☆第32Q VS筑波凛城

 各チームのキャプテンが相手チームの監督を前にお辞儀をした後、審判の方へ小走りで向かい、握手を交わす。


「「よろしく」」


 おいおい痛てぇな。強く握り過ぎじゃねぇのこいつ。


 筑波凛城つくばりんじょうの主将である竹馬ちくまの額には青筋が立っていた。


 まるで俺らが上とでも言いたげな態度だなこいつ。


 そしてそれは、竹馬ちくまに相対する須田に対しても同じように眉間に皺を寄せ、額に青筋を立たせている。

 彼ら2人は、周りの人間から見れば似た者同士のような彼らだった。


 ――こいつ、俺のマークだから潰そ。


 勘で同族嫌悪に近い雰囲気を掴んだ2人によって、火花を散らすようなやり取りがあったが、互いの主将同士言葉に出すことなく自然と強く握られた手は離された。


 整列するため、ハーフライン付近に向かう。


 ユニフォームの番号通りに整列しているわけではないため、安藤の右隣には須田が立っていた。普段、試合前には真剣な顔を作っているもののどこか飄々とした雰囲気を纏っている須田だが、今日はどこかいつもと違う。どこか追い詰められているように見えた安藤は、声をかける。


「なーに固くなってんすか、いつもぐらいおちゃらけてたらいいんすよアンタは」

「安藤……」


 安藤は眉間に皺を寄せ、呆れましたというような顔をしているが実際には違う。


 須田さん、何勝手に全部背負うような事してんですか。させませんよ。少なくとも俺はアンタのその荷物を軽くしてやる。

 勝つためなら、俺を犠牲にするぐらいさせろ。このチームのスタメン張るようになってからその覚悟は出来てる。


 考えていることを口に出すことはしなかった。安藤は、視線を須田へ向けずに続ける。


「相手が強豪校だろうが別に変わらんすよ。ただ、目の前の敵を倒すだけ。それだけでしょ?」

「――頼もしいね」

「だから、須田さんキャプテン。アンタはアンタらしく、どんと構えてください」


 いつもなら心的疲労を分ける先である、内山さんがいない。それだけで、主将である貴方にかかる負担は大きいと思う。

 今まで役職に就いたことはないから、俺には主将という立場が分からない。

 けれど俺が、俺が少しでも負担を軽くできるように立ち回ることはできる。


 この試合にかける気持ちは彼以上に安藤も持っていた。

 数日前とはいえ、エースの海堂が戻ってきた。そしてベンチには同じポジション、1年の夜野がいる。彼に至ってはらしいが着々と力を付けてきている。

 だからこそ思う。


 ――スタメンという座は確約されたものじゃない。


 今までスタメンを張っていた内山のベンチスタート、という事実もあり、安藤は実感する。

 

 だが、間違えてはいけないのは己のスタメンの座のためにではない。

 コートに立つ限りチームのために今日は、いや今日も戦う。


「見た目金髪だから不良っぽいのに、しっかりしてるね安藤……」

「ちょっとしんみりした気持ちを返してください。今すぐに」


 安藤は自身に決意を秘めていた中での須田からの言葉で、今まで思い詰めていた顔をしていた須田に対して、この人は……と言いたげな雰囲気を背にしながら大きな溜め息を付く。

 

「うしっ」


 そんな様子を気にせず、須田は自身の頬を何度も叩く。


 ――これから試合なんだぞ、平常心になれよ俺。

 

 今まで頬を叩いていたのは、脳内で考えている事から目の前の試合に意識を向ける為であった。自身の頬が赤くなるのと同時にヒリヒリと痛み出すのを感じたため、叩くのを止める。


 今日は内山がいない。俺に求められるものは何だ?

 主将として、皆に頼れるような背中を見せられるように。

 少しでもいつものように気持ちを作らないといけない。

 別に今日の試合に負けたから引退、ではない。この関東大会の県予選の2週間後にはインターハイの地区予選が待っている。

 けれども、だからといってここで負けていい理由は無い。

 だけど、果たして本当に筑波凛城つくばりんじょう相手に俺たちが勝負できるものなのか?


 それでも思考する事は止められない。それどころか心臓が大きく鼓動する身体と共に、己の中でグルグルと色んなものが混ぜこぜとなっていた。


 「おい!」


 ベンチから荒げるような大きな声が須田の耳に入る。視線を向くと、須田に向かって声を出していた正体は、パイプ椅子から立ち上がる内山だった。彼は、自身の心臓の部分を何度も叩く。

 それを見た須田は、ハッと気づかされた。

 いつも試合前に必ず、「落ち着け」という言葉と一緒に須田の心臓をノックするように内山は軽く叩く。ある意味ルーティンのようなもの。


 ――どんな状況でも俺達は最善を尽くすだけ。……そうだったな内山。


 ベンチに座った人物へ無意識に視線が向く。どこか恥ずかしそうに顔を赤くする内山がいた。


 ったく。頼りになるぜ、副主将ふくキャプテン


 思わず試合前だというのに笑みが零れそうになる。


「朝比奈、お前も遠慮しなくていいからな。ガンガンボール回してけ」

「了解っす! でも須田さんすっさん。別に打てると思ったら……」

「そんときは、自分でシュートして良い。ガンガン行け」

「ウィッス!」


 入学当初、というより。あの練習中のゲームでどこか自信を少し戻したように見える朝比奈。


「路川、ゴール下頼むぞ」


 路川は相変わらず口数少ないが、ここぞというところで仕事をする仕事人なのは分かっている。そのため頷いたのを見て、よし、とその隣にいる「俺は?」と尻尾があればブンブン振り回しているであろう白橋に須田は告げた。


「白橋は……とりあえずディフェンス抜かれないように気を付けろ」

「……なんか俺だけ雑じゃないっすか!?」

「いやだってお前のディフェンスざるなんだもん……」

「そこで言わんでいいじゃないっすか!」


 白橋に胸倉を掴まれ、揺さぶられる須田は犬が擬人化したらこんなものかとどこか意識が飛びかけていた。


「そこ、試合始めるから早く並んで!」


 主審である審判に注意をされ、渋々と白橋は掴んでいた須田のユニフォームの襟を離す。

 自然と須田のこわばっていた表情は無くなり、いつもの何処か抜けたような顔に戻っていた。


 締まんねぇなおい。まぁでもいいか、水咲うちはこんな風にしている方が逆にいいのかもな。


 その後、コートに立つ10人が礼をし、ある者はハーフライン付近にあるセンターサークルの中へ、ある者は自身のマークである選手の隣に立つ。


 ――TIP・OFF。


 始まりのジャンプボールが上げられた。

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