50:ところで
カイン王子が私を見る。その眼差しから、目を逸らすことができない。
だって……!
なんだか「目を逸らしたら敗け」のような気がするのよ! 意地でも私から引くものか!
ああ、カイン王子の顔を見てると、ふつふつと怒りが込み上げてくるわ……!
どうしてあなたがカントに人工呼吸をしちゃうのよ! しかも蘇生させてしまうなんてね!
カント! あなたもねえ、そう易々と生き返ってんじゃないわよ! もっと根性を見せなさい! 根性を!
せっかくおばさまと……最後に、キスができたかもしれないというのに……。
まったくつくづく、哀れな男ね!
……まあ、でも、おばさまにとっては、これが一番の幸せよね。
なんせ公爵様と婚約したのよ? これはもう……どう考えたって、凄すぎるわ!
国中が沸きあがるわね。ただの平民が……いえ、その中でも、あるいは奴隷よりも貧相なご飯しか食べていない最弱ワックマン領の出身の者が……国のトップと結婚するわけですからね!
きっとおばさまは国中の女の子の憧れの的になる。おばさまを称える本なんかも出版されるでしょうし、おばさまが身につけたものなんかはこぞって都会の女の子たちは買い漁るでしょうね。
そして……。
私はもう、彼女をおばさまなんて言えないわね。
公爵夫人とお呼びして、頭を下げて彼女の後ろを歩くのよ。
……あら?
想像してみたけど、そんなに、悪い気はしないわね。
「ふふっ」
つい声が漏れてしまったのは、この静かな部屋にはよく響いた。
カイン王子とおばさまとオスカーさまの視線を浴びて、恥ずかしくなったので、話題をそらす。
「……そういえば、おばさまを攫ったリュカさまはどこへ行ってしまわれたのですか?」
そうそう。この事件の犯人……もとい、おばさまとオスカーさまを引き合わせたキューピッドである伯爵令息のリュカさまなる人物がいたんだっけ。
まさか公爵様と王子様を相手に復讐だったり何かをしでかすはずもないだろうけど……気になる。
「ん? 彼なら一旦、部屋の外で待機してもらっていたはずだが? 怒って帰ってしまったかな? お前達もここへ乗り込む時、誰かとすれ違いになってないか?」
「いえ。この部屋を門番のように守っていたお二人の騎士さま以外には、誰とも……」
「……騎士? いや、僕達はお忍びで来たわけだからな。護衛なんかは付けていないが?」
……あら?
まさか、この部屋のドアの前に陣取っていた二人のうちどちらかが、リュカさまでしたの?
ボコボコに泡吹かせて失神させてしまいましたわ。私の敬愛する方の兄であり、お父様が心よりお慕いする方の息子だというのに……。
ああ、これまた、どうしましょうか……。
とりあえず、アレは踏み潰しておきましょうかね。
今後の被害者を出さない為にも。
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