回廊の森、少女の夢。
音無詩生活
第1話
動機なんて無かった。
「アサミなにやってるのー。教室遅れるよー。」
「ちょっと待ってチカコちゃん!今ノート引っ張り出してるから!」
3時間目。教室。ロッカーの前。ノート引っ張り出してる。整理とか苦手だから中グチャグチャ。何がどこにあるかは全部覚えてる、だから片づけたりしない。でも積まれた教科書も重いし、多分先週の小テストが奥でクシャクシャになっててノートを押さえつけてる。
「やばい・・・これ引っこ抜いたら全部崩れる。雪崩起きる。」
「整理してないからー!」
「だってどこに何があるか分かってるんだもん。」
「うちのおじいちゃんと同じこと言ってるよ!『わしが分かってるからいいんだ。』って。そのうち困ってもしらないんだから。」
「チカコちゃん待ってー。置いてかないでー。一人で遅刻イヤー。2人で遅れヨー。」
「嫌。」
「・・・」
「止まってないで引き抜きなよそのノート。」
「雪崩起きても知らないから。チカコちゃんが急かしたからだから。・・・後で片付け手伝ってくれる・・・?」
「いっつもやってあげてるでしょうが。さっさとしな!」
「ヨーシ!!えいやー!!」
東向き、並んだ窓の廊下。移動教室に向かう。友人と走る。友人は私と違って元気っ子。彼女はしっかり者。陸上部。朝から夜まで練習三昧。だからいつもテキパキ動く。クラスで一番早く支度をしたらダラダラしてる私を急かしてくれる。
「急いで!遅れちゃう!」
「待って・・・。チカ・・・コちゃん・・・。」
「待たないわよ!あんたが時間かけたんでしょうが!」
「ゴメンネ・・・!でも・・・!」
「・・・いいわよ。ここから歩きましょ。」
「はぁ、追いついた。ありがとチカちゃん。」
「いいわよもう。慣れたのあなたのそういうとこ。どれだけ長い付き合いだと思ってるの。普通の人からしたらあなたは意志薄弱で責任感の無い怠惰な虚弱女だけど、小学3年の時に飼ってたザリガニのカニサワさんを海老と間違えて鍋で煮た事に比べたらもうどうでもいいわ。」
「よくそんな事覚えてるね・・・。私なんか昨日の夕食のメニューも覚えてないのに。」
「それとこれとは違うでしょ!私だって一々食事内容は覚えてないわ。でも嫌な思い出って記憶に残るでしょ。例えばおニューの靴の靴ひもをいきなりハサミで切られたり・・・」
「あー!それは覚えてる!たしか工作の時間でクリスマスツリーの飾り作ってて!手頃な紐が無くって」
「そうよ!切ったのはあなたよ!目を離したらいなくなってて、そしたら満面の笑みであなたが棚から靴を持ってきて。」
「でもちょっと短すぎたね。上手くリボンは作れなかったよね。」
「そりゃそうよ。あんな短い紐でどうするつもりだったのかしら。あとはツミキで遊んでたら・・・」
「あ!それも覚えてる!たしか私がツミキ取ろうとして足引っかけて、出来かけのタワーが崩れてチカちゃんに降ってきたんだよね。」
「・・・あんた。」
「あ・・・!たしかに覚えてるかも。こうして見るとチーちゃんとの思い出も沢山あるね。懐かしいね。」
「・・・。もう何言っても仕方ないわね。あんたはそういう奴よ。そう。それを誰よりも近くで見てたのがこの私ですもの!」
「チーちゃんいつもありがとー。」
「ほら!そろそろチャイム鳴っちゃう!」
移動教室。授業は国語。持ち物は教科書と筆箱と副教材とノートと、多分これで全部。今日は忘れ物せずに済んだかも。よかったよかった。
「ねぇ、あなた小テストの勉強ちゃんとしてるわよね?」
「・・・え?」
「だから小テスト!今日でしょ!授業の始めにやるって言ってたじゃない!」
「あ!そうだった!ええと範囲ってどこだったっけ!ええとええと!」
「たしか・・・前回の国語の教科書の復習だったんじゃないかな。それと、作者の気持ちを述べるヤツ。あとは漢字テストとかもあったかも。」
「そっかそっか!チーちゃんありがと!」
「ほら教科書のココ!あとココ!あとこの行からこの行までと・・・」
「わわ!ミッちゃん待って!ええとこことこことあそこと」
「そうそう!あとここは前回の授業プリントそのままだから」
「ちょっと待って。」
「・・・?」
「授業プリント・・・?」
「あんたまた忘れたの?」
「・・・そうだアレ。さっきロッカーの奥でクシャクシャになっててノートを押さえつけてたヤツだ。もう使わないと思ってたよ。」
「もうあなたねぇ。ほら、これ私が前もって用意してた2枚目。あげるわよ。」
「わぁありがとうミッチー!ミッチーはいつも用意がいいね。いつもさっさと家に帰ってずっと勉強してるもんね。」
「そうよ。あなたと違って点数を落とすワケにはいかないの。今日も朝起きたらまずこのテストの範囲を復習してきたのよ。」
「凄いねミッチーは、私にはとても真似できないよ。でも私、一夜漬けは得意だから!じゃあ今から頑張って覚えるね!」
「これじゃぁもはや一分漬けね・・・。味がちっとも染みやしないわ。」
「えへへ・・・。」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・ねぇ。」
「なぁに?ミチコちゃん?」
「さっき昨日のメニューの話したじゃない?」
「うん、した。」
「やっぱり毎日同じメニューじゃ忘れるわよ。記憶の隅においやられちゃう。」
「そうそう、毎日おーんなじ。それに味も薄いし。」
「昨日のスープの大根、まだかたかったわよね。味が沁みてなかったわ。」
「カットが分厚すぎるんだよ。もっと細かくしなきゃ。」
「デザートのリンゴ。もう一欠け欲しいわ。」
「うん、甘いものが好きだからもっと食べたい。」
「アップルパイが食べたい。」
「味の染みたスープ。」
「シチューがいいわ。」
「肉がゴロゴロ入ってるやつ。」
「肉は嫌ヨ。」
「なんで?」
「血が付くもの。」
「・・・うん。うーん・・・。まだシミ取れないね。」
「後で洗濯してよね。」
「わかった。ミーちゃんは私の大切な親友だもんね。・・・。」
「おい。終わったか?」
「・・・なーに?」
「お待ちかねの食事の時間だぞ。」
「今日はなに?」
「パンとスープと、それからリンゴだ。」
「それって・・・」
「昨日と同じだよ。」
「シチューは?」
「・・・いつか出るかもな。」
「アップルパイ食べたい!」
「・・・。厨房に伝えておくよ。」
「ほんとにーーーー?」
「・・・。・・・風呂が先でもいいぞ!?」
「どうしようかな。ミーちゃんに聞いてみないと。」
「チーちゃんは?」
「・・・?」
「チカコちゃん。その子はチカコちゃんじゃないのか?」
「・・・違うよ。この子は・・・ミーちゃん・・・。ミチヨちゃん・・・。チカコちゃん・・・?・・・お風呂とご飯どっちがいい?ミカちゃん!」
「もういいよ。テストで赤点取らないといいな。」
「テストはもう終ーわり!ご飯!ご飯!」
「はいはい。」
時刻 :18時
隔離区画:部屋番号秘匿
部屋 :散乱状態
少女 :いつも通り
健康 :異常なし
関係 :良好
追記:入浴時にぬいぐるみ用洗剤の支給求む。
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