@My_Life_Of_Music

第1話

 この文が視界にかすめた全ての方へ、今から私の吐露することは全て私の純然たる告白である。と同時に言える、その示す真の意味合いを汲み取れば、それは私が私自身の本来なら話したくはないこと、少なくとも今までは殆ど多くの人に話しては来なかったことを公然に晒す、紛れもない告発である。

 私は顔が怖い。これに尽き、これが全ての元凶である。言わんとしていることは状況の目撃がもっとも相応な説明になると思う。私の三畳ほどの部屋には少なくとも人の顔に認められるもの、人物の写真であったり、留まらずアイコンとなり得るシンボリックなエレメントすら、無意識のもとに排除してきている。私の排除項目が示しうるアイコンに拡張したのはいつだったか。自分でも思い出せないが、ただそれに至ってからは最早見たくないものは顔に限らず、人物的な存在感とでもいうものに拡大していた。私が許せるものはせいぜいハンガーにかかったワイシャツ程度である。脱がれたシャツには首が無い。この想像に難くない事実が私を安心させられるから、服くらいなら許せている。マネキンは置いたことがないが、多分嫌になるだろう。マネキンは私にとっては一人の人物然であり、いつ彼から口が生えて、気さくな挨拶でも試みてくるかと内心ハラハラしてくるからである。

 なぜ私がこんな妄想甚だしいシチュエーションに恐々とし、実際に空間から排除しているか。それは私が度し難い夢想家や宗教家だからではない。実際に嫌っているのは私の中、私というシルエットの裏に貼り付く自分だからだ。今こうして文を打ち、告発している私の中にぴったり重なった原生的な自分がいるのだ。この二重性存在の成り立ちを遡るのは容易である。二重に隠された殻の内の自分は生れた時点での私だった。純粋で一面的だった私は社会に初めて触れた時、なぜか拒否された。私は剝き身の自分がいつも傷つけられヒビを深くされる事が堪らず、いつからか私を作って自分を覆った。今でも私を操る自分はぴったりと私に密着していて、外界社会を生きようとする私の行動原理として強制と誘導を続けている。

 自分からしてみれば背後から突然声をかけられることはとてつもない危機だ。彼にとってみればそれが気さくに私の肩を叩く友人の手であっても、少なくともその瞬間は突きつけられたナイフ、拳銃の銃口と変わらなく恐ろしいオブジェクトなのだ。彼が恐れているのは最早他者存在の詳細な行為ではない。友好の握手かもしれなければ敵対の拳かもしれない、そういう可能性をそもそも全て秘めてしまっている存在の概念総体なのだ。

 私はこのとてつもない悪癖が常々嫌になっているが、私よりも私を知り、私の内面に近いところに居座る自分に抗えずにいる。しかし今こうして告発文を作成できているのは、偶々寝る前の思考の深まる時間に、いつもなら飲まない酒を一杯飲んだからで、もう寝ようとしている自分に私が取り残される事が叶ったからだ。こんな時に書かなければ、またいつこうして告白できるかも分からない。

 私が最も嫌な事は、好きな人の写真を置いておけないことだ。どれだけ好きでも、対面してない時に不意に視界に入ると血の気が引いて、部屋の隅に小さく蹲りたくなってしまう。これは私の願望と精神的欲求をも阻害している。寂しいとき、悲しいとき、私はいつも好きな人の柔肌に包まれて深く眠りたいと求めるけれど、反面で自分が全身を総毛立ててヤマアラシの如く拒絶する。その間に挟まれた私の欲求は石臼に引かれるようにゴリゴリと擦り潰される。

 こうなってから人生で唯一、私を抱いてくれたひとがいた。それは夢の中に現れた少女だった。透き通るように日に熔ける美しい金髪をふわりと広げ、とれだけ鋭く研がれた鑿でも傷つける事のできない超硬の眼球に淡いシルクの光を乗せた碧眼の天使だった。冷たく雨に塗れた蔦が絡まる大理石のガゼボの下で、彼女は私の手を重ねるように優しく握り、羽の代わりに身に纏った純白のドレスで私を覆った。私は夢の中で交わり、彼女は時に5体に分裂して私を囲い踊り明かしくれた。純白の霜のように冷たい頬と額を近付け、囁くように私を優しく慰めてくれた。血の通わない綿の笑みに私の恐怖、命への執着は忘れ去られ、永劫と刹那の境界に寝る奈落の谷に落ちる快感を味わった。彼女は悪魔だった。

 人と話すのが好きなのは私の人生最高の努力の一つかもしれない。言葉の持つ感情の無機物化という機能は私の心と現実を上手く橋渡ししてくれている。相手の笑顔と私の喜びを繋げる為に、わざわざ血を流しながら心を掴み出してみせる必要がないのは、私と自分がこうして社会で生かされる大きな助けになっているだろう。なにより、最高の直観的芸術であり、最も身近な手遊びには十分すぎるパズルだからだ。思えば今、私がこうして告発文を作成しているというこの行為が大きな言葉の恩恵なのかもしれない。私の望む告発は、大勢の顔前に晒される。これはまさに自分の根源的恐怖だ。もし、いや必ずこの告発を知ることになる自分が恐らく今後もこの世界を生きていけるのは、告発が私そのものではなく、私の発した言葉そのものであるからだ。告発しただけでは告発した事自体は変わらないだろう。しかし、そうした性質が今に限っては告発者としての私を救っているのかもしれない。

 願わくば安らぎを。顔に囲まれる恐怖を退け、自分の安寧が見つかることを。

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