54:一人、反吐が出る
「貴様らが代理を立てるなら、俺も当然代理人を用意しても問題ないよなぁ? くひひひーっ!!」
最初からそのつもりだったくせに、白々しい!
間違いなく、お父様が出かけるタイミングを見計らっての行動でしょうね。だとすれば、お父様を足止めする作も講じているはず。
彼が言う決闘が行われるまで、または我が家を破壊し尽くされるまで……お父様の救援は見込めないと思った方がよさそうね。
くっ……! つまり、この決闘を受け入れるしか、選択肢がないってことじゃない!
屋敷の中から聞こえる破壊音。ガシャンと何かが割れる音。お母様が大切にしている、嫁入り道具の食器類かと思うと、心が辛い……っ!
誰にも助けを求めることはできない……。
――いいえ、違う!
私が、ワックマン家を救わなければ!
「わかりました。その決闘、受けてたちます!」
待ち望んだ言葉を聞けて、リュカさまはたいそう喜んだ。
「そうかそうか! カカカカカ! 最初からそう言ってくれればこんなにも家を荒らさずに済んだのだ! まあいい……オイ! そろそろ切り上げて戻ってこい!」
リュカさまの大声の後は一瞬静かになって、最後にガシャン! と一発音を鳴らして我が家で暴れていた騎士がニヤニヤとやってきた。
リュカさまもニヤニヤと満足げに頷く。
……同類め。
「さあて。そちらが先に代理を立てたのだからな。こちらも代理の騎士を決闘に出しても文句は言わせんぞ? そうだなあ。誰にしようか……」
リュカさまはこれから遊ぶおもちゃを選ぶように、配下の騎士たちに目を向けた。
総勢八名。背格好も様々で、剣の種類も多種多様。……オージンさまとは別地方の、異国の騎士さまも並んでいる様子。ひときわ体が大きくて、武器は丸太をそのまま持ってきたような巨大棍棒。
彼は私を見て、グフっと笑った。
そうね。こういう形じゃなかったら、私もぜひお友達になりたいものだったわ。
しかしこれほどの騎士の面々を集めて……もしお父様と私達を分断できないのであれば、きっと夜にでも全員で襲撃していたかもしれない。
今この時、彼の狂気に対抗することが出来た幸運を、今は喜びましょう。
後は決死の覚悟で……敵を撃退すればいいだけの話なのだから。
「よーし決めたぞ! ライオネル! お前だ! 行け! カリン・ワックマンと戦え! 勝て! 殺せ!」
いやいや……死にたくはないわね。
ライオネルと呼ばれた男は、八人の騎士の中では一番貫禄があるというか、順当に……一番強い方なのでしょうね。年はお父様と同じくらいかしら。普段から髭のお手入れもされてるのでしょう。整ったいいお髭ね。
リュカさまに命令されて、颯爽と前に出る。
私に向き……一礼。
「まだ年若い娘よ。恨みはないが、主人の命だ。……手加減はせんぞ」
「あら、それは残念ですわ」
是非手加減してほしいものですけど、こりゃいよいよ、ヤバいですわね。
対峙してわかる……力の差。逆立ちしたって勝てないわ。
……思えば、私はこれまでバスターズの皆と一緒に戦ってきたわけだけど、一人で誰かと立ち向かったことなんてあったかしら?
お父様……は、絶対に私に危害を加えないという前提があったし、ちょっと違うわね。
オージンさまと最初に戦った時もアルクの魔法頼みだった。
魔物を駆除して回っていた時も、冒険者になるためにお父様に立ち向かった時も、冒険者として依頼をこなした時も、おばさまを助け出すときも……。
私の周りには、常に彼らがいた。
今は一人。
少し、寂しいわね。
これから死ぬかもしれないのに、彼らが居ないんじゃ……。
「おーい? なんだなんだ? ぶひゃひゃひゃひゃ! 可哀想にィ! カリン・ワックマンン! ビビって泣いちゃったかァ!?」
――はあ、バカだ私。
リュカさまが喜ぶだけだってのに……どうしても、感情が、抑えられないや。
怖い……っ!
せめて彼らが居てくれたなら……虚勢の一つでも二つでも、いくらだって張れるのに……!
一人じゃ、私……何もできないっ!
「ああ、なーんて可哀想なんだカリン・ワックマン! 俺は女に優しいんだ。本当はこんな事したくない……そうだ、一つ提案しよう」
止めて。聞きたくない。
この男が何を言うか、簡単に想像つく。
だからお願い、言わないで……! だってそんなこと言われたら、私……!
「貴様、俺の性奴隷となるならば生かしてやるぞ? 安心しろ、今よりもずっといい暮らしは保証しよう! ぎゃっはっは! 子を孕めば妻にしてやってもいい! なかなか……俺好みの顔をしていることだしなァ! どうだ!? いい話だろう!」
――抗えない。
「リュカさま。お願いです。どうか、もう……」
――この吐き気を催す嫌悪感にッ!
「どうかもう、その鼠のクソにも劣る汚らしい口を、二度と開かないで下さいませ。……反吐が出ますわ」
「あー。わかった。――死ねえええええええええええええ!!!! やれ! ライオネル!」
「御意」
男が剣を抜く。私も剣を構えて、迎撃準備は既にできた!
だけど――瞬く間に、ライオネルおじさまは私に接敵。何とか反応してみせるが、既に振り下ろされた剣を、どうしようも、なくて――!
――だけど、剣が交わる音がして、ライオネルおじさまは未だに、私の命を奪えないでいた。
防いだのは私じゃない。
「おいおい、勘違いするなよ。カリン様は決闘の申し出を受け入れただけだぜ。――お前の相手は、この俺だ」
私の前に立ちはだかる頼もしい背中……。
オージンさま……っ!
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