第9話 夜会
華やかに開催された夜会は、神聖国とは違い、参加する帝国の貴族達の何とも開放的な振る舞いはレオナルド以下、神聖国の面々を大いに戸惑わせた。
警護につくフィオナやウィリアムにダンスを申し込む令嬢が後を立たず、フィオナに至っては令息達からもお声がけを多数頂いた。
表向き男性として公表されたにも関わらず、だ。
帝国では男女に関わらず恋愛は自由らしい。
最後には、フィオナが女性である事を知っているランドルフ皇子までがフィオナをダンスに誘いに来た。警護中だと知っていながらのお誘いに断る事も出来ず、フィオナは最後の最後に折れて皇子の手をとった。
「おや。ダンスは女性役もお上手なのですね」
軽やかに男性側のステップを踏みながら笑いかけるランドルフに、フィオナは眉間に皺を寄せた。
「面白がってますよね?」
「心外だな。私が君と話そうと思ったら、この様な機会しか無いのですよ?」
不意に真剣な光を宿した、僅かに縦に割れた瞳を見上げて、フィオナは一瞬息をのんだ。
「……ああ。この瞳は、我が帝国の皇族独特なのでね。驚かれましたか?」
ぐるりとターンを切り、フィオナは逞しいランドルフの腕に支えられた。細身に見えるのに、着痩せするタイプなのか筋肉はしっかりついているようだった。
「皇女様の瞳も拝見しましたが……とても綺麗ですね」
漆黒の中に星を散りばめたような光とともに艶やかに光る七色の虹彩は、息をのむ美しさだった。
ランドルフは一瞬瞠目し、黒目は更に大きく縦に割れた。
「……あなたは不思議な方ですね。同じ帝国の貴族でも、この瞳には畏怖を感じるというのに」
怯えられる事はあっても、綺麗などと評される事は無い。
「少なくとも、怖くはないですね」
残念でしたと、笑ってやる。
「ランドルフ様は、ご結婚は?」
そう言えば、帝国の第一皇子だというのに、その手の話は聞かない。事前に確認した事項の中にも、その記載は無かった。
「御存じの通り、我々は非常に『立場が弱い』のですよ。だから、私の婚約はクロエの結婚が済んでから進められる予定です」
意味深に微笑まれて、フィオナは不審気に眉根を寄せた。
「……立場が弱い? どういう事ですか?」
「色々と、先行きが不明な事が多かったのでね。ところで、神聖ルグドゥル国では、ダンスに決まり事がありますか? リドルグラシアでは、2、3曲同じ方と踊っても特に問題は……ありませんが」
もう少し、お話しをしませんか?
ランドルフの提案に、フィオナは暫し考え、頷いた。
----皇女クロエは、こちらから訊く分には制約は無いと言っていた。
訊けるだけ訊いて、答えられる分だけ答えて貰えれば。
「フィオナ。まず質問にお答え下さい。あなたは知りたい事や分からない事があった時、まずはどうしますか?」
質問を頭の中でまとめようとしていて、逆に質問された。
「……知っていそうな人に尋ねます」
「では、その人からは充分な答えが得られなかったら?」
ステップがゆっくりな曲に変わり、ゆったりと抱き寄せられる。
顔が、息が掛かるほど近付き、フィオナは慌てて見つめ合っていた視線を振り解いて顔を背けた。
それで無くとも、ランドルフもクロエもこの世の物とは思えない程に整った顔をしているのだ。光をのせた長い睫毛が頬に擦りそうだ。
「……っ、とっ図書館や……資料などを調べます」
そう返すと、ランドルフはふっと笑った。
「では、図書室の使用許可を出しましょう。城内の資料も、閲覧の許可を出します」
驚いて、ランドルフの美しく縦に割れた瞳を再び見上げた。
「……それは、私達が自発的に調べる分には、神との誓約に抵触しないという意味ですか?」
質問に、ランドルフは困った様に首を傾げた。
この質問には、答えられないのだ。
だが、その瞳は楽し気に細められていた。
「近々、図書室や資料室の場所と使用方法を通達します。貴女は本当に頭が良く、理解が早い。たった二曲で終わってしまったのは残念ですが」
くるりとターンを切って、曲が終わった。
ランドルフの腕から開放されて、フィオナは綺麗に礼を取った。礼は、神聖国独特の挨拶だが、ランドルフもフィオナに合わせて美しい礼を返してくれた。
美しい祭典用の騎士服に身を包んだフィオナのダンスは、会場の帝国貴族達を魅了した。二人のダンス終了に、会場からにわかに拍手が上がり、さらに多くのダンス希望者がフィオナに押し寄せた。夜会は終盤に入っており、レオナルドが疲労を理由に会場を辞すると皇帝に申し出た事で、フィオナとウィリアムは夜会会場から出ることができた。
ランドルフとの会話を伝えると、ウィリアムは許可が出次第フィオナは帝国と神聖国の関係について調べるように言ったが、レオナルドは少し難しい顔をして黙っていた。フィオナがどうしたのかと訊いても、何でもないと首を振るばかりで、結局夜の不寝番の時間になっても、レオナルドはベッドに直ぐに潜って寝てしまった。
いつもと様子が違うレオナルドに首を捻ったが、疲れていたのだろうと考えて、深くは考えない事にした。
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