第7Q 新たな出会い、そしてはじまり
体育館を覗くと片や彩り豊かなTシャツを着ている集団、片や入学前に渡された体操服を着ている集団。上級生と新入生の違いが明らかだ。体育館入り口側が女子バスケ部、ステージ側が男子バスケ部らしいと人の顔を見て推測した。俺と石橋はステージ側の男子バスケ部の方へ行くために、なつめと分かれた。端の方で紐を緩めていたバッシュを履くために座る。
ちなみにだが石橋は、同クラスの知り合いがいたらしくそっちに向かった。周りは知り合いと来ている人が多く、1人でいる自分自身は異色に見える気がする。決して好きでぼっちになっているわけではないと、新入生が固まっている方を睨むような視線でジーっと見つめる。すると、近づいてくる影が見えた。見上げると、
「よう、久しぶり」
「お久しぶりです」
「まあ、久しぶりと言っても1回。春休みにあってるだろ?」
「まあそうなんですけど」
「ここに来たってことは、――そういうことでいいんだな?」
「はは、当たり前じゃないですか」
彼は桐谷
だが桝田さんの伯父らしい彼は、本人曰く「監督としての
「いいね、そういう気持ちは大事にしてけよ。あと、
「えっそうなんですか……っていうか、俺。あの人に会いたいわけじゃないんですが」
「いやー、一応言っておこうと思って。お前あいつの……ってそろそろ練習か。じゃ、今日からよろしくな」
「まあ、はい。よろしくお願いします、監督、いや先生と呼んだ方が?」
「どっちでもいいけど、もう監督呼ばわりかよー」
俺は、明らかによろしくとは程遠い眉間に皺を寄せていたがそれを面白がっているのか、目の前で笑いながら話していた彼。しかし奥の方で主将らしき人に呼ばれているのに気づき、話は中断された。顧問の先生かつ監督でもあるので、付き合いも長くなりそうだ。
時も経たずに、ぞろぞろと中央のセンターサークルに人が集まり始めた。空気を読み、バッシュも履き終わっていたのもあったため立ち上がって集まっている方へ向かう。俺を含め何人かが歩く度に、バッシュの裏側のアウトソールと床が擦れる。特有のキュッと、まるで洗剤で洗った皿を指で強く擦ったようなものに近い音が数度体育館に反響した。
「なあ、部活終わった後どこいく!」
「MBバーガーとかどうよ」
「あ、駅前のとこのやつね! 行くべ行くべ!」
そのような言葉を聞くと高校生になった実感が湧く。なにせ、大体の中学は校則で寄り道禁止が多い。尚更だろう。
「はい、お喋りはおしまい! こっちに注目してくれ」
すると丁度そのとき、手を2度叩く音。音の鳴る方へ向くと、同じように何人かの先輩や体験入部の新入生の視線が音の主である緑色のTシャツを着ているその人に集まった。
「じゃ、1年揃った?」
「えっとあの、俺と一緒のクラスのやつが遅れるって言ってて……」
「えっまじ? いつ頃来るとか分かる?」
「いや、分からないです。すみません……」
「あーっと、どうするよ。先始めちゃう?」
「1人待つためにってのも時間勿体ないだろ、どうせ今日は軽いアップからだし先でいいんでね」
「OK。分かった。じゃ、練習始め――」
「すんません、遅れましたー!」
新入生の1人が手を挙げ、おずおずと言葉を紡ぐ。何人かの先輩たちの相談が終わった後、今いるステージ側から離れている体育館入り口から1人の男が立っていた。遠くのため、顔はあまり見えないが、手にはバッシュのみ。体操服を着ているところを見ると同じ新入生だと察する。どこかで聞いたような声のように感じた。
「お、噂をすれば。1年生、早くバッシュ履いちゃって」
「うぃっすー!」
まるで小学生がするような元気に返事を出来る彼に強心臓だな、と思う。しかし未だ胸に引っかかるような違和感は、まるで喉に魚の骨が刺さったかのように残り続ける。
「お前、結構遅かったな」
「いやー、先生に捕まっちゃっててさ」
クラスが一緒とかの1年同士と思われる、目の前で行われている会話。そんなことより意識は別の方へ逸れていった。その顔は忘れもしない。中学最後の試合。
『あらら、決められなかったのね』
『いや別に。――君、なんでバスケしてるの』
『バスケはさ、点を取らなきゃ意味無いでしょ』
『高校でもやんでしょ、僕には分かるよ』
一言一句全て覚えているわけではない。過去は過去だ。しかし、それ以上にあの試合の出来事は俺にとって脳に強打されたのかと思うぐらい強烈な出来事でもあった。思わずそいつに指を指しながら、口からまろびでたのは1文字。
「……は? はーーー!?」
「およ? あれ、君……」
「いや、お前なんで――」
「話したいのは山々だろうけど。遅れた新入生くん、早く準備してね。みんな待ってるから」
「すんませーん」
そんな俺の様子を察してかは知らないが、石橋が近づいてくる。
引き続き聞くために近づこうとしたが、先輩らしき人に中断された。そういえばと、先ほどの先輩の後ろ姿を見る。学校指定の黒基調で水色ラインの長袖のジャージを着ており、違和感はない。だが他の先輩とは違うのは、黒髪のポニーテールが揺れる女子だったということ。うちマネージャーいるのか、今まで気づかなかった。ぱっちりとした垂れ目は、先程の少し強めの口調をかき消すほど普段は朗らかな人なのかも、だなんて印象を受ける。
マネージャーらしき先輩の言うことはごもっともだ。既に練習時間は過ぎている。無理もない。
「じゃ、始める前に自己紹介軽くするか」
先ほどの緑のTシャツの彼が、一歩前に出る。視線を全員に配り、堂々とした表情で話し始める。
「3年の須田だ。一応
気が付けば、もうゲーム始まる時間。アップもそんな苦しいものではなかったため身体も温まり、程よい汗をかいている。身体も完全にというほどでもないが、調子はそれなりに良い方だ。ゲーム前のシューティングで、少しボールを触って指の状態を確かめる。良い感じに力が入らずにシュートが打てている。その後、自身が放ったボールがゴールに嫌われるのを見て、調子が良いというのは錯覚かもしれないなんて考えがよぎる。
もう一度シュートを打とうと、次はスリーポイントラインへドリブルをゆっくりつきながら移動中にとある会話が耳に入る。
「なあおい、聞いたか? 先輩たち、去年の新人戦県ベスト16だってよ」
「へー、結構つえーじゃん」
「特に2年の先輩がさ――」
「ねえそんなことより同じクラスの君、何cm?」
「俺かい?」
色んな会話をしている新入生達の集団の横を通り過ぎると、頭1つ以上飛びぬけている長身が視界へ入る。しかも銀色の珍しい髪だ。顔をよく見れば、鼻立ちも高く彫りの深い。映画のスクリーンに出てくる俳優を見ているかのようだった。外国人と言ってしまえば簡単だが、それでも日本語を流暢に喋る姿は違和感しかない。だが、周りから呼ばれている『前岡』と苗字らしきものが耳に入ってきており、おそらくだが彼の両親のどちらかが日本ではない他の国の血筋なのだろう。そんな彼は他の新入生と会話している中、突然話しかけている人物が朝比奈というのもあり、余計にその場へ目が行く。
「そう、君。で、何cm?」
「おいおい、そう焦るなよ。……ふっ、189cmだ」
「へー、そうなんだ。ありがとう」
「まあ、オレの身長は中々のものだからな。驚くのも無理は無い」
「じゃ、とりあえず高いしジャンプボールよろしく。あと、その後ゴールまですぐ走ってくれない?」
「いいだろう。そうつれないのも、仕方ない。そしてオレは
何となくイケメンだのかっこいいだの、という言葉は霧散した。……変人しかいないのか同級生。
「いやデケェのは分かってたけど、キャラが濃くないか?」
「奇遇だな、僕もそう思う」
「いや、お前に言われる筋合いはないぞ眼鏡。あとしれっと隣に来るな」
「やだ夜野ちゃん、まだにゃんこのこと許してないのっ? あれは仕方なかったのよ……!」
「誤解を招く言い方ヤメロ、あとオネェになるな」
「あいてっ」
しかめっ面で思ったことをそのまま呟いていると、ぬるっと隣に這い寄る石橋。流石にメガネでやるのは危ないため、俺にとっては見慣れたスポーツグラスをかけていた。きゃっ、とわざとらしく言う石橋にまたもや夜野チョップをお見舞いすることになったが、巫山戯ている場合ではない。
徐々に先輩たちがコートに入ってくる。ポリエステル製の、蛍光色に近いブルーのビブスをつけて。対する俺たちは厚手の半袖と半パン、服装の統一性だけはあった。前もってじゃんけんで決まったメンバーでコートへ足を運ぶ。
「じゃあ、在校生対新入生のゲームを始めます」
ピッ! っとジャージの腕を捲り、マネージャーの先輩によって甲高い音を出して鳴らされた。その直後に、『よろしくお願いしあース!』と何人もの声が体育館に反響する。さあ、ジャンプボールだ。
センターサークルに2人が並び、少し時間が止まる。両者の準備が完了したと分かると、審判である彼女はボールが高く天井へ上げられる。互いに同じタイミングでボールに向かって跳ぶ。だがボールは在校生チーム側に――届くことはなかった。
腕が長いのもあるのか、余裕の表情で銀髪長身くんは視線の先へボールを弾く。
「んじゃ、先輩たちにご挨拶といこう。ナルシスノッポくん、よろー!」
「そういう呼び名も、――悪くない」
弾かれたボールは朝比奈へ手に渡る。前にも見た、針を通すかのようなパス。ボールの先には、銀髪の長身の彼が立っていた。1歩、2歩と長い脚から繰り出される技は。
「うらぁ!」
――そう、ダンクだ。
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