第12Q 関東大会地区予選にむけて

 桜の花びらは散り、そろそろ新緑の葉が生い茂り始めた。

 

 あの初日の体験入部が終わり、ほとんどの新入生がどこの部に決めたやら、帰宅部やら、バイトやらなど高校生活の今後の自身の身を固め始めてきている。放課後になれば、グラウンドや体育館や武道館など様々なところから声が耳に入ってくる環境になりつつある。そんな中、高校に入って変わった事は色々ある。

 

 1つ目、まずバスケ部に入部出来たこと。


 2つ目、桐谷先生と桝田さん(未だにコーチと言えと俺に文句を言うが言い慣れないので言った試しがない)の存在。


 そして3つ目。


「げっ」

「あ?」

「ちょっと、早く退いてくんない?」

「なら早く行けばいいだろ、右側空いてるんだし」

「耳遠い? 邪魔だっつってんの、端寄れ」

「普通に聞こえてるわ。チビなんだから堂々と真ん中歩かないで端寄れよ」

「「……あ?」」


 

 ――朝比奈歩夢こいつの存在である。



「相変わらず治安悪いね、お2人さん。いいよ、どんどんダイナマイトしてこうぜ」

「いやダイナマイトってなんだよ石橋くんさァ……」

「その名の通りだけど」

「いやその名の通りで通じると思ってんのか?」

「ふっ……」

「おい前岡ァ。無言で『やっとバッシュ買ったぜ……』って自分の足元を指差してアピールすな」



 撤回。バスケ部部員の存在である。キャラが濃すぎるという言葉が前に付くが。

 特徴ありすぎの銀髪ノッポ、前岡デューク。その前岡を含め濃い奴らのまとめ兼ツッコミ役となりつつある高橋虎太郎たかはしこたろう。そして、石橋伸宏いしばしのぶひろ。俺以外の1年だけでも結構存在感がある。


「よし、練習始めるぞ」という声が体育館に響く。だが、いつもならいる女子マネージャーの先輩が見当たらないらしく他の3年の先輩が2年の先輩に聞く様子が見られた。

 

「あれ、マネージャーまだ来ない感じ?」

「放課後職員室に用事があるらしくて、終わってから来るそうです」

「OKー。んじゃ、練習始めるか」

 

 すると中央に部員が集まり、円陣を組む。毎回練習前に円陣を組むというルーティンが、毎度ながら本当に部員になれたのだと実感できる。だが、今日は普段のちょっと緩い空気とは程遠い雰囲気だ。主将である須田さんは、俺を含めた部員全員に視線を合わせながら言葉を紡ぐ。

 

「まあ練習を始める前に1つ伝えることがある。目指すは全国、それは変わらない。だけど県内で水咲高校おれたちは強い部類じゃない。挑戦者として勝ちに行く。まずは、関東大会。行くぞ、水咲ー! 1、2、3!」

『応!』


 鼓舞する姿は主将であることを再認識させられた。


「そういや、関東大会って何なん? あんま聞かないんだけど」

「あー、確か関東大会は――」

「よくぞ聞いた」

 

 そう言う高橋に対して俺が答えようとすると、ひょっこりと金髪が特徴の2年の先輩である安藤大輔あんどうだいすけが「ちょいと失礼」と言いながら会話に参加してくる。


「ちょっと気になる内容だったし。俺が説明してあげよう」

「「あざーっす」」

「返事軽いなおい」

 

 おいおい、とわざと肩を窄める。だが他に反応をしない後輩2人(俺と高橋)に痺れを切らしたのか、興味をなくしたのかは分からないが「しょうがねーなー」とわざとらしい態度で口を開いた。

 

「大まかに全国大会は、3つ。夏のインターハイ。秋の国体。そんで冬のウィンターカップがあるんだよ」

「へー。まあ、インハイとかウィンターカップは有名っすよね。ぶっちゃけ初心者の俺でも聞いたことはあります」


 手で『3』を表現する。その後、大会毎に指を1つずつ立てていく。そんな様子に、高橋が腕を組みながら納得したようなポーズで聞いている中。安藤さんは続ける。


「今週末にある大会である関東大会は、全国大会ではないけど関東勢にとってはインハイの前哨戦。今年はどこのチームが強いみたいな傾向が去年行われた新人戦の頃より顕著に出てくる」

「そうなんすね」

「そう。だからうち含めてどこの都道府県もだけど、こういう大きい大会のときは地区大会から始まるのが殆ど。そんなかでうちの県、つまり茨城県は『県北』『水戸A』『水戸B』『県東』『県南A』『県南B』『県西A』『県西B』の8つの地区。まあ大会によるけど、上位3から4チームだけが県大会に上がることができるんだ。あ、ちなみにうちの地区は『水戸A』だよ」


「まあ今大会は、上位3チームだけどね」と安藤さんは、言葉を付け加える。うちは関東といえど北関東と呼ばれるだけあって東京だけでなく、神奈川や愛知など人の多いような地方中枢都市に比べると田舎と呼ばれる地域。それでも茨城県内には、それなりの高校数がある。私立だけでなく同じ県立でも強豪校は多い。その中の頂点に立たなければ全国には行けないとなると、どれだけの高校が蹴落とされるのだろう。


「そんでその県大会は、トーナメント戦だから各地区の強い奴らの集まりだ。特に県内でここ近年ずっと変わることない全国常連トップ2の一角、県南の名凰大めいおうだい附属高校と筑波凛城つくばりんじょう高校。どの大会でも全国の切符を手に入れるためには、確実にこの2校のどちらかに勝たなくちゃ行けない」


 安藤さんがそっと親指をクイっと指す先には、副部長である内山さんと会話している須田さん。内山さんは通常通りとはいえ須田さんは、つい先日変な行動を取っていた人と同一人物とは思えないほど眉間に皺を寄せながら真剣な表情で書類と睨めっこしている。


「だから、それは関東大会でも変わらない。まずは地区予選を勝ちに行くって主将は燃えてるのよ。あとは、うちと同じ地区のあの高校に今度こそ勝ちたいって思っているだろうし。なにせ、――去年対戦して、一度も勝ててないんだから」

「そうなんですね……」

「まあ、相手は県ベスト4だから地区予選はパスするし。対戦するなら県大会まで行かないといけないんだけどね」


 言葉が続かない。しかし去年一度も勝てていないチームとは、一体どこのチームなのだろうという興味はあった。そんなことを脳裏で考えていると、高橋が俯きながら安藤先輩の肩に手を置いて話し始める。顔を上げると、深刻そうだと見えるが出てきた言葉は逆だった。

 

「安藤先輩、俺。感動しました」

「ん?」

「先輩って、真面目な事言えるんですね」

「えっ。もしかしてずっと俺チャラい奴とか思われてたの」

「いや見た目とかそうじゃないですかねェ」

「えー」

 

 我関せずを貫いていたこのときの俺は、「おら、練習始めるぞ」と副部長の内山さんが声をかけに来るまで、目の前で安藤さんがチャラいのかチャラくないのか議論が2人によって行われることを俺は知らない。

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