53:史上最低のクソ男
お父様との決闘を望むミイラ……いえリュカさま。
……正気とは思えない。
お父様はその武力で、騎士階級すら飛び越えて男爵貴族へと出世したお方。
対するリュカさまお抱えの騎士がいくら名の知れた武人であろうと、所詮は騎士止まりの力量なのだ。
お父様に勝てるはずがない。
リュカさまはあの怪我だし、決闘は代理をたてるのよね。それが彼の後ろにいる方々の誰かはわからないけど……。
「オージンさま。あちらの騎士の方々をどう見られます?」
「うーむ。まあ強いっちゃ強いだろうが……束になっても、ゲンブ殿に指一本触れることすら出来んだろ。むしろどのような勝算を持ってやってきたのか、見せてもらいたいものだな」
よかった。オージンさまもほぼ私と同じような見立てね。
バトラーおじさまも、お母様を守るために警戒はしているものの、その表情に危機感は見られない。
何が起ころうと、与えられた使命を果たすことにはなんら支障はないといった様子だ。頼もしいわ。
「さあ、決闘だァ! 出てこいゲンブ・ワックマンンンン!! 俺と勝負しろおおお!!!」
勝ち目がないことが分からないのか、狂ったように吠え散らかすリュカさま。いえ本当に狂ってしまわれているのかもわかりませんが、いま私達に手を出してこないであくまでも決闘にこだわるあたり、まだ頭の正常な部分が機能している可能性はある。
そこに訴えかけてみよう。
「リュカさま。申し訳ありませんが、父は今、留守にしております。すぐに戻られるかと思いますので、それまで少し落ち着いて……出来るならば、決闘などと物騒な提案は取り下げてくださればありがたいのですが?」
しかしそんな私の慈悲も、リュカさまは鼻で笑ってあしらってしまう。
だろうなあとは思った。
しかし次の瞬間、思ってもみなかった呆れたことを口にしたのだ。
「ハン! 領主が居ないだと? ふざけるなァ! よもや俺を恐れて家の中でこそこそと隠れているのではあるまいなァ!?」
「あなたそれ……本気で仰ってますの?」
呆れた口からようやく言葉を振り絞る。
当然のように、リュカさまは聞く耳を持たない。
「いいやそうに決まっておる! ええい卑怯なゲンブ・ワックマン! かくなるはこの屋敷中、奴が出てくるまで暴いてくれるわァ!」
「はぁ!? や、止めてください! 居ないと言ってるでしょう!?」
「貴様らワックマン家の言うことなど……信じられるかァあああ!! やれ!」
リュカさまの命令で一人の騎士が屋敷の中へ侵入してしまう。続いて……物が壊されていく無残な音色がけたたましく鳴り響いた。
「な、なんてこと……!」
「お母様っ!」
ああ! あまりのショックにお母様がふらりと崩れ落ちた。咄嗟にバトラーおじさまが受け止めるものの……。
誰もこの場を、動けない……っ!
まさか攻撃対象を屋敷に向けられるなんて!
この場合、人数が多いあちらが圧倒的に有利! 更には、騎士の方々は確かにお父様よりも弱かろうが……。
私達が勝てる保証は……ないっ!
お父様に本気を出させることが出来るバトラーおじさまなら彼らに対抗出来るでしょうが、お母様を守りながら家を守りながらは、部が悪すぎる。
もしバトラーおじさま単独で家の中を荒らす騎士を懲らしめに行ったとして、その間に、他の騎士の面々が私達を狙わないとも限らない。
ま、まんまと……やってくれたわね!
この場の決定権は、このバカに握られているだなんて!
「リュカさま! 止めさせてください! 何がお望みなんですか!?」
「だぁから言ってるだろうが! ゲンブ・ワックマンを出せ! 俺と決闘だ!」
「信じて下さい! もう少しお待ちいただければすぐに呼び戻してまいりますから! どうか屋敷を破壊するのは止めてください!」
「はぁん? なぜ男爵家ごときの言い分をこの俺が聞かねばならん? 図に乗るなァ!」
ぐぐぐ! 図に乗ってるのはどう考えたってあなたでしょうがッ!!
私の歯噛みする顔がよっぽどいい気味だったようで、リュカさまはげひゃひゃひゃと大笑いした。
いい性格してるわね……!
実に腹立たしいわ!!
「とはいえ、俺は寛容だ。ゲンブ・ワックマンが今すぐ俺との決闘を果たせないのだとすれば――代理を立てることも良しとしようではないか」
――こ、こいつ!
そうか、最初から、これが狙いだったわけね!
実に不愉快な笑みを浮かべるリュカさまは、気持ち悪い声で高らかに訴えた。
「つまり! 貴様だカリン・ワックマン! 腰抜けの父の代わりに、貴様が俺の決闘を受けるがいい! ぐひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
あ、頭おかしいっ! 信じられない!
女性に決闘を申し込む史上最低のクソ男がこの世に存在するだなんてッッ!!!
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