第10話

 森の奥へと進むにつれ、紫苑しおん徐々じょしょに、飛燕ひえんとの記憶を取り戻していった。断片的だった記憶が、パズルのピースのように埋まり、組み立てられていくーーーー。



 ◇ ◇ ◇



 ここよりはるか昔の記憶。それは能力者が産まれ始めた頃の事。

 一度だけ、立ち入った森で枝を拾った。

 その時、声がした。

『それを、持ってて欲しい』と言われたのだ。

 誰に言われたのか覚えていないけれど、その声の通り、少女はずっと、その枝をポケットにしまって大事に持っていた。


 それから数十年。

 皆に化け物と呼ばれ、おりに閉じ込められ、泣いてばかりいたあの時。


 ーーーー大丈夫だよ。



 ひっく、ひっくと泣き声を溢していた少女の耳に、誰かの声が響いた。


『……だ、れ…………?』


 ーーーー泣かなくていい。


 声の主は、少女の頭をふわりと撫でた。だが、少女にはその者の姿をとらえる事は出来ない。

 少女が盲目もうもくなのではない。本当に、姿が見えないのである。


『……誰も、いなくなっちゃった……のっ。みんな、私をばけものだって言って、とても冷たい目で見て……きて……っ。こわい、こわいよ…………っ』


 ーーーーうん。怖くて、寂しかったんだよな。


 声の主は、安心させるように声の調子ちょうしを更にやわらげた。


 ーーーー紫苑。


 ーーーー俺と、ちぎりを結んで欲しい。



 ーーーー俺は、あの場所から動けない。だから、紫苑に俺の目となり、耳となり、手となり足となり、俺が行きたい場所へ行って、俺がしたい事を手伝って欲しいんだ。


『ーーーー……』



 ーーーー代わりに、ずっと俺がそばにいる。姿は見えなくても、お前がその枝を手離さなければ、ずっと隣に居られる。これからは、寂しくないように、俺がお前の傍にいるから。だから……ーー。


 少女は、目を見開く。

 ……本当に一瞬だけ、語りかけてくるヒトの姿が見えた気がした。

 エメラルドグリーンの瞳をした青年が少女に向かって柔らかい笑みを浮かべる。



 ーーーー……もう、泣かなくて大丈夫だよ。



 ◇ ◇ ◇



 覚えてる。……思い出した。でも、なぜ、忘れてしまっていたのだろう。

 とても、大切な記憶だったはずなのに。

 飛燕は、ずっと、傍にいてくれていたはずなのに。

 いつから、彼の姿が隣から消えてしまったのか。

 彼は、どうしてーーーー。


 森の奥へとたどり着いた紫苑は、飛燕の樹とはだいぶ距離をあけて立ち止まった。

 そこに、誰かが立っていたから。


「ーーーーーー……」


 フードをかぶったその人物は、足音に気付いてこちらを振り向いた。さらっとフードから覗く金色の髪を見て、紫苑はビクリと体を硬直させる。


 ーーーーあぁ。まだ、こんなところに居たんだ。


 目の前の金色が、記憶を失う前に見た洞窟の青年と重なる。

 ドクドクと激しく心臓が鳴り、紫苑は目の前の青年から目が離せなくなる。

 髪と同じ金色の瞳が紫苑を捉えた。


「………おや。貴女が来たのですね」

「ーーーー」


 その、声を聞いて。紫苑は両手で自分の胸をおさえながら、大きく息を吸った。

 ーーーー違う。

 落ち着け。落ち着け。彼は、違う。

 あの子じゃない。

 あの子は、私の事をそんな風に呼ばない。

 あの子は、私に対してそんな言葉遣いはしない。


 ーーーー……あぁ。なぜ、私は……。

 あの子の事を、知っているんだろう。


 記憶の中の青年が、口を三日月形にしてわらった気がしたーーーー。

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