第15話 七月二十一日、午後一時十五分。

「…………あー、やっと来た−!!」

 昼過ぎの下駄箱には、色の濃い影が落ちていた。

「もー、おっそーい!」

 まるで待ち合わせ場所で待ち惚けでも食らった風に口をへの字に曲げる女性は綺麗な人こと、久遠詩織さんだった。無論だが、僕は彼女を待たせた記憶もなければ、今は絶賛授業中のはずなのだけれども。

「……いやいや、なんでここにいるん?」

「……え、織葉と一緒に帰る為やけど?」

 当然の疑問をさも当然と言わんばかりの返答であしらわれた。

「……え、いや、授業は?」

「……ふっふっふー、私もサボりぃー。へっへー!」

 不遜な笑い方をする久遠さん。なんと失敬な。『も』とはなんだね『も』とは。僕は決して授業をサボっている訳ではないのだよ。控えよろう、この早退届が眼にはいらぬか。有象無象の大衆が何をほざこうとも早退届のある僕はサボりとは一線を画す存在なのだよ。

 まったく、欠席は欠席でも十把一絡げにしてもらっては困るってもんだ。ぷんぷん。

「それにー、まだ弁当代も貰ってないしー」

「……あ、あの、明日まで、明日までには必ず」

 ちくしょうめ。お金事情はさしもの早退届さんも沈黙を禁じ得ない。

「まー、普通に冗談なんやけれども。弁当代とか要らんし、一緒に帰ろうぜー!……なんやったら、昼飯もご馳走したるけんねー、詩織さんに任せなさい!!」

 腕まくりをし、ふんすっと得意げに鼻息を荒げる久遠少女。あらやだ、かわいい。

 どうやら彼女の中では一緒に下校することは既に決定事項らしく、慣れ切った手つきで下駄箱から自分の靴を取り出しては「なにしてんのー、早くー」と僕を急かしてくる。……いや、特段断る理由もないし、別に良いのだけれども。

 なんだったらむしろ、大失敗を喫している情報収集的にも大助かりな訳だけれども。

 夜とは異なる仄暗さを湛える校内の限界口。

 されども魅惑な輪郭に白い肌、

 濡れ烏を彷彿とさせる長い髪、

 あぁ、やっぱり綺麗な人なんだ。

 改まって、僕はそんな認識を再認してしまう。

 白状すれば、この人を前にすると下心が漏れ出しそうになってしまう。

「…………ん、ん。……我ながら賤しいぞ、僕」

「なにー、なんか言ったー??」

「……なんでもない、ただの自戒」

 こんな劣情、おくびにも出してたまるか。と、僕はサイズぴったしのローファーを履く。

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