-11 童貞卒業おめでとさん!


 「……んぁ?」


 翌朝、目が覚めると、鳥栖の姿はなかった。どうやら一足先に帰ったらしい。

 テーブルの上にあったはずの缶やら皿やらがないところを見るに、彼女が片付けていってくれたんだろう。

 俺はソファからゆっくりと身を起こし、気づいた。ズボンどころかパンツも身につけてないことに。

 

 「やたらとスースーするなと思ったら……――じゃねぇ!!」


 なにアホなこと考えてんだ俺は! それどころじゃねーだろ!

 自分にビンタをかましてみるがめちゃくちゃ痛いだけで、ただただ夢ではないことの証明にしかならなかった。

 昨夜の出来事が脳裏にフラッシュバックしている。生まれたままの姿をさらした鳥栖を、俺は……。


 「や、やっちまった……」


 痛む頬をさすりながら、俺はぼやく。一昨日に続いて、昨日も取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

 鳥栖、ブチギレてないだろうか? それよりお腹は大丈夫だろうか? なんせ出すもん出しちゃったしな……。


 寝起きの頭で考えられることなんて、たかが知れてて。

 とりあえず、会って謝らないことには始まらないだろう。


 俺は急いで準備を進めて、大学に行くことにした。

 途中にあるコンビニでお詫び用のスイーツを大量に買い、大学へと急ぐ。で、キャンパス内に入ったはいいものの……。


 「そんな都合よく見つけられるもんでもないんだよな……」


 いつもはあっちが俺のことを探し出してくれてるので、探す側に回るなんてことすらしたことがない。

 キョロキョロと辺りを見回してみるが、ぜんぜん見つけられん。あんな美人が歩いてるなら人だかりができてて、すぐ分かりそうなもんだけど。


 「鳥栖、どこにいるんだ……」

 「――はよ~っす! 旭っち!」

 「――っ!?」


 背後から聞こえるソプラノボイス。聞き馴染みのある声。背中に伝わる衝撃。間違いない。

 俺はゆっくりと振り返り、息を呑んだ。

 だって目の前には、ずっと探していた女子が、はにかんでたんだから。


 「…………っ」


 ど、どうしよう、会ったらあったで話す内容を纏めてなかった。つーかまだ、心の準備も出来てないし。

 キョドる俺に、鳥栖は手を口元に当てながら、ささやくように告げてくる。


 「……ま、さっきぶりだけどね~?」

 「……あ、その……ごめんっ!」


 俺は頭を下げた。社会に出てから使うであろう丁寧な謝罪の初めてが、まさか女友達になるなんて。

 それでもここは誠意を見せなければならない。やってしまったことは元には戻せないのだから。

 必死で頭を下げ続けていると、ポンポンと肩を叩かれた。

 おそるおそる頭を上げた俺は、鳥栖の様子をうかがう。彼女はなぜか、笑っていた。


 「にひひっ、あんま気にすんなよ~! お酒のせいなんだからさぁ」

 「でも俺、お前と……」

 「出すもんだせてよかったじゃ~ん。そ・れ・に、気持ちよかったっしょ?」


 鳥栖はニヤニヤと意地の悪そうな顔をしながら、手のひらで輪っかを作り、上下に動かしている。

 いったいそれがなにを表わしてるのかひと目で理解した俺は、カッと顔が熱くなる。コイツ、恥じらいとかはないのかよ……っ!

 

 真っ赤な顔をしてるであろう俺の肩をバシバシ叩きながら、鳥栖が言った。


 「童貞卒業おめでとさん!」

 「……ど、童貞じゃ、ねーよ」

 「え? 童貞じゃなかったん? あんなにたどたどしかったくせに?」

 「……っ、思い出させんなよ! いや、その、ほんとは……」

 「あ、やっぱ童貞なんじゃーん。強がんなよ~」

 「ぐっ……そ、そういうお前だって、」

 「もち、処女でしたが?」

 「ほんとにこの度はなんとお詫びを申し上げたらいいのか……」

 「ぶーぶーっ、気にすんなってばもう~! てかさ、この袋なに」

 「あ、これは、お詫びの品としてコンビニからスイーツを」

 「えっ! 貰ってもいいの?」

 「むしろ、受け取ってもらえると助かるんだが」

 「ありがと、旭っち~! じゃあさ、向こうのベンチで一緒に食べよ?」

 「いや、それお前の分だけで」

 「一緒に食べてくれなきゃ、許してやらんぞ~」

 「ぜひ! ご一緒させてください!」


 俺が舎弟っぽく叫ぶと、鳥栖がけらけらと笑い出した。まったく気にしてなさそうな彼女の様子に、内心でホッと息をついたのは内緒だ。

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