49:ファーストキス

 カントの呼吸が止まっている……!? なんで!?

 すぐに仰向けに寝かせて、胸に耳を当てる。……心臓も、動いていない。


「カ、カントくん? ど、どうしたの!? カリン様!?」


 おばさまの慌てふためく声が響く。

 どうもこうも……あなたと同じよ!


 まったく……カントって、つくづく、小心者よね。いつもいつも威勢だけはいいくせに、肝心なところでてんでダメダメなの。


 おばさまがほかの男とキスをして、結婚まで決めてしまった事がよっぽどショックだったのだろう。

 己の心臓を止めてしまうほどに……。


 ああ、皮肉だわ。

 おばさまが、私の麦粉のプレゼントに驚いてショックを受けたように、あなたもそうやって、私を困らせようというのね。


 あの時は本当に、この子ったらあたふたするばかりで全然使い物にならなくて、頼りなくて……。


 それでも、おばさまを助けようと必死だった。


 そうね。それじゃあ……。

 今度はおばさまにも、必死になってもらいましょっか?


「ふんっ!」


「カリン様!? な、なにを!?」


 ともあれまずは、兎にも角にも心臓マッサージ!!

 そういえばおばさまは、あの時自分が何をされていたのか覚えていないんでしたわね。いきなりカントの胸を押圧したことに驚いていた。


 そしてそれは、王子さまも公爵さまも同じく、不思議なものを見る目で私達を眺めていた。

 当然のように疑問をぶつけられる。

 今忙しいから後にして欲しいのだけど……っ!

 不敬罪が怖いから心臓マッサージの手は休めずに口だけで答える!


「カリン殿。いきなりどうした? 何をしているのだ?」


「ふっふっ……! カントの……この男の、心臓が止まってしまったのです。だからこうして……体の外から心臓を刺激して、蘇生させますっ!」


「な、なにい? 心臓が止まれば生きていられないだろう。 それに蘇生なんて……聖職者が行う儀式だって眉唾ものだというのに……」


「いや……カイン。これは単純だが、確かに理にかなっているぞ」


 すぐに理解を示したのは、オスカーさまだった。ありがたい。さすがその若さで公爵さまとなった方ね……!


 でもあなたがいなければそもそもこうはなってないんですからね!

 感謝と怒りの念を同時にはなって相殺する。


「オスカーさまの仰る通り、現にこの方法で二度……私は蘇生した人物をこの目で確認しましたわ。そして、その一人が……彼女よ」


「ほう! 本当か!」


 カイン王子が目を輝かせておばさまに詰め寄ると、おばさまはおずおずと答えた。


「は、はい……確かに私は以前、このようにして、カリン様にこの命を助けて頂いたことがございます……!」


 だけどおばさまはすぐに私に向き直って、カントの安否を心配した。


「カリン様! カントくんは、大丈夫……なんですよね……? な、何か私も手伝えることがあれば言ってください!」


 よく言ったわおばさま。その言葉が、聞きたかった……!


「おばさま。でしたらどうか彼に……空気を送り込んで。口と口を合わせて、思い切り息を吹き込むのよ」


「え……それって……」


「なに、ただの、人工呼吸よ」


 キスするのと同じよ。

 できないなんて……言わせないわ。


 おばさまには絶対にカントへそれを行ってもらう。でなければ、もしこのままカントが死んでしまったなら……あまりにも浮かばれないもの……っ!


 これから突きつけることが、どれだけおばさまを苦しめることになろうと構わない。……私は、彼女にとっての悪女になる!


「おばさま。カントはね。あなたのことがずっと、好きだったのよ」


「え……うそ……」


「思い出して。あなたがつらい時、彼は常にそばに居たじゃない……! いまだって、連れ去られたおばさまを誰よりも心配していたのは彼なのよ!」


「ああ……! そんな、カントくんが、私を……!?」


 ようやく、自分のしでかしたことが理解できたようね。

 おばさまは、どんな顔をしていいか分からなくなってしまったようで……無表情に、涙を流した。


「そんな……それじゃあ私はカントくんに、とても酷いことを……」


「そうね。このままこいつが死ねば、あなたは一生その罪悪感を背負って生きることになるでしょうね。……公爵さまと結婚しても、常にカントの影が、あなたに付きまとうわ」


 ピクリと反応したオスカーさまだが、カイン王子がすぐに静止する。あら、ありがとう。話しやすくていいわ。

 これで気兼ねなく……おばさまに、トドメの言葉を言い放てるわ。


「でもおばさまにはまだチャンスが残されてるわ」


「……チャンス?」


「そうよ……彼に人工呼吸をしなさい。彼が誰よりも思い続けたおばさまだからこそ、彼に命を吹き込めるのよ……! お願いおばさま! カントを、救ってあげて!」


「カリン様! 私……っ!」


 おばさまは、決意の眼差しでオスカーさまを見た。

 オスカーさまは、黙って目を瞑り……こくんと一つ頷いた。

 それだけで、この二人の間には何もいらなかった。


「私、やります! 私にカントくんを助けさせて!」


「もちろんよ! さあ早く――」


 刹那、その方は私の前に現れた。

 そしてあっという間に――!?


 ふうううううううっ!


 ぷはっすぅー……!


 ぶふううううううっ!


 ぷはっすぅー……!


 ふうううううっ!


 その方は、私が言った通り、思い切り、カントに息を送り込んでいた。

 おばさま……じゃ。ない。


 …………うそでしょ!?

 カイン王子!!!?!?!??


「かはっ――!? ゲホッ! ゴホゴホゴホッ! ――ハァっ!?」


 カントが息を吹き返した!?


「……ぺっ。ふう、こんなもんか。しかし本当に生き返るとはな」


 そう言って……王子様さまは、唖然とする私達の方に向かってきて……。




 私の頬に手を添えて、キスをしたのだった。

 カイン王子の唇は、シルクのように滑らかだった。


 唇を離して、彼はニヤリと笑った。


「どうしてくれる。まさか僕のファーストキスが、平民のしかも男相手ににるとはな。すぐにお前で上書きさせて貰ったが……さて、この代償をどうして貰おうか」


 カインさまは本当に楽しそうに、クククと声を漏らすのだった。

 まるで、新しいおもちゃを手に入れた子供のような表情だった。


 そ……!

 そんなの私だってファーストキスですけど!?

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