第三話「ダンジョン」
光が収まる。周囲に満ちる暗闇。残されたオレンジの光源に目を向けると、尻餅をついた少年が、光源……カンテラを、アデルに向けていた。目と口を大きく開けて。
「ア、アリスっ! お前、どっから沸いて出てきたんだよっ!」
「あなたは?」
少年は立ち上がると、「何を言ってるんだよ」と、カンテラを上げたり下げたりしながら、アデルの姿をまじまじと眺める。アデルはアデルで、少年の姿を観察する。
短くボサボサの茶髪。大きな黒い瞳はよく動き、閉じた口もぐにぐにと、豊かな曲線を描いている。歳は自分と同じぐらいだろうが、その簡素な革鎧といい、腰に下げた長剣といい、床に鎮座している雑嚢といい、この少年は、きっと──
「お前、またそんな高そうな服を……そんな金あったら、武器とか、薬草とかさぁ」
「人違いよ」
「え? なんだって?」
少年はずいっとアデルに顔を寄せると、「あっ!」と一声上げて、後ずさる。
「泣きぼくろがない……お前、誰だ?」
「それはこっちの台詞よ」
「俺? 俺はアルド! ダンジョン王になる男だ!」
胸を張る少年。今度は、アデルが少年にずいっと顔を寄せる番だった。
「アルドって、まさか──」
「あっ! アデルさんも飛ばされてたんですね~!」
新たな声に向かって、アルドがカンテラをかざす。手を振りながら、駆け寄るアリッサ。アルドに気づくと、「明かりがあって助かりました!」と笑顔を見せる。
「な、なんで次から次へと……」
「はじめまして! 私、見習い鑑定師のアリッサ・リンドバーグです! こちらは、依頼者のアデルさん! あなたは、冒険者さんですよね?」
「ああ、俺はアルド! ダンジョン王になる男だ!」
同じ自己紹介を堂々と繰り返すアルドを見て、いつもそう言っていたんだろうなと、アデルは思う。アリッサが「いいですね!」と親指を立てると、アルドも「いいだろ!」と親指を立て返す。……何をやってるんだかと、アデルは肩をすくめる。
「アルドさん、このダンジョンのことを、教えてもらえませんか?」
「待って。ここって、ダンジョンなの?」
アデルの言葉に、アリッサは頷く。
「鍵が開いたんですよ! あの鞄は、ダンジョンへ至るゲートだったんです!」
「ゲート? あんた達、なんの話をしてるんだ?」
腕組みして、首を傾げるアルド。アリッサは「えーっとですね」と言葉を濁す。
「詳しい事情は、また追い追い……アルドさんは、お一人ですか?」
「ああ。仲間と来る予定だったのに、あんたらが止めたんじゃねぇか」
「え?」
「あんた、鑑定師だろ? その服、同じだし……」
アルドに指摘され、アリッサは自身の制服に目をやった。裾を引っ張り上げたり、くるりと一回転して見せたりする。その姿に、アデルはなるほどねと頷く。私服にしては奇抜で、カフェの店員にしてはヒラヒラしていると思ったが、鑑定師の制服だったなんて。
「鑑定師まで呼ばれるなんて、何か問題があったのかしらん」
今度はアリッサが首を傾げる。アルドは空いている左手で、髪を搔いた。
「……本当に、何も知らないんだな。といっても、俺も詳しいことはわからない。新しいダンジョンが見つかったってんで、調査の依頼がギルドにきて、それを俺達のパーティが引き受けたんだけどよ。よし行くぞってなったところで、鑑定師の姉ちゃんもやってきてさ。ここは協会が調査することになったとか言って、封鎖しやがってよ。俺は納得できなかったから、こうして一人で忍び込んだってわけよ!」
「なるほど、未知のダンジョンというわけですね。アルドさんのレベルは──」
「そんな話はいいから、早く帰りましょう」
アデルの言葉に、アリッサは目をぱちくりする。
「でも、せっかく来たのに……」
「あの鞄がダンジョンだとわかっただけで十分よ。出口はどこ?」
「それがどこかを探すのが、ダンジョン攻略の醍醐味って奴だぜ?」
チッチッチッと、指を振ってみせるアルド。アデルはアルドに向き直る。
「……じゃあ、入り口は?」
「ない」
「なんですって?」
アデルの剣呑な眼差しに、ぎくりとするアルド。
「い、いや、もちろんあったんだけど……」
アルドはくるりと反転し、「百聞は一見ってね」と歩き出した。顔を見合わせるアデルとアリッサ。お互いの顔が闇に紛れる前に、二人はアルドを追って歩き出した。
しばらく進んだところで、アルドがカンテラを高く掲げた。崩落したと思しき岩が幾重にも積み重なり、行く手を阻んでいる。アルドが振り返り、首を振った。
「俺が入った途端、崩れやがってさ。入り口はご覧の通りってわけ」
「なるほど、一度入ったら出られないタイプのダンジョンだったんですね!」
「そ。だから、外に出るにはこのダンジョンを攻略するしかないって訳だ」
「嘘でしょ……」
呆然とするアデルに向かって、アルドは親指を立てて見せる。
「安心しろって! 俺がついてるからさ!」
アデルはそっぽを向くと、踵を返して歩き出す。
「お、おい! 勝手に行くなって! 暗いのに危ないだろ!」
アリッサは身を屈め、崩落した岩の破片や、ひび割れた石畳に手を触れていたが、明かりが遠ざかっていくことに気づいて腰を上げ、両手を振り振り、駆け出した。
「ああっ! 置いてかないでくださいよ~!」
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