47:おばさまとロマンス
「くっくっく……わっはっはっはっはっは!」
――部屋に響いた笑い声。
私を押し倒した方の黒髪の男。
私達のやりとりがそれほど愉快だったことでしょう。しばらく、みんなで黙って彼の声を堪能した。
「おい……」
「ああ、済まない……ククク。そうだな、何から話せばいいやら」
ようやく、おばさまの隣の人物がしびれを切らすと、笑っていた男は、未だに収まらない感情をぐっと抑えて、うーんと悩みだした。
両手を広げて、こう提案する。
「一先ず、我々の目的とお前達の目的は一緒だった。そしてそれは無事に遂行されたわけだ。多少の行き違いはあったが、お互いに水に流すとしないか?」
……え?
にやりと笑う男の顔が、私の心情を見透かしたようでなんだかムカつきますけど……その提案は事実、私が喉から手が出るほど欲しいものだった。
バカにされようがなんだろうが、即座に食いつく! 底辺男爵家はバカにされても動じない!
「もちろんですわ。おばさまがご無事ならそれで私達は十分ですもの。ありがとうございましたわ……『どこの誰とも存ぜぬお方達』、ではおばさま、行きましょう?」
「え、でも……」
早くこちらに来るよう、おばさまを促すも……どういう訳か、なかなかやってこない。
……いいえ、どういう訳かなんて、わかり切ってる。
女性なら……分かってしまう!
そりゃ自分のピンチを助けてくれたお方がこんなにもイケメンでしたら、そりゃ心臓の高鳴りを抑えることなんてできないでしょうね!
ましてや相手は公爵家……いえ、おばさまはそんなこと知らないでしょうけど。でも身分の高さは服装や仕草で分かったはず。
正直、この私だって同じ立場なら……危ういわ!
なんの耐性もない平民風情のおばさまなんてイチコロに決まってるじゃない!
そしてなぜだか、推定公爵家の方も、おばさまのことをずっと気にされているご様子。
というかキス……。
大層なロマンチストか、おばさまに本当に気があるのか。
――だけど、どっちにしろそれはダメ。
相手は公爵家。一夜の情事はあるでしょうけど、それ以上はあり得ない。
特におばさまなんて平民を相手に……。
「おばさま、早く」
冷たく言い放つ。
とまどう彼女を、しかし男は放さない。
おばさまも、離れない……。
「おばさま!」
「……はい、今いきます」
私の強い言葉にようやく、おばさまは、彼の元を離れた。
じっと彼を見つめたまま、ゆっくりと歩をこちらに向ける。
……とうとう、その目に涙を浮かべ、クルっと男から顔を背けて、こちらへ小走りでやってきた。
そうよおばさま……忘れなさい。これは素敵な夢なの。明日になったら……全て忘れましょう。
だってあなたをずっと想ってくれる人が、こんなにも近くにいるのだから。
そうよね。カント?
「ダメだ! ――行くな!」
あと一歩で……私のところまで辿り着いたおばさまの手を、男はグイっと引っ張って再び自分の元へ引き寄せてしまった。
な――!?
「んん!?」
そして再び――キス。まあっ!?
……唇を放して、顔を真っ赤に染めたおばさまに、男は言った。
「結婚しよう」
「―—はいっ!」
おばさまは涙を溢れさせて、満面の笑みで頷いた。
……え?
えええええええええええええっ!?
「わっはっはっはっはっはっは!」
「な、なに笑ってんのよ! け、結婚!? 冗談でしょ!? だって二人とも今出会ったばかりの……そ、それに相手は平民なのよ!?」
呑気に笑うもう一人の男に詰め寄る。
とてもおかしそうに、男はなんてことないと私の言い分を突っぱねた。
「なんの問題がある。これ程めでたい婚約があろうか?」
「問題なんて……ありまくりよ! おばさまは私の大事な領民よ! どこぞの馬の骨ともわからない方に——あっ」
し、しまった……!
せっかく『どこの誰とも存じない』という体裁を保ちたかったのに――!!
これじゃあ、こんなこと言われてしまったら……!
相手は名乗らずにはいられないっ!
「くくく! ならばお答えしよう! このお方は……オスカー。オスカー・G.U・ロクニーユ公爵閣下である!」
「ええっ!?」
まさかの公爵様ご本人!? なんでこんなに若いのよ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます