第46話 七月二十三日、午前八時五十分。+一周。
雨傘を縦長ビニール袋に被せ、入店する。と、同時に襲い掛かる電子爆音。
『数えて八十五秒、我ながら自分の有能さに脱帽しますね。褒めてくださっても構いません。』
「……そうね。まだワンコイン車洗浄機での丸洗いの方がまだ人権に配慮していそうな手捌きやったけどもね。訴訟もんなんだけれどもね!勝訴もんなんやけれどもね!!もう超怒ってるんだけれどもね!!!」
『幽体化している相手に訴訟を起こせるほど日本の司法は成熟していませんよ。』
そんなもん、日本じゃなくたって出来やしないやい。
『貴方は馬鹿な上に愚かなのですね。時間の使い方がなっていないから愚鈍なのです。で、どのゲーム筐体から始めましょうか。プリクラは私が楽しめないので論外だとして、メダルゲームはメジャーですが初手はおすすめしかねますね。種類が豊富ですのでメダルゲームだけに時間を喰われますから。そうすると他にはクレーンゲームやアーケードゲーム、音楽ゲームなんかがありますが、迷いますね。非常に迷います。どれからしましょうか。』
……え、怖い怖い。キモい。心なし速記なのが余計にキモい。
『馬鹿。ここには絶対と無限があるのです。人類の叡智ですね。』
「……あ、あはは。おもしろーい。で、どこがツッコミポイント?」
『発言の意図がわからないのですが?』
……あ、はい。ネタにちゃダメな奴ですね。日本語喋れやってなるところでした。
『馬鹿、貴方が決めてください。』
「……え、あれ、僕が決めてええの?」
……あー、あれかな。やっぱりちょっと気を遣わせちゃってんのかな。
……しょうがない。だったら、気を使われん程度にはスッキリしよう。
「……あれやな。シンプルなんがええな。直感的にもわかりやすい奴で」
ほら、僕の知りうるゲーセン知識で該当するものといえば太鼓の達人とか、マリオカートとか、頭文字Dとか、ちょっと古い筐体だとインベーダーゲームなんかの操作性は触ればわかるだろう。上手くプレイできるか否かは別として、初心者が楽しむ分にはもってこいではなかろうか。
『そうですね。シンプルだと、シューティングゲームなんてどうでしょう?』
「……あー、あれ?……あの、バンバンって感じの。いいじゃん。おもしろそう」
パッと思い浮かぶあたり僕にも過去に経験があったのだろうか。全然クリア出来ないやら、コンテニューに百円を放り込みまくるだとか、今がストーリーパートなのかゲームパートなのかわからんなんか、きっと僕の深層にある経験の知識からくる偏見なのだろう。だが、まぁ、嫌悪感はない。
嫌な感じはしないってことは、それなりに面白かったのだろう。知らんけど。
『だとすると、攻略チャートを憶えないと。試行回数を意識しながらの実践で叩き込みましょう。』
「……お、重いようぅ。チャートってなんだよう、数学じゃないんだからやめろよぉ」
……この幽体化少女、ヤル気満々である。たぶん、こんな姿は彼女の親でさえ見たことがないのではないだろうか。とても子供っぽいというか、隙が多いというか。今、この瞬間、僕の隣にいる透明っ子が誰かと入れ替わっているって言われても信じてしまいそうだ。これは僕の知る『岸辺さん』らしくない。
存外、これで不器用な気でも使ってくれているのだろうか。
いや、これが素か。それならちょっと羨ましかったりする。
……っていうか、そういえば、岸辺さんの親は何をしているのだろう。
……連絡すら寄越してきていないよな。それどころか、気配すらない。
『シューティングゲームは刹那の判断とエイムが命です。その瞬間を極めましょう。』
「……あ、あぁ、うん、そうやね。……いや、極めなくてもいいからね。ほどほどで」
……まぁ、聞かなくてもいいか。親との関係なんて、よそ者に踏み荒らされたくないだろう。
それに、聞き出したって何になるってんだ。
逃げ出して今がある僕が何をするってんだ。
……あぁ、ムシャクシャする。なんだこれ。クソ気分が滅入る。
「……なんや、なんや。……どんだけゲーセンが好きやねんさ」
そんな無粋で自業自得な負の感情を払拭したくって僕は笑った。
目線が下がらないよう、口角が落ちないよう、表情を見繕った。
……絶対に、なにがなんでも悟られないようにした。
『何か言いましたか?すみません、よく聞こえませんでした。』
しかし、僕の意地っ張りな強がりも、聞こえなければ、見られていなければ意味もない。場所が場所だ。爆音の上から爆音を重ねるゲームセンターの中で、僕の声は無情にも掻き消される。誰かと会話をしようってんなら腹から声を出さないと難しそうだ。なんだそれ。応援の掛け声じゃないんだからさ。
……しかし、どうしたものか。ゲームプレイ中だと僕も文字を読むのに意識が回らなさそうだ。
これじゃ、お互いにコミュニケーション不全を起こしてしまいそうになる。しまった、面倒だ。
幽体化といえども色々と都合がつくらしいし、そろそろ喋ってほしいのだが、それは無理か。
「……あ、そうだ。どうせ僕がやるくらいなら」
どうせなら、っと僕は会話用のメモ帳を開く。
『なにを――――――』
『――――――どうせなら、岸辺さんがこの身体を操ってゲームすればええやん。器用なんやし、この腕や足も幽体化のまま上手に使いこなせるやろ。多少難しくたって、岸辺さんがゲーム好きならむしろ縛りプレイみたいで楽しめるんちゃうん?』『ともかく、やってみたら?』
……ん?……あ、そっか。ペンは僕が握っているから返事が出来ないのか。
……まぁ、だったら。……ちょっと、思い切ったことでも書いてみようか。
『僕としちゃ、岸辺さんが楽しんでいるんが一番おもろいし。』
そうだ。なすがまま連れてこられたが、そもそもは僕のお詫びの一環なのだ。
なら、岸辺さんが第一。これが筋ってもんだろう。僕が楽しんでちゃイカン。
唐突に僕がメモ帳を用いて書き込んだのがいけなかったのか、返事が滞る。
『馬鹿ですね。大馬鹿ですね。下手なプレイを眺めて嘲笑うのが今日の私のご褒美です。』
……かと思えば、妙に素早い筆記で返事。罵倒のキレも、なんだかいつもより柔らかい気がする。
「……まー、うん。そういうことなら。……あ、これやってみたいかな」
僕が指をさしたのは、いかにもな西洋画風のシューティングゲーム。
『馬鹿にしては見る目がありますね。これはEUの諜報機関所属の二人が諜報活動そっちのけでドンぱちを起こす割り切ったシューティングゲームですね。舞台はカルフォルニアの空港から始まりますが、流石はアメリカです。初っ端から乱戦です。諜報活動先を撲滅すれば世界平和理論です。かっこいいですね。』
……ゆーほどカッコいいのか、それ。あとアメリカ人に怒られるぞ、その偏見。
『加えて、当該ゲームは足元のペダル操作を採用しています。これが曲者です。』
「……ペダルって、コレのこと?」
ガチャコン、ガチャコン、っと足裏でペダルを二、三度踏んでみる。
『端的に言えば踏まない間は防御姿勢、踏んでいる間は攻撃姿勢になれます。』
「……じゃあ、ずっと踏まずにいれば善戦できるのでは。ヤダ、僕って天才?」
『馬鹿ですよ。制限時間があるに決まっているじゃないですか。』
なるほど、僕以上の天才クリエイターがゲーム製作に関わっていたようだな。完敗だぜ。
『シューティングゲームは往々にして難易度が高い理由が制限時間ですから。燃えますね。』
おぉ、燃えていらっしゃる。燃えたぎっていらっしゃる。そのまま僕まで燃やされ尽くさないか心配だ。
モノは試し、と硬貨を投入される。わぁお、遠慮というか、心の準備期間というか、日本人的な慮りとういか、そんなものが全く感じられない不思議。ちくしょう。この女、僕の昼飯代は余裕でケチるくせに。なんて小言を宣う暇もなく、選択画面が表示される。曰く、孤独な一人プレイか、仲良し二人プレイか。
「……このガンコントローラーで選択肢を撃てばええんかな?」
もちろん、一人プレイを選択。バキュン、と赤外線を撃ち込む。
よし、じゃあちょっくら世界を救ってやろうかね。……あれ、『二人プレイ』になってない?
「……あれれ、おっかしいなあ。本当に二人プレイになってる。撃ち間違えたんやろうか」
いやしかし、二人プレイだとすれば追加で百円を投入せねばならないはず。仲良し税だ。
……そんなもの、納税した覚えは、、、
『馬鹿にも程があります。二丁拳銃はSTGの基本のキ、ですよ。』
「……あー、お前か、この野郎。なしてそう思い切りがいいのか、」
投げ渡されるのはもう一丁のガンコントローラー。控えめに言えどもこの女、ちょっとお馬鹿さんなんじゃなかろうか。いや、馬鹿である(反語)。うん、そうだな(静かな確信)。貴様の行為は決して援助などではない。犠牲だ。僕の尊い昼飯代と無垢な2Pの命のなッ!!
「……二丁拳銃なんて扱える訳が無いでしょうが、、、」
ひとまず身分相応に右手である1Pだけに集中しよう。
『二丁拳銃も扱えないで諜報活動だなんて、正気の沙汰じゃないですよ。』
馬鹿野郎。お前だよ。正気の沙汰じゃないのは。……っと、愚痴ったって始まっちまったもんは止められない。さらばだ、2P。無駄金と共に散れ。
――――――――――――
「……ヘリコプターが、、、ヘリコプターが、、、」
『ヘリコプターは落ちてくるものです。常識ですよ。』
そんな常識があってたまるか馬鹿野郎。落ちねぇためのヘリコプターだろうが。
颯爽と死んでいった2Pを弔うべく獅子奮迅の活躍(自己評価)をしている真っ最中なのだが、いかんせん弾切れが激しい。ハンドガンは無限に弾の補充ができるが威力や連射速度が控えめであり、効果範囲も狭い。一方、それらの弱点を補うマシンガンやショットガン、グレネードは秒で弾が溶ける。
相対する敵陣営は、人的資源をゴミとでも思っているのだろう。特攻に次ぐ特攻。
「……うおお、なんだこれ、虫?……キモいって、キモいって」
『これが本作のキーとなる兵器ですね。他にも飛んで来ますよ。』
「……飛ぶの?……これが?……無理やろ。死んじゃうぞ、心が、」
キモさを限界突破してくる新手の精神的な敵兵器相手に弾の出し惜しみもできずマシンガンをぶっ放す。おかげで大半は蹴散らせたが、早々に弾切れを起こした挙句、飛び掛かってくる虫虫虫に危うく残存命を齧られかけた。……が、なんとか突破する。よし、よし、初プレイにしては中々に上々ではないかね。
『にしても、下手くそですね。まだプロローグですよ、これ。』
……うそやん。中ボスの風格やったやんけ、こいつら。
「……こ、これは、本当の虫ケラは僕だったっていう暗喩なのか、、、」
『これでは、先に巻き起こるストーリーを全く追えませんよ。この後にまだお助け米軍キャラとの邂逅や、ヘリコプターでの無限乱射、他にもテロリストだと目していた敵の正体がまさかの米軍秘密組織のメンバーであったことなんて一生辿り着けませんよ。ほんと、大丈夫ですか。』
「……大丈夫じゃないですね。なんでネタバレするんですかね」
人の心とかないんですかね。ありませんでしたね。そうでしたね。
僕の命、もとい、イケイケな風貌の主人公の命はプロローグ後もしばらく奮闘を重ねたが、二方向同時に戦線を維持しなければならないパートに突入してからは頭の処理がパンクしてしまい呆気のない幕引きでコンテニュー画面送りとされた。カウントが徐々に縮まっていっている。
『ガンシューティングゲームもままならないで、今までどうして生きてこられたのですか?』
「……逆にガンシューティングゲームが出来れば生きていけるようなその口振りはなんですか?」
疑問が絶えないが、彼女の生き様が上手かと聞かれれば微妙そうなので、やっぱり特に関係はないのだろう。
「……あー、なんやこれ。理不尽や。超理不尽や。ムズ過ぎる」
『それで。貴方の感想を聞きたいのですが、楽しめましたか?』
……楽しめましたかだと。そんな質問、こう返してやるに決まっている。
「…………まー、うん。……あぁ、正直、舐めてたよ。結構、楽しかった」
『そう。それなら、よかったです。』
……これは特に気を遣っての発言ではない。本心での発言だ。
迫力満載のアクションと、すぐに判断しなければならない緊迫感でまだドキドキしている。
胸の鼓動が、そのまま僕の興奮度を表している。まるで自分の置かれている状況が主人公たちと一緒の戦地にいるようで、一瞬これが虚像の世界であることを忘れそうになる。もっと平たく言えば、没入する、って感覚だろう。今からすれば古い筐体だろうが、技術革新には目を見張るばかりだ。
「……生真面目な岸辺さんがハマる訳やな」
『ハマってなどいませんよ、馬鹿ですね。』
こんなものは戯れに過ぎませんよ、とでも言わんばかりの口調だ。なんとなし、これは冗談などではなく割とマジで言っているような気がする。面倒臭い岸辺さん特有の面倒臭い態度で、いかにも明白な事実を否定しかかる面倒臭い岸辺さん。これで己の心を騙せた気になっているのだから噴飯物だ。
『なんですか、その眼は。本当、ハマってなどいません。模試の後、ふらりと立ち寄る習慣がついただけです。』
「……それを、人が『趣味』と呼ぶもんやと思うんやけどね」
どうにも頑なな人だ。思えば、勉強だって将来への展望を見据えて、ってわけでも無かった人が彼女だ。こんなもん俯瞰的に見るもんじゃないが、岸辺さんの人生とはなんなのだろうか。狭窄な視野かもしれないが、それが、人間の鋳型に嵌っただけの何者でもないように思えてならない。
彼女は『やるべきこと』と『やりたいこと』を履き違えているように見えてならない。
それは、なんとも、、、
「…………窮屈な生き方やな」
これを僕は達観とは呼ばない。非常に偏屈で、未熟で、外を知らない尻の青い戯言。
ただ、これが他人事とも思えなかったから。形而上の理想を諦めたように見えたから。
……それがなんとも、歯痒かった。
『何をボソボソと唸っているのですか。邪魔です。次、私がやります。』
結局自分もたまらず参戦するんかい、なんて野暮ったらしいツッコミは喉元で抑え、僕はこの身体の主導権を譲った。もっとも憑依とまではいかない。僕が極限まで脱力することによって岸辺さんは二人羽織の具合で僕を操ることができるという寸法だ。
これがなすすべない力加減ではないのは、不器用ながらも岸辺さんなりの配慮なのだろう。
「……あー、やっぱり二丁拳銃は絶対なんっすね」
……なんて、軽口を叩こうものならば、
『喋りかけないでください。いいところなので。』
なんて、らしくない歪んだ筆跡で僕を一蹴する程度には燃え滾っていらっしゃる様子の岸辺さんは敵を瞬殺してみせる。趣味ではないと強情を張る割には、随分と楽しんでいらっしゃるようだった。はやくも僕がコンテニュー画面に追いやられた場面は突破して見せている。こりゃ、ここは既プレイなのだろう。
……そりゃ、そっか。知っていたもんな。この先のストーリー。
……あぁ、楽しいな。岸辺さんも字面こそキツいが楽しそうだ。
……本当に、楽しいな。
……こんな時間が、永遠に続けばいいのに。
――――――――――――
朝方に来店したゲーセンを立ち去ることにしたのは、条例ギリギリの時間だった。
全部、全部、全部、忘れて、僕はゲームに没頭した。岸辺さんも野次を飛ばすに飽き足らず都度僕が身体を預けるくらいには熱中していたら。
きっと、これは因果なのだろう。僕たちが退店する頃の時刻は午後十一時付近。ふと、なんとなし、僕はこんなことを口走っていた。
――――――「……そうや、ちょっと散歩でもしていかん?」
雨脚の厳しい中、僕は衝動的に、とある場所に行きたがっていたのだと思う。
――――――「……ちょうど、近くに学校もあるし」
これは、やはり、因果だ。逃れる術の無い因果。結果を知っていれば、僕がここに来たがった理由は直結して、『僕』の存在意義に被さるものなのだから。衝動的な感情なんてもんはどっかの誰かに工作されたものだってわかってしまうから。もしかすれば、『僕』の意志なんて初めからなかったのだろうか。
無意識に、直感的に、誘引されるように僕は学校方面へと足を伸ばす。
今に思えば、『結果』の端くれを知っている岸辺さんが『そうしましょう。』なんて合理的ではない賛同の意を示したのは、これは彼女なりの『贖罪』のつもりだったのだろうか。
……どっちにしたって、反吐が出そうだという見解に変わりはない。
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