旅に宝石

音無詩生活

第1話

 「町はずれに宝石商がいます。ただ中々の変わり者なので、その、なんというか、あなたのお眼鏡に適う物があるかどうか。」

 「ありがとう。」

 私は今、果物売りの教え通りに丘を登っている。最初、果物売りが場所を教えると言うので教会のある広場を見ていた。しかし、彼が指さしたのは町の外、西の門から伸びる丘の先だった。私はもうすぐ小指の先に穴が開きそうな革製の旅靴を労わりながら、道端の枯れ木から手頃な杖を拝借し、芝が踏み開かれただけの坂道をまた踏みしめた。

 そろそろ疲れた。どこか座れる場所は、ズボンを泥で汚したくない。

 ボウっと地平線を仰いでいる私の鼻の上の平べったい双眼鏡は、馬車ならほんのすぐに行けるような距離に一つの巨岩を見つけた。足元を見れば最初は軽やかに振っていた杖が一歩一歩踏みしめるごとに泥道に深く刺さり、私の全体重の身替りをしてくれているようだから、あの岩で休むのは私の為ではなくこの老いぼれの枝の為なんだと吹いてみた。

 巨岩に近付くと、最初は大きな球のように見えていた岩は実はちょうど半分くらいで割れていて、自分と反対側が背もたれに良い形になっているようだった。岩の裏に周ってみると先客がいた。腰の曲がった老人だった。

 「隣を失礼」

 「どうぞどうぞ。」

 「お散歩ですか。」

 「そんなところです。」

 「綺麗な丘ですね。足は疲れますが景色は一級です。」

 「そうですか。」

 老人がそっけなく返事をするのは少し癪だった。私の景色への称賛は嘘偽りない本心だったからだ。この景色を見ずにこの丘を歩く意味などあろうか。

 「あなたは一体なにを楽しみにこの丘を登っているのです。」

 ・・・「これをどうぞ。」

 「石ころですか。」

 「そうです。」

 「これがなんだと言うんです。」

 「私は今日これを磨きます。」

 「原石ですか。」

 「えぇ。」

 「この石はここで採れたもので、磨かれると輝きます。私は幼い時にそれを知ってからずっとここで石を磨いています。」

 「あなたが宝石商でしたか。果物売りから聞いてきました。」

 「あいつの結婚記念は私の磨いた石なんです。」

 「私はあなたの宝石を買いに来ました。」

 「ならこれを。」

 「これはまだただの石ではありませんか。」

 「そうです。しかしあなたはこの宝石をこの時に見た。私は宝石が美しいのは2つの時だけだと思っています。磨かれた宝石の輝きのその全てが一目に飛び込んでくる時、そして、原石を磨き輝きが増すのを全て見て、その宝石の全てを知った時。」

 「今の私は後者の…始まりを見ているんですか。」

 「宝石の本当の輝きを知るには、飾られた鏡面を眺めるだけでは敵わないのですよ。私はそう思った。」

 「・・・これはおいくらで?」

 「話に付き合って頂いたお礼に差し上げますよ。是非、磨いてみて下さい。」

 「どれくらいかかりますか。」

 「あなたが道を聞いた果物売りの店先には石が2個置いてあったでしょう。輝いていたのが私の磨いたもので、もう一つはあいつが磨いているものです。あいつは結婚してもう何年になるかな・・・。」

 「ありがとう。大切にします。」

 老人と別れ、私は坂を下る。気付けば景色は茜に染まっている。私が彼に会ったのは昼の中ごろだった。

 「きっともうこの石に魅入られているんだ。私が思っている以上に、私はこの石をずっと見つめていたんだ。」

 リンゴが食べたくなった。帰りにまた果物売りの店に寄ろう。きっとあそこのリンゴは旨そうだった。そもそも道の駅だけの筈だったこの町に日を使ったのは、最初彼の店に寄ったからだった。

 もう一度彼にお礼を言ってよく見てみよう。あの真っ赤に輝く2つの石を。

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