最弱騎士の錬金術ご飯
港瀬つかさ
1:初心者にオススメふんわりオムレツ 前編
くるり、くるり、くるり。青年が一人、大きな大きな釜の中身を混ぜている。釜は大きく、子供ならば中にすっぽり入れるほどだ。ただ不思議なことに、その釜は台座の上に置かれているだけで、特に火種は見あたらない。
場所は広い厨房だ。大きな食堂の厨房だというのが見て取れる。その一角、片隅にその大きな釜はあった。まるで子供向けの絵本に出てくる魔女が使うような無骨な大釜は、火種もないのにその中身がくつくつと煮えていた。
不思議なのは大釜の存在だけではない。大釜の中身を混ぜている青年もだ。ここは厨房だというのに、青年は騎士服を身につけていた。それも、その衣装がしっくりと似合う程度には着慣れている。
厨房は、仕込みの時間ですらないのか青年のほかには誰もいない。静かな厨房で、青年は真剣な顔で大釜の中身を混ぜている。
くるり、くるりと中身をかき混ぜるだけの姿は、滑稽に映るだろうか。しかし青年の顔は真剣そのもので、額には脂汗が滲んでいる。
「よし……、大分上手くいくようになってきたぞ」
「何がー?」
「うわぁ!?ウィ、ウィレル?いきなり現れるなよ!」
ひょいっと大釜の向こう側から顔を出した相手に、青年は驚愕の声を上げてから叫んだ。邪魔をするなと続けられた言葉に、乱入者はカラカラと笑う。まったく悪いと思っていない。
はぁ、と青年はため息をつく。その間も大釜を混ぜる手は止めない。止めてはいけないのだ。途中で止めてしまうと、失敗するので。
「それで、何しに来たんだよ、ウィレル」
「いやー、お前が休日返上でやってるそれ、気になってさ」
「それぐらい頑張らないとものにならないんだよ」
俺は素人だからな、と青年は続ける。しかしその声には悲嘆する色はなかった。だからこそ努力するのだと言いたげな、前向きな色が滲んでいる。
それを察したのだろう。ウィレルと呼ばれた青年は、楽しそうににこにこと笑った。
「お前が楽しそうで何よりだよ、ハイレート」
「楽しそうってなんだよ。俺は真面目にやってるんだぞ」
「真面目にやりつつ、楽しんでるだろ。いいことじゃん」
大釜を混ぜている青年の名前は、ハイレート。この国、アーレグ王国の王立騎士団の一員だ。そして、彼のあだ名は最弱騎士。それにはもちろん、理由があった。
ハイレートは決して、騎士養成校を不出来な成績で卒業したわけではない。むしろ、平均より上の成績だった。実技も、座学も、彼はその真面目な性格通りにきちんとこなしてきた。
しかし、騎士として働き始めてからの彼は、最弱の名称を与えられる程度には弱かった。一般人よりは強い。だが、同僚の騎士たちの中では、どう足掻いても最弱という立ち位置を崩せなかった。
それは、彼が魔術を使えないからだった。
この国の騎士たちは、身体強化の魔術を用いて日々の任務に就いている。騎士養成校の教育課程には魔術の能力は含まれず、騎士団の入団試験にも含まれない。求められるのはその者の素の能力だけだ。
だから、ハイレートは養成校ではそれなりの成績をとり、入団試験も難なく突破した。けれど、それだけだ。実際に騎士として働き始めてからは、身体強化の魔術を使える仲間たちに一歩も二歩も劣ってしまう。
魔力が低く魔術を使えないハイレート。騎士を目指す者たちは、身体強化の魔術を使えるのを理由にその道を選ぶことが多い。その中で彼は、自分に魔術を使うだけの魔力がないことを理解した上で騎士になった人物だった。
「でも本当に、まさかお前の魔力が少ないんじゃなくて、適性が違ったとは思わなかった」
「まぁなぁ。我が国の魔力計が、魔術と魔法にしか反応しないタイプだったとか、初耳だよ」
「だよなぁ」
ウィレルがしみじみと呟けば、ハイレートも同意した。そう、ハイレートは魔力が少ないのではなかった。ただ、魔術を使うのに適した魔力を宿していなかっただけなのだ。
魔力には、その特性に応じて三つの種類がある。適正通りに必要分の魔力を使うことで、人々は様々な現象を起こすことが出来るのだ。
もちろん、魔力の適性があっても魔力量が少ないことで使えないという場合もある。そういう意味では、何も使えない人々も存在はする。しかし、まったく魔力を持たない人はいない。少なくとも、このアーレグ王国では。
魔力の種類は、様々な術を使う魔術、魔法、そして錬金術だ。
魔術は、その名の通り魔力を用いて術を使うもの。炎や水、風を操り、攻撃や回復、さらには身体強化など多岐にわたる。また、日常生活向けの魔術も存在する。それらの魔術は魔道具としても配布され、魔術の適正のない者でも魔石に魔力を注げば使えるようになっている。
魔法は、魔力を用いて様々なものを生み出すものだ。大気中のマナを己の魔力と融合させることによって、色々なものを作り出すことが出来る。その生み出せるものは多岐にわたるが、生命体だけは生み出せない。そして、使い手の能力に大きく左右される。
最後に、錬金術。これは、専用の錬金釜と呼ばれる道具に材料を入れ、魔力を注いで加工することで万物を生み出す力だ。こちらも使い手の魔力量や制御力に影響されるので、腕前の違いが如実に表れる。
そして、アーレグ王国民には錬金術の魔力適性を持つ者がとても少ない。そのため、いつの頃からか魔力計も魔術と魔法の二種類の魔力にのみ対応するようになったのだ。そんな中にひょっこり現れた錬金術の使い手、それがハイレートである。
「錬金術なんてさ、外国のすっげー使い手がすごいもんを生み出すやつだと思ってたんだ」
「俺もだ」
「だから、素朴な疑問なんだけど、言っていいか?」
「何だ」
「お前が休日返上で作ってるそれ、何なの」
くつくつと中身が煮える大釜を指差して、ウィレルは問いかけた。彼は既に答えを知っている。知っているが、それでも確認のためにもう一度聞いておきたかったのだろう。友の考えは理解できたので、ハイレートは静かに答えた。
「オムレツ」
「…………」
真剣な顔で、材料に魔力を注ぎ込みながら答えるハイレート。声は真剣だし、顔も真剣だった。大釜の中身をかき混ぜる仕草も、失敗をしないようにと集中している。
そんな風に真剣な顔でハイレートが作っているのは、オムレツ。凄腕の使い手ならば凄まじい効力を秘めた薬や素晴らしい純度のインゴットを生み出せるとさえ言われる錬金術で、彼が作っているのは子供も大好きふわふわ卵のオムレツである。
「あんまり話しかけないでくれ。魔力の制御に失敗すると、焦げたり形が悪くなったりするんだ。俺はいい加減、レシピ通りのふわふわオムレツを作りたい」
「だから、そこだよ、そこ!!何で錬金術でオムレツ作ってるんだよ!!」
今度こそウィレルは叫んだ。錬金術という未知の力への憧れが木っ端微塵にされてしまうのだろう。エリクサーとか作れるやつだろ!と叫ぶウィレルに、ハイレートは面倒くさそうな顔をした。
「ド素人かつ独学の俺に、そんな最上級のものが作れるわけないだろ。まずは初級から一歩ずつだ」
「その初級が何でオムレツなんだよ……。ポーションとかじゃねぇのかよ……」
「仕方ないだろ。教本がこの『初心者でも安心!美味しい日々のご飯!』しかないんだから」
「むしろ何でそんな教本があるんだ……」
がっくりと肩を落とすウィレル。そんな友人を見て、ハイレートは俺も最初はそうだったなぁ、と思った。錬金術への憧れがガラガラと音を立てて崩れていく気持ちは良く分かるのだ。
それでも、今のハイレートにはこの初心者向けの教本に載っているレシピを参考に、オムレツを作ることぐらいしか出来ないのだ。これもまた、修業なのである。
今のハイレートの仕事は、錬金術の腕を磨くことだった。国に存在しない錬金術師。その能力を宿した彼に可能性を見出した団長たちによって、手元にある教本で独学で修業することを命じられたのだ。
……その修業が、ただのお料理でしかないことには、皆がそっと、目をつむっているのであった。
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