聖女様の都合のいい神託により、外堀を埋められてしまったようです
uribou
第1話
「そ、そんな……」
「落ち着いてください。理屈は御理解いただけるでしょう?」
「は、はい……」
動揺する聖女ルルス様に事情を説明しているのは、平民出身者を専門にカウンセリングを担当する私、アルマ・ボイヤーだ。
我が国の平和を守る陛下直属の暗躍部隊『ガーディアンズ』の一員である。
よくある話なのだが、我が国の王太子アレクサンダー殿下が婚約者を顧みず、聖女ルルス様に入れ揚げてしまっている。
ルルス様は聖女とは言え、後ろ盾を持たない平民の出。
対する王太子アレクサンダー殿下の婚約者ダイアナ様は公爵令嬢。
まるで勝負になっていないことを、ルルス様に納得していただかなければならない。
決して他人の恋路の邪魔をしているわけではないのだ。
「つまりこのままだとアレクサンダー殿下は……」
「婚約者ダイアナ様の御実家ワーズワース公爵家の不信を招きます。陛下は貴族間のパワーバランスが乱れることと王家の威信の低下を恐れますから、ワーズワース公爵家を宥める方向で解決を図ろうとします。よってアレクサンダー殿下が廃嫡となることまでは確実でしょう。最悪庶民落ちまで考えられます」
「わ、私はどうなるのでしょう?」
「このままですと、王太子殿下を惑わせた者として重い罰則が科されます。しかしルルス様は筆頭聖女としての強大な神力をお持ちですから、おそらく処刑は免れます」
「し、処刑?」
ですから処刑にはなりませんよ?
おそらくですけど。
……聖女ルルス様がその美貌でアレクサンダー殿下を誑かしている、というもっぱらの噂だった。
とは言うものの、こうして話を伺う限り、ルルス様はアレクサンダー殿下を慕っている様子ではないな?
「ただし王都では王太子を堕落させた悪女の汚名を消せません。名を変えて一生ドサ回りとなるでしょう」
「そ、そんな! 王太子殿下にはとても逆らえなくて……。私は王都から出たことさえないんです。地方回りなんて……」
ふむ、殿下のゴリ押しか。
持ち前の行動力が悪い方に出てしまっていますね。
決して悪い方ではないのですが。
ルルス様が殿下を誘惑しているという噂はやっかみから出たものっぽい。
「安心してください。今の予想はあくまでこのまま王太子殿下とルルス様の関係が変わらなければ、の話です」
「変えられるんでしょうか? 殿下は強引なのです」
「もちろん可能です。プロが揃っておりますから。解決方法にルルス様の了承がいただければ、即座に対応いたします」
『ガーディアンズ』は諜報・暗殺・データ管理・アフターフォローの各分野において、王国を裏から支える組織だ。
給料分は働きますよ。
今回のケース、聖女ルルス様は確かに儚げな美人ではあるが、実はアレクサンダー殿下の好みのド真ん中ではないという分析結果が出ている。
聖女であるというレアリティと、会おうにもなかなか会えない状況。
この二つの事情が化学反応を起こして殿下を夢中にさせているのであろうと。
いわゆる恋に恋している状態だ。
スケジュールを調整してルルス様に会わせないようにし、後腐れない殿下好みの美女を宛てがってやれば解決だ。
「はあ……あの、私でなくて後腐れのない女性だったらよろしいのでしょうか?」
「正確には殿下の婚約者ダイアナ様のプライドを刺激しない女性ですね」
美人の平民聖女というのは、高位貴族のイライラスイッチをオンにしてしまう存在なのだ。
我が儘と相場が決まっている高位貴族の令嬢が、決して手に入れることのできない立ち位置だから。
聖女ルルス様がおずおずと聞いてくる。
「オフレコで伺いことがあるのですけれども、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。我々には守秘義務がございますので」
「失礼な物言いかもしれませんが、王太子殿下には問題が多いように思えます。違う方を王太子にするわけにはいかないのでしょうか?」
おおっと、ルルス様見かけによらず大胆な発言だ。
思わず苦笑してしまう。
もっともアレクサンダー殿下に振り回されたルルス様がこう言いたくなるのはわかる。
ルルス様には真実を知る権利があるか。
「実は高名な占い師によるとですね。アレクサンダー殿下が王になると、我が国は一層繁栄するそうなんです。だから陛下もなるべくアレクサンダー殿下を廃嫡したくないのですね」
「な、なるほど。それで……」
「これもオフレコでお願いいたしますが、アレクサンダー殿下は幸運のマスコット人形のようなものと思っていただけるとよろしいです。意思を持つ分、フラフラして問題を引き起こすので、私を含めた後始末部隊が控えていると考えてもらえれば」
アハハと笑い合う。
これで言えないことがある者同士、共犯です。
「それでよろしかったでしょうか? ルルス様の了承を得次第、先ほどの作戦を実行し、殿下をルルス様に会わせないようにいたしますが」
「はい、ぜひお願いします」
よし、これでこの件は終わったも同然と。
「御協力ありがとうございました。我が国の安寧に一歩近付きました……ルルス様?」
どうしたんだろう?
ルルス様の目の焦点が合っておらず、神力の高まりが感じられるような?
あっ、ルルス様の身体から力が抜け、倒れる!
「ルルス様! しっかりなさいませ!」
「うう……」
ルルス様の意識が次第に失われてゆく。
そしてこれは神力の高まりに間違いない。
何事?
『アレクサンダー殿下と婚約者ダイアナ嬢はうまくゆかぬ。破綻間近である』
「えっ?」
ルルス様突然の衝撃発言に混乱する。
というかルルス様の声じゃない。
一体何が?
『ダイアナ嬢には想い人が存在する。アレクサンダー殿下を好いておらぬ』
これは神託だ!
神力の前で偽りは許されないから、ルルス様は本当のことを言っている。
『ダイアナ嬢は駆け落ち寸前である。穏便な……』
「ルルス様? ルルス様!」
ダメだ、完全に意識を失った。
「誰かおりますか?」
「はい」
控えの間から女官が入ってくる。
「聖女ルルス様は神力を発揮され、お休みになられました。後はお願いいたします」
「お任せください」
占い師は自分に関係することを占えないという。
聖女の神託も同じような制約があるのではないか?
ルルス様がアレクサンダー殿下の呪縛から逃れることに決定した。
その結果、自分と無関係になったため神託が降りたと考えると筋が通る。
えらいことになった。
急いでダイアナ様を押さえてスキャンダルを揉み消し、さらにアレクサンダー殿下とルルス様を会わせないようにする作戦を決行しないと!
それと『ガーディアンズ』に超過勤務手当てを申請しないと!
◇
「ルルス様、ありがとうございました」
後日、再び聖女ルルス様と面会がかなった。
ルルス様もそして憚りながら私も忙しい身の上でありながら、こうして会えたのは幸運である。
「おかげで何とかダイアナ様の暴挙を止めることができました」
「いえいえ。あの、アレクサンダー殿下とダイアナ様の関係はどうなるのでしょう?」
「ダイアナ様の病篤く、王太子妃としての公務に耐えられないため婚約を解消する、というシナリオで動き始めています」
アレクサンダー殿下のやんちゃに気を取られていて、ダイアナ様については完全にノーマークだった。
もしダイアナ様の駆け落ちが決行されていれば、不貞の公爵家と捨てられた王家双方に大きなダメージが入ってしまうところだった。
聖女ルルス様には王国の危ないところを救っていただき、感謝に堪えない。
「ダイアナ様はワーズワース公爵領に身を引き、想い人たる騎士とひっそりと暮らすということになりそうです」
「ああ、よかったですわ」
「まったくです。アレクサンダー殿下にもダイアナ様にも傷を付けずにすみました。これもひとえにルルス様の神託のおかげです」
「そんなことないんです。アルマ様が私の運命を変えてくださったから」
「確認ですけど、あれから殿下はルルス様につきまとってないですよね?」
「はい。ありがとうございます」
にこやかに笑うルルス様は素敵だ。
もちろんアレクサンダー殿下がルルス様に会っていないことは『ガーディアンズ』が確認済みではあるのだが、一応ね。
「アルマ様にお話しておかなければいけないことがあるんです」
「何でしょう? 何なりと」
他ならぬ聖女様の言うことだ。
よくよく心に留めておかなければ。
「アレクサンダー殿下の次の婚約者、将来の王妃となるべき方ですが」
秘密裏に選定を進めている。
が、未だダイアナ様との婚約解消が済んでいないということもあり、大っぴらに動けないのだ。
時間を経るに従って適当な令嬢は売約済みになってしまうので、実は『ガーディアンズ』のメンバーも焦っているのだが。
「アルマ様がよろしいと思います」
「……」
実は占い師にも同じことを言われた。
私はアレクサンダー殿下と同い年の二一歳で伯爵家の娘。
身分的にギリギリアリといえばアリなのだが……。
占い師が私を皇太子妃にと言ったことはすぐに『ガーディアンズ』中に広まった。
そうだ、アルマでいいんじゃね?
押し付けようぜ(殿下『を』なのか、殿下『に』なのかどっちだ?)って話になった。
でも所詮私は伯爵家の娘で、ちと身分が不足気味なのでその時はすぐ収まったのだが。
「アルマ様はアレクサンダー殿下の事情を誰よりも知っておられるでしょう?」
「それはまあ、はい」
「私生活でも幸福になれる様子が思い浮かぶんですよ」
「……」
神託じゃないんだろうけど、聖女様にこう言われてしまうと気になってしまう。
「アルマ様はアレクサンダー殿下のこと、お嫌じゃないんでしょう?」
「は、はい。王立学校でも同級で、ともに生徒会役員を務めておりました。殿下の情熱的で行動力のあるところは嫌いじゃない、です。凛々しいお顔はストライクです」
「でしたら万事解決ではないですか」
調査を進めていく内、殿下にふさわしい令嬢がいないぞということがわかってきた。
聖女様までこう言ってると、マジで私が殿下のお妃になっちゃいそう。
というか『ガーディアンズ』が総力を上げて仕向けそう。
アレクサンダー殿下のことは……正直学生時代からずっと好きだ。
書類の受け渡しでふと手と手が触れ合った時のこと、今でも覚えている。
あまずっぱあああああい!
でも当時既に殿下は婚約していらっしゃったし、この恋が実ることなんてあり得なかった、のだが……。
ワーズワース公爵家と我がボイヤー伯爵家は親戚筋である。
私が公爵家の養女に入って、しかる後に殿下と婚約するならば八方丸く収まりそう。
実現の可能性を思い浮かべると顔が火照ってしまう。
「……ルルス様?」
ルルス様の意識が再び途切れつつある。
加えて神力の高まりを感じられる。
あっ、また神託か?
ルルス様の口が厳かに言葉を吐く。
『末長くお幸せに。そして国家安寧たらん』
「うわーい、決まっちゃったぞ?」
今日の様子はどうせ影の連中が見てるんだろうし、占いや神託に頼らなくても外堀が埋められる未来が見えるわ。
私がアレクサンダー殿下のお妃かあ。
きゃっ! お妃教育頑張ろーっと。
聖女様の都合のいい神託により、外堀を埋められてしまったようです uribou @asobigokoro
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