第11話 過去の記録

「おや。こちらで会うとは。皇城は広いと思っていましたが、案外狭いのかもしれませんね」


 まずは図書室を制覇しようと乗り込むと、奥の読書エリアに一人静かに本を読む麗人がいた。フィオナに気がつくと、にこやかに微笑んで首を傾ける。

 まだ朝も早い時間だと思われるのに、傍には沢山の本が積み上がっている。


 昨晩の今朝では、あまり時も経っていなかったが、今朝早くに許可が出たので、早速図書室に来てみたのだ。


----レオナルドも皇女様との用事で暫くは調べ物をしても良いとウィリアムからも言われて来たけれど。


 あまりに行動が分かり易すぎただろうか。

 否。ランドルフ皇子だって暇ではない筈。たまたま調べ物があったのだ。


「ランドルフ殿下におかれましては……」

「ああ。そういう堅苦しいのはいらないから」


 右手を顔の辺りで振って、苦笑する。

「勤勉で何よりだよ。私はそろそろ執務に戻るから、調べ物がてらこれらの本を片付けて貰えると助かる。背表紙にある棚番通りに片付けて貰ったらいいから」

 机に積まれた本の山を指して、ランドルフは片目を閉じてウィンクした。

「……承りました」

「レオナルド殿は、クロエが連れ出しているんだろう? ……君に、あの人も会いたがっているよ」


 すれ違いざまに掛けられた言葉に、フィオナがランドルフを見た。

 ランドルフはフィオナを振り返る事無く、図書室を後にした。

 溜息をついて、フィオナはランドルフが残した本の山に手をつけた。


「『創国記録』、『歴代乙女記』、『神の戒律』……」

 どれも、製本はされているが、手書きに見えた。


----それに、どれもとても古い……。


 少なくとも、読み終わった後に放り出して良いような本には見えなかった。


----とても貴重な資料に見えるわ。


 もしかしなくても、ランドルフ皇子はフィオナにこれらの本を見せようと選んで待っていてくれたのだろう。


 フィオナは席について静かに本を開いて読み進めた。


 神聖ルグドゥル王国では、特に秀でた神聖力を持つ娘は『聖女』と呼ばれるが、リドルグラシア帝国ではその中でも歴代3名だけは『乙女』と呼ばれているらしい。


----『初代聖女』が、『創国の乙女』と。


 その後、その3名は全て『創国の乙女』の生まれ変わりであると。


「そのいち。双子の男女として生まれる……」


 聞いた事がある。

 だから、私も聖女に覚醒するのではないかと言われていたと。


 だが、レオナルドから借りた絵本のように、フィオナは聖女に覚醒はしなかった。


 今更もし聖女に覚醒したとしても。


----もう、リュカはいない。


 絵本のように、死ぬまで聖女に寄り添う騎士(双子の兄)は、もういないのだ。 


「リュカ……」

 呟き、フィオナは俯いた。


 貴方が来るはずだった国に私が来て、貴方が過ごすはずだった時を此処で過ごしている。


----あなたと、此処に来たかった。


 ぱらりと捲れたページを何気なく見つめて、フィオナははっと、本を掴み覗き込む。


 レオナルドに借りた絵本のような子供向けの内容ではない、資料として残された『創国の乙女の生まれ変わり』の方々の記録。


「『リオナが完全に記憶を取り戻したのは、覚醒してから10年が過ぎた頃だった』」


----リオナは、乙女の名前なの?


 しかし、聖女は帝国に一度も来たことは無かった筈だ。

 神との誓約で、聖女は神聖国からは出せない決まりなのだから。


----名前は、もしかしたら、王族しか見れない記録にはあるかも知れないけれど。


 でも、この記録は、まるで。


「聖女の守護騎士が自ら残した記録みたい」


『グィネヴィアは相変わらず優しく』

『ソフィアの気の強さは昔から変わらない』


 聖女の……否、帝国の表現を借りるなら『創国の乙女』を、ごく近くで見護る者がつけた記録。


----いえ。書き方から見て、これは回顧録かしら……。


 生まれ変わりというだけあって、三人の名前は違うものの、内容は一人の女性の事を記録しているようだった。


----覚醒しても、記憶はすぐには戻らなかったのね。


 生まれ変わりであると気が付いたのは、覚醒後おおよそ10年程経ってからのようだった。


----もし私が7歳になるあの時に覚醒していたなら、そろそろ思い出していた頃……って。


 自分まで、何を考えているのだろう。

 フィオナはぱたんと丁寧に本を閉じた。


----記録は、まるで見てきたように書かれているわ。


 聖女の守護騎士になった彼女達の兄は、聖女が亡くなった後、皆、帝国に来たのだろうか?


 そんな話も、聞いたことは無い。


----物語は、『命が消えるまで寄り添いました』で終わるから、実際にはどうなったのか知らなかったわ。


 確か、生まれ変わりと言われている聖女達もその代の国王の側妃になったけれど。


----誰一人、子を成した人はいない。


 なら、その代では、帝国に娶られた子はいないのだから。


----騎士が帝国に来る理由も無かったはず。


「…………」


 何故、こんなにモヤモヤするのだろう。


 聖女は国王の側妃に。

 その子は帝国へ。


 フィオナには、レオナルドの事が無ければ、本来直接関わりの無い、創国からの決まり事。

 ただ、それだけの事なのに。


 その、筈なのに。



「何故、私はこんなに腹立たしいの」





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偽られた聖女は神をゆるさない カノア @ayaumama

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