第3話
家の中に入ると、一つの部屋の前に案内された。この部屋こそ、家の住人達が集まって仕事を行う時に使う会議室なのだという。
「……わりー。遅くなった」
「飛燕!今までどこに行ってたのよ!今日の夕方までに終わらせる仕事があるのに、急に飛び出して行って。あんた無しで終わる仕事じゃないって分かってるでしょ!?」
いきなり
書類の束を手に持ちながら文句を言う少女に、飛燕は目をすがめる。
「…………いや、それは、悪かったけど……」
「
「
飛燕の
「それ、あとは飛燕の仕事だから。あと、そっちは新しい部品と機械の開発の依頼」
「…………りょーかい」
投げられた書類を手に取り、パラパラと中を確認し始める。そんな飛燕を横目で見ていた菖蒲は、徐に口を開いた。
「…………それで、街に何しに行ってたのよ」
「……あぁ、それはな……」
飛燕は今思い出したかのように後ろを振り向き、ちょいちょいと手をこまねく。
菖蒲が
「…………誰、その子」
急に厳しい視線で見つめられて、紫苑は思わず
「あ、…………の。私、……紫苑、です」
菖蒲は目を細める。そんな彼女の冷たい視線を
「俺さ、勝手だけど、紫苑にはここで働いてもらおうと思ってるんだ」
「……………………」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、菖蒲と橘はほぼ同時に片眉を上げ、
「……………………はあ?」
「…………いや、無理に決まってるでしょ!そんな、
「そんなの最初から決めつけんなよ。それに、…………紫苑をこのまま外へは帰せない」
「…………どういうことよ」
飛燕は紫苑をちらりと見る。紫苑は小首を
「…………飛燕は、特別な力を持っている。それを
「……………………」
横で聞いていた紫苑は、飛燕が話す内容に付いていけず、困惑していた。
なにせ紫苑は、自分が何で化け物と呼ばれていたのかも分からないのだ。飛燕の言っていた通り、自分の力で誰かを傷つけていたのかもしれない。
「……お前らだったら分かるだろ」
「……………………」
菖蒲は飛燕から目を
「……はぁー。ったく、分かったわよ。でも、彼女にやらせるのは雑用だけだからね」
「そもそも、僕らをハロゲンワークスにしたのだって飛燕なんだ。飛燕が言うなら反対なんかしないよ」
「ーーサンキュー」
飛燕は菖蒲達に礼を言うと、紫苑を
資料の束を抱えてそれと睨めっこしている赤い髪の少女が菖蒲。コンピュータを使って作業している黒髪の少年は橘。この二人は二卵性の双子だとも教えてくれた。
現在ここには四人で暮らしていて、もう一人はフリージアというらしい。今は寝室で寝ていたのだが、菖蒲が二階から起こして来てくれた。コツン、と階段を降りる
「ごめんなさい。お客さんが来ていたのに気づかなくて」
ーーーーフリージアと目が合った瞬間、紫苑、思わず息を止めた。
髪や目はクリーム色で、さらりと長い髪が腰の辺りまで伸びている。立ち振る舞いや雰囲気がまるでお城の姫君のように
紫苑と目が合った瞬間、彼女は華が咲くように微笑んだ。
彼女の長く綺麗な指先が、紫苑の頬に伸ばされる。
「会えてとっても嬉しい……ーー」
「ーーーー……」
紫苑は目を見開く。
ーーーーが、フリージアの手は紫苑に触れる事なく下へ消えた。
「………………へ?」
驚いた様子の紫苑が下を向くと、消えたと思っていた彼女の体が床に転がっている。この体勢からして、見事に階段から落ちた事が窺えた。
それを見ていた紫苑以外の人物は、もはや
「…………いや、俺、お前のその、何もない所で転べる才能を心から尊敬するよ」
「い、たた」
「あ、あの……。大丈夫ですか?」
赤くなった
「ごめんなさい。私、本当によく転ぶんだー」
そう言いながら紫苑に向かって微笑むと、彼女は手を借りて立ち上がった。礼を述べて紫苑の手を解放する。だが、瞳は紫苑を見つめたままだ。
「確か、紫苑さん……でしたよね?」
「あ……はい」
「挨拶が遅れてしまってごめんなさい。……私はフリージア。フレアって呼んでね」
……ふと、フリージアの視線が紫苑の足元に動いた。何かを見つけてか、彼女の表情が更に柔らかくなる。
「ーーーー……まぁ、可愛い」
「え……?」
紫苑はフリージアの見ている方向を確認すると、あ、と思わず声を上げた。
その生物を持ち上げて、顔を自分に近付ける。
「……付いてきたんだ」
その生物は、一見すると
形や爪、
それでも
「…………知り合い?」
飛燕の問いかけに小さく頷く。
「…………私がいた、ある洞窟に、一緒にいて……」
あの、暗くて
そこで一旦言葉を切ると、龍の毛をふわりと
「ーーーー……がいたから、あそこに居ても寂しくなかった……」
「……そっか」
そう言って紫苑に微笑み返すと、飛燕の瞳が龍に動いた。ついっと目を細め、じっと見つめる。その瞳は真剣で、何かを考えている様子だった。
「………………お前」
……一瞬、龍も飛燕を見た気がした。
だが、飛燕がそれっきり何も言わずに視線を逸らした為、誰もその視線に気付く事はなかった。
飛燕は頭を振ると、両手を叩いて皆の視線を集める。
「よし、今日はもう解散な。紫苑は……悪いけど部屋がないから、菖蒲と一緒の部屋で良いよな?」
「は、はい」
頷きながら、きゅっと龍に触れる手に力がこもる。だが、龍は飛燕によって紫苑から引き離された。
「この龍は、俺と一緒の部屋な」
「え……?」
「大丈夫。変な事しないし、紫苑もそのほうがゆっくり寝れるだろ?」
飛燕の言葉に多少の疑問は残ったものの、紫苑は複雑な心情で頷いた。
そんな紫苑の心境を読み取ってか、飛燕は何とも言えない表情になって彼女の頭をぽんと叩いた。
「ーーーーおやすみ、紫苑」
「…………おやすみ、なさい」
そう言って彼女は飛燕に背を向ける。
歩きながら、胸を押えた。
……飛燕が自分の事を『紫苑』と呼ぶ度、同時に心臓がキュッと音を立てて締めつけられる感覚がする。
何となく、懐かしくて、何となく、……寂しい。
確かに自分はこの人を知っているはずなのに、全く知らないのだ。
……忘れてる。でも、心の奥底では、覚えてる。
ーーーー私は、この優しい声を……知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます