26:オージンの意地悪っ!

「お、これはカリン様。ちょっと、面白いものをお見せしましょうか?」


 いつもの溜まり場にやってくると、オージンが金眼を光らせてそう言ってきた。……この方は、いつもなあにを企んでいるのやら。

 私に隠れて子供たちを指導していた理由もわからないし……結果的に全体の士気と私の株を上げることが出来たものの、そもそも万年貧乏な我がワックマン領に居座り続ける意味がわからない。お父様とバトラーさまが旧知なのはわかりますが、もうかれこれ、一ヶ月は経とうとしている。


 うちのご飯は質素だし……かといって領民はさらに貧乏だから、いくら何でも屋の冒険者だからってお金を払ってまで何かをさせたいとも思わない。

 というか、なんなら周辺の魔物退治をお父様からこの方たちに直々にお願いするのかとも期待したけど……。


 あの方たちがやることといえば、朝の稽古に駒をとり合うテーブルゲーム。世間話と……散歩くらい。

 せ、せめて、折角の他国のお客様なのですから、貿易関連のお仕事の話でもなさればよろしいのに……。


 と、いうわけで。

 残念ながらお父様を頼ることはできない。

 やっぱり当初の予定通り、子供たちを立派な戦士に育て上げて、バスターズを少しでも早く完成させなければ!


 もちろん彼らに無理をさせて大怪我なんてされたら元も子もないんだから、付け焼刃なんかじゃなく、地道にコツコツとそだてていかなければならないのだけれど。


「それで、何がどう面白いのかしら?」


「くっくっく! こいつらの試合見てみろよ。すっげぇぞ!」


 オージンさまが合図を出すと、二人は前に現れた。

 麦色の金髪から自信満々さが見て取れるカントと……この前、カントから一本取っていたハイレンね。貴族に多い黒髪のように見えるけど、日に当たればそれは濃いネイビー系髪色であるとわかる。吊り目で、少しクールな子。

 背は高いけど、カントのようにムキムキではない。


 確かに、この二人の試合は面白いだろう。実力はほぼ互角だからどちらが勝つか全く予想がつかない。いい緊張感をもって観戦できる。


 ……だけどそれ、別に言われなくても知ってますけど?

 私だってちゃんと剣術組のみんなのこと見てますけど?


 確かに一日中オージンさまにまかせっきりだったり、どうしても魔法組の指導に熱心になりはするけど……だってそれは、魔物と戦う上でどうしても魔法を中心に作戦を練る必要があるからだ。

 必ず初手は遠方からの魔法の一撃。

 それで決着が付けばよし。ダメなときは第二射。それもダメならば、いよいよ剣術組の出番となる。


 だから魔法組に私がつきっきりになれるこの状況を作ってくれたオージンさまにはこれでも感謝しているのだ。

 ……だから、せっかくあんなに嬉しそうなんですもの。

 話に乗ってあげましょうか。


「へえ、何が面白いっていうのよ。まだまだヒヨコちゃんのちゃんばらごっこなんて、あくびが出ちゃうわ」


「そ、そんなぁ……」


「ははは。まあ、言われるのも仕方ない、か」


 私の言葉にしょげるカントとハイレン。

 だけどオージンは気にもせず、興奮したように観戦を促すのだ。


「まあまあ、そう言うなよ! なあ、どっちが勝つと思う!?」


「ふうん、それってつまり……賭けの提案かしら?」


「くっくっく! それでもいいぜ?」


 まあまあ、何がそんなに面白いのやら。せっかくの余興を少しだけ盛り上げてみようと思えば、グイグイ食いついてくるじゃない。


 ……うち、貧乏だから金銭はぜったい無理よ?

 わかってる?


 まあでも、そうなった以上は絶対に負けられない。

 だから何を賭けるかの前に……誰を選ぶか! 先手必勝!


「それじゃあ私はカントに賭けるわ。……いいわね、絶対に勝ちなさい、カント。負けたら承知しないんだからね」




 瞬間――私は全てを悟った。


 オージンさまのしたり顔。

 ハイレンのギラリと光る眼光……。


 カントの、苦笑い。


「あちょっと待――」


「試合開始ィ!」


 私の言葉をさえぎってオージンが勝手に試合を始めさせてしまった。

 カントのムキムキが――ハイレンの猛進を待ち構える! いや、速いっ! 受けに回ってはダメッ!


「ハァアアアアア!」


 私の思いは届かず、カントは必死にハイレンの高速連撃を防御しようとするものの――ハイレンは筋肉だるまの動作を遥かに凌駕した。


 一発目はカコンと打ち合ったものの、その後に続く二撃目、三撃目、四、五、六……ああん! まるでデクの棒!!!


「ぐあああああああ!」


 ハイレンの息もつかせぬ剣捌きに、カントは成すすべなく悲鳴を上げて倒れ伏した。

 ハイレンの、圧勝である。




「――な、面白いだろ? こいつ、いきなり化けやがったぜ」


 私の肩をポンと叩いて楽しそうにそういうオージンさま。

 目を細めて、意地悪に続けた。


「カリン様もどうです? あいつと戦ってみません?」


 ああもう、この……!

 意地悪っ!

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