64:乙女の情事は……

「……こいつが王子だって?」


 シュサクさまの嫌悪の眼差し。

 自身の白髪を掻いて、カイン王子の濡れたような黒髪とはとことん反発しているように思えた。


「申し遅れた。僕はカイン・ビャクヤ・オブシウス……この国唯一の王子だ」


「これはご丁寧に。俺はシュサク・フェルニクス・ルビーライト。……紅龍国の追放王子だ。ちなみにお前が抱いているカリンとは父親公認の婚約関係にある。わかったら手をどけろ」


 いやだから、違いますケド!?


「おや、そうなのか? この娘はやめておいたほうがいいとは思うがな。いくら落ちこぼれの王子といえど、わざわざ他人の唾のついた娘を欲することもあるまい」


 そう言ってぐいと私を引き寄せるカイン王子。聞き分けのないその行為に、シュサクさまも黙っておかない。


「なあに、唇の一つくらいで嫉妬なんざしねえよ。カリンの最初と最後が俺なら、途中で浮ついたって寛容だ」


「ん? 最初? おかしいな。あの時がファーストキスだと言ってなかったか? なあカリン孃?」


 うぐっ、ニヤリと勝利の笑みをこぼして私を向くその顔の、なんとお美しいことでしょう。思わずまた顔が熱くなる。

 気付かれないようにさっとうつむく。


 だがその行為は肯定したも同然だった。


「な、なにぃ!? おいカリン! 決闘を終えたあの日! 初めてだって言ってたよなあ!?」


 い、いやあだってそう言わないとまたシュサクさま、人の話を聞いてくれなくなっちゃいそうだったし……。

 というかあれはあくまでも報酬であってそれ以上でもそれ以下でもないって言ったはずよねえ!


 あと! 他言無用とも!

 二人共乙女の情事をベラベラと……最低ッ!


 それもお父様の前でッッ!


「本当に酷いわ! バカ!」


 カイン王子を振りほどいて家の中へ。改装したばかりの真新しい自室へと飛び込んだ。

 ベッドにばふっとうつぶせに倒れ込んで、あまりの恥ずかしさにバタバタとどうしようもなくベッドを蹴り続ける。

 泣き出しそうになるくらい、目頭がツンとする。


 だって……あり得なくない?

 



 二人の王子様が、私をとり合ってムキになってるのよ?


 それが一時の気の迷いだったり単なる冗談だとしても、目の前で行われたやり取りがいつまでも脳裏にこびり付く。

 おかしい。こんなの。

 私は単なる辺境の底辺男爵の一人娘。街の子供たちのガキ大将で、領民たちとも仲がいいだけのただの女の子よ。

 そう……それが単に、気位の高い方々の目には新鮮に映っているだけ。


 まったくもう!

 振り回されるこっちとしてはいい迷惑よね!


 ――仕切り直しよ。

 私の心情は、今は関係ない。


 王子様方がいかに私をからかって弄ぼうと、それはシュサクさまの期待を裏切る言い訳にはならないわ。カインさまがせっかくお一人でいらっしゃったこのタイミングであの話をしないなんて愚の骨頂よ。


 所詮、学のない貧乏娘のたわごとでしょうけど、そのたわごとでまずはシュサクさまのお心をグラつかせることはできたのだ。カインさまだってもしかしたら聞いて頂けるかもしれない。いえ、私をオモチャにしている今だからこそ、このお話をキチンと聞いて頂くチャンスだわ。

 田舎娘で遊ぶのに飽きられる前に、私のできる限りをしてやるんだから!


 よし、気持ちのリセット完了。

 すぐにベッドを飛び起きて、先ほどまでのテラスへ走る。

 お父様も含めた三人とも、まだそこにいた。すぐに、頭を下げる。


「申し訳ありませんわ。私としたことが取り乱してしまって……そんなことよりも、カイン王子殿下。シュサクさまと紅龍国のことで、どうか私の話をお聞きください。きっと我が国の利益ともなるはずですの」


 顎をさすり、「ほう、言ってみろ」とカインさま。

 シュサクさまも先ほどまでのムキになった表情はすっかり真顔に変わり、私を無言で見つめて、一つ頷いた。


 


 ――それからはもう、流れるように話は進んだ。


 そして私には、子爵の階級が与えられ、王都に屋敷を持つこととなった。

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