第5話
翌朝。案の定、
「お、おはようございます」
「…………うん」
挨拶を交わす紫苑に対し、橘は軽く
「挨拶はきちんとしなさいよ。おはよう、でしょ」
「……………………おはよ」
罰の悪そうな顔になった橘だったが、今度はちゃんと紫苑の目を見て挨拶してくれた。紫苑は微笑む。
「はい。おはようございます」
「さ。食べたらとっとと行くわよ」
「あ、はい」
紫苑は急いで残りの食事を済ませると、食器を運ぶ。菖蒲が洗い物まで済ませて、2人は家を出発した。
「あの、
「飛燕はとっくに仕事に出たわよ。フレアはまだ寝てるけど、あの2人は朝はいつも食べないの。……まぁ、飛燕に関しては、いつ食事してるのかも謎だけど」
話ながらも2人はどんどん森の奥に進んでいく。紫苑は菖蒲の数歩後ろから、彼女をちらりと見る。
全員分の食事を用意したり、挨拶をきちんとしたり。紫苑に対しても仕事をくれて……言葉はキツいが、菖蒲は心優しく、世話焼きな性格なんだろうなと思った。
「着いたわよ」
家から歩いて十分程。目的の場所へ到着した紫苑は、その建物を見て息を
建物の入り口の扉の上に『資料館』の文字が書かれている。中に入ると、本棚が部屋を囲むように並んでおり、見渡す限り本しかない空間に圧倒された。紫苑達以外にも、ちらほらと街の人の姿がある。
「ほら、ぼけっとしてないで、さっさと探すわよ!」
パシッと紫苑の手に数枚の紙が手渡される。中には街の人々からの依頼がびっしりと書かれていた。
「依頼に必要な資料をこの中から探すの。見つけたら橘に渡せば、あいつが設計図を作るから。本は私が探してくるから、あんたは本の中から必要なページに
「あ、は、はい……」
菖蒲は次々と本を見つけてきては、紫苑が座るテーブルに置いて、また次の本を探しに行き、テキパキと動く姿はさすがとしか言いようがなかった。対して紫苑は、未だ最初の一冊の本から特定の資料だけを見つけ出すのにも苦労していた。そもそも紫苑は教養が高い訳ではないので、文字もゆっくりとしか読めない。文字が読めても、それを理解するまでに時間がかかってしまう。
紫苑がようやく最初の資料に付箋を付けたところで、菖蒲は最後の本を持って2階から降りてきた。まだ全然進んでいない作業をちらりと見ると、紫苑の反対側の椅子に腰をかけ、何も言わずに本をペラペラとめくり始めた。
紫苑は居たたまれなくなって菖蒲に謝罪する。
「ご、ごめんなさい」
手早く資料に付箋を付けた菖蒲は、そんな彼女を見て、パタンと本を閉じた。
「最初からあんたに全部やらせようなんて思ってないから、気にしなくて良いわよ。だいたい、あんたがこういうの苦手なのは見てれば分かるし、悪いと思うなら、さっさと出来るようになりなさい」
「ーーーー……はい」
菖蒲は二冊目の本を手に取る。紫苑も慌てて次の本を手に取った。
そこから
無論、菖蒲は手早く作業を進めていくので、どんどん付箋の付いた本が積み重なっていく。紫苑も遅いながらも着実に作業を済ませていった。
2人が互いに最後の本に取りかかっているところで、紫苑は菖蒲にふと視線を向けた。少し、疑問に思っていた事を口にする。
「あ、あの……」
「何?」
「……菖蒲さんは、どうしてハロゲンワークスで働いているんですか?」
「……………………」
紫苑からの疑問に、菖蒲の瞳が一瞬
「……簡潔に言えば、飛燕に誘われたから。だけど……」
本に付箋を付け、パタンと閉じた。同時に菖蒲も瞼を下ろす。たっぷり時間を置いて、菖蒲は再び瞳を開けた。
「……橘ってね、あぁ見えて体が弱いの」
「え?」
「能力者でない人は、ハロゲンの森では生きられないって話は昨日したでしょ?それと同じで、私達能力者は、この森以外の場所では長生き出来ないの。橘は体が弱かったから、
この森にくる前の橘は、毎日息苦しそうだった。咳も止まらず、発作が起きる事もしばしば。
「加えてあいつは、能力も特殊で……もう、あと数年も生きられないって言われてたのよ」
そんな時、ハロゲンの森の噂を聞いた。能力者だけの街。そこでなら、橘の病も良くなるかもしれない。2人はすがる思いでここにやってきた。
「この森に来て、橘の症状は落ち着いたけど、橘の能力は強すぎて、この森の人々にも受け入れてもらえなかった」
皆、2人を遠巻きに見て、近付こうとはしなかった。橘が近付くと、彼等の顔が強張った。
「……そんなある日、飛燕が堂々と私達に声を掛けてきたの」
『ーーーーお前ら、ハロゲンワークスに入らないか?』
「最初は何言ってんだろこいつ、くらいにしか思わなかったけど、私達から目を
そこで、菖蒲は紫苑を見る。
「だから私は、あんたの事も何も言わないわ。だって、飛燕が連れてきたんだもの。私達は飛燕に絶対の信頼があるし、あいつがわざわざ連れてきたんだから、理由があっての事だろうしね」
「……………………私……」
どうなんだろうか。自分の能力も、自分がなぜここに来たのかも分からないのに、ハロゲンワークスの一員たる理由などあるのか、紫苑には答えられない。
「さっ。無駄話はこれくらいにして、終わったらさっさと橘の所に行くわよ」
「え……は、はい」
紫苑は急いで、最後の本と向かい合う。漸く付箋を付け終えると、2人は集めた本を持って、仕事場にもなっている家へと戻る。
太陽はすでに、頂上に差し掛かろうとしていた。
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