連絡を取り合い、近隣のホテルや自宅などに連れ込んでいたようでした。またスマートフォンの中には女性と性交中の映像が多数残されており、それをネタに女性をゆすっていた可能性もありそうです。映像のほとんどは彼の自宅で、アングル的に盗撮と見て間違いないでしょう。お手元にある資料は、メッセージアプリの管理会社に問い合わせて、過去十年の間に関係を持ったと思しき女性たちの連絡先をリストにしてもらったものです」

「……百件以上か。思った以上だな」

 樫村管理官はリストを手に取ると、汚いものを見せられたように顔を歪めた。

「現状他に明確な手がかりがない以上、地取りと並行してこのリストの女性たちにも当たってもらうことになる。著名人の計画殺害ということで、世間やマスコミの注目も集まっている。絶対に犯人を野放しにするな」

 短い檄を飛ばすと同時に、捜査員たちがバラバラと席を立ち始める。

 槇原もすぐに立ち上がったが、会議室を出るのではなく出渕班長のほうへ近づいていった。速水も慌てて彼についていく。

「出渕さん、ちょっといいかい?」

「お、なんだ。美女と野獣コンビか」

 出渕班長はこちらを見るなり、しわの寄った顔を更にくしゃくしゃにして笑った。

「お前らが来たってことは、また俺の仕事が増えそうだな」

「いやぁ、いつもすみません」

「思ってもねえくせに、何言ってやがんだ。捜査のために必要なんだろ? お前らの検挙率はアテにしてるんだ。さっさと言え」

 槇原は悪びれた風もなく笑うと、さっそく本題を口にする。

「俺ら、リストの女性に聴取する班に割り当てられてるんですが、この女性たちについてもっと詳しい情報をもらえないかと思いまして」

「なるほどな。時間もなかったし、リストにはメッセージアプリのIDとアカウント名、電話番号、最後に連絡した時間しか載せられなかった。差し当たってお前さんが確認したいのは、やりとりの内容ってところか?」

「話が早くて助かります」

「しゃあねえ。ついてこい」

 出渕班長は立ち上がると、廊下を通って鑑識課まで移動した。指紋が付かないようビニール袋で密封されたスマートフォンを手に取ると、操作してメッセージアプリの画面を表示する。

「被害者は相当用心深い男だったのか、メッセージのやりとりもかなり慎重だったようだな。基本的にはこの通り、時間と場所を指定するような短いメッセージしか残してないんだ。それに、大半が一時期に数回呼び出したあとはすっぱり連絡が途絶えちまってる」

「つまり……ゆすりや接待要求のようなやりとりは記録を残さないように、口頭でやってたってことですか」

「ああ。この手の漁色には相当手慣れてる感じだな」

 話を聞いていて、速水はどんどん気分が悪くなってきた。

 慣れたやり口といい、性交の映像をわざわざ残して脅しに使う外道さといい、正直女性のひとりとしては被害者に同情する気にはとてもなれない。

 だが刑事である以上、捜査に手を抜くつもりなどない。メッセージアプリの画面を睨みつけながら、速水は二人の会話に神経を集中させた。

「俺たちが担当するリストの中で、そういう短いメッセージ以上のやりとりがあった相手はいますか?」

「そうだなぁ……おっ。お前ら当たり引いてるな。この中だと、三人怪しいのがいるぞ。まずはこのアカウント名『七瀬』だが、八年前から被害者と関係があったみたいだな。その後も一年に数回程度はやり取りを続けていたようなんだが、ここ最近になって被害者からの呼び出しを拒否するようになったようでな。ほれ、この有り様だ」


 ミノダ『二十三時に自宅。 ――九月十一日 二十一時五十二分』

 ミノダ『まだか。 ――九月十一日 二十三時十五分』

 ミノダ『映像。 ――九月十一日 二十三時三十四分』

 ミノダ『覚えておく。 ――九月十二日 一時五分』


「ふむ……自宅に来いと呼び出したものの、時間通りにこなかったので急かしたのが二件目。返信がないので映像の流出をほのめかして脅したのが三件目。その後もまったく連絡がないので、ついに我慢の限界に達して『俺をコケにしたことを忘れないからな』と啖呵を切ったのが四件目ってところですか」

「ま、そんなところだろ。八年間関係が続いてたこともあって、被害者がこの女性に執着してたのは間違いないだろうし、このあとなにか悶着があってもおかしくはないだろうな。次がこの、アカウント名『しずく』だな。この子とは五年前から関係が始まっているんだが、ここ二年は完全に相手にされなくなっちまったようでな」


 ミノダ『〇時に五反田カメオ前。 ――一月十八日 二十一時三十四分』

 しずく『何度も言ってますが、もう無理です。 ――一月十八日 二十一時四十分』

 ミノダ『映像。 ――一月十八日 二十一時四十五分』

 しずく『ご勝手に。 ――一月十八日 二十一時五十五分』

 ミノダ『本気だぞ。 ――一月十八日 二十二時一分』

 ミノダ『二十三時に自宅。 ――五月十日 二十一時二十一分』

 ミノダ『二十三時に自宅。 ――十月四日 二十一時十七分』

 ミノダ『本気で潰されたいのか? ――十月四日 二十三時十五分』

 しずく『あなたには無理です。 ――十月五日 〇時三分』

 ミノダ『覚えておけ、クソ女。 ――十月五日 〇時六分』


「五反田カメオってのはラブホテルの名前かな。それ以外はさっきのと似てますね。脅しをかわされてからも懲りずに何度も誘ったものの、ついに自分が切られたとわかって逆上した。そんな感じでしょうか」

「だろうな。断られてからもしつこく誘ってるあたり、こちらも相当にご執心だったらしい。最後がアカウント名『おと』。この子は今年になって連絡を取り合うようになったばかりで、最近頻繁に会っていたようだな。リストを見ればわかると思うが、被害者が死ぬ前日に呼んだのがこの娘だ」


 ミノダ『二十三時に五反田カメオ前。 ――三月十四日 二十一時三十四分』

 おと『はい! ――三月十四日 二十一時四十二分』

 ミノダ『〇時に五反田カメオ前。 ――四月七日 二十一時四十一分』

 おと『了解です! ――四月七日 二十一時四十九分』

 ミノダ『〇時に自宅。 ――五月二十四日 二十一時十八分』

 おと『はーい! ――五月二十四日 二十一時二十九分』

 ミノダ『二十三時に自宅。 ――七月三十一日 二十時五十八分』

 おと『待ってました! ――七月三十一日 二十一時四分』

 おと『今日どうですか? ――十月二日 二十一時二十五分』

 ミノダ『〇時に自宅。 ――十月二日 二十一時四十六分』

 おと『楽しみです! ――十月二日 二十一時五十三分』

 ミノダ『〇時に自宅。 ――十月六日 二十一時三十四分』

 おと『待ってました! ――十月六日 二十一時四十六分』


「この子は他の女性と違って、被害者からの呼び出しにえらく乗り気だったみたいですね。他の二人と比べると、仲は良好なようですが……」

「ま、男と女のことだからな。前日にひどいことをされて、翌日に殺害を考えたっておかしくはない。お前さんなら心配はいらないだろうが、予断なしで望むこった」

「ありがとうございます。確認しにきて正解でした」

 槇原に合わせて頭を下げると、彼の背中を追って鑑識課を出る。小走りで彼の隣に並ぶと、槇原は獲物を見つけた猟犬のような顔で言った。

「今日中にこの三人に当たる。俺が車を回してくるまでに、三人とアポイントを取っておけ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る