結婚休暇12日目

第26話 縮まらない距離



 あれから半日、私とステファニーはまともに会話をしなかった。


 何故か私もステファニーも、食事の度に食堂には来るものの、挨拶の後は黙々と食事を摂り、それが終わると静かに自室に戻っていた。


 今も昼食のために私も彼女も食堂にいるが、そこに一切の会話はない。なんなら、物音自体がほとんどなかった。

 何しろ、会話がないので、物音を立てると広い食堂に響いて妙に気になるのだ。生粋の貴族として、可能な限り食器等の音を立てないようにしているが、今日はさらに慎重にナイフを動かし静かに咀嚼しており、結果としてほとんど物音が無い空間が出来上がっていた。


(食事の味が分からない……!)


 ステファニーのことが気になりすぎて、私はストレスの極みであった。


 正直、今回のことに関してはどう対応したらいいのか正解が全く分からない。

 本当は、あの口付けの意味を問いたい。仲良くしたいという気持ちの発露ではないのかと尋ねたい。

 しかし、それをすると、何だか妻の逆鱗に触れる気がするのだ……。


 そうなると、私のしでかしたことを謝るより他はないのだが……。


「ステファニー」


 ビクッと肩を揺らしたステファニーが、ゆっくりとこちらを見る。


「……その、昨日のことだが……」


 クワッとすごい顔で睨まれた。獲物を見つけた爬虫類のような顔つきである。


(……怖い……)


 この調子なので、なんとも距離を縮める案が思い浮かばないのだ。


(しかしここでめげている場合ではない。あと二日半で結婚休暇だって終わってしまうんだぞ!)


 後がない私は、必死に気合いを入れる。


 こうなったらサプライズプレゼント攻撃だ。

 女性はサプライズが好きだと言う情報は、『溺愛シリーズ』から既に入手済みだ!


「ステファニー」

「……はい」

「私は午後、出かけようと思う。君も好きに過ごしてくれ」

「……分かりました。どちらへお出掛けされるのですか」


 聞かれると思わなかった!


「いやっ!? ええと、そんな、大した用事ではないのだが」

「結婚休暇中に妻を置いて大したことのない用事に向かわれるのですか」

「いやいや!? いやそうだ、そうだな、結構大事な用事だ。うん、重要なプロジェクトのために必要なことなのだ」

「重要な……?」

「うむ。今君に言うことはできないが、侯爵家の存亡の危機に関わる内容なのだ」

「存亡!?」


 跡取り新婚夫婦の離婚の危機だから、存亡の危機と言っても間違いではないだろう。


 私は、自分には兄弟姉妹が5人もいておそらく跡取りには困らないだろうことを棚上げして、内心頷く。


 それから、ステファニーの追求をモゴモゴ言いながらかわし、彼女に胡乱な目で見られながらなんとか出かけるてはずを整えた。


(さて、何を買いに行くべきか……)


 とはいえ、実はもう何を贈るのかは思いついているのだ。


(ステファニーもきっと悦ぶぞ!)


 私はウキウキと心を躍らせながら、護衛を引き連れ、街に繰り出したのである。



 こっそりステファニーが跡をつけてくるとは、つゆほども思わずに。

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