眠りの中でも
梅雨日和
眠りの中でも
――――目を閉じると、夢を見た。とても素晴らしい夢だった。
目を覚ますと病院だった。そうだつい最近ステージⅣのガンが見つかって入院したんだった。健康だと思っていたのに、急に吐血した時は他人事だけどすごく驚いた。
「
「はい」
窓際の観葉植物の世話をしているのは、僕の彼女である未希。僕のことも、この意思があるのか分からないような植物たちと同じように見られているのだろうか。大人気なくも植物にさえ嫉妬してしまう。だからこうやって「僕の方を見て」と、声をかける。植物には到底できないだろうね。
「ねえ未希……。僕、夢を見たんだ」
「……どんな夢ですか?」
空気も動かないような、ゆったりした動きで僕の方に振り返る。ほら僕が話しかければ彼女は振り返ってくれるんだ。
「それがね、思い出せないんだ。あまりにも素晴らしい夢だったから、未希にも教えてあげたかったのにな」
彼女は「そうですか」とほほ笑んでいた。この笑顔を見ると何故か虚しくなる。自分の心に穴が開いたようになる。自分が居なくても彼女は同じような顔で、他の誰かと微笑みあうことができるのだろう。花を見て綺麗ねと笑うんだろうな。と、そう勝手に自己完結してしまうからだと思う。
「思い出したら教えてくださいね」
「うん、言われなくてもそうするつもりだったよ」
両親が昨日持ってきてくれた、赤い赤いリンゴを丁寧に剥いている彼女が異様に美しかった。
「綺麗な色なのにもったいないことをしましたね、あと半分はウサギにしましょうか?」
「そうだね、でも消化に悪いから未希が食べてくれないかな」
「わかりました、そうしますね」
僕と話すために一旦止めていた手をまた動かし、リンゴを剥くことに集中している未希。一通り剥き終わると、僕のために皮を剥き切ったリンゴを丁寧にすりおろしてくれた。すると唐突に「食べさせあいっこしませんか」と提案してきた。
「急にどうしたんだい」
「寂しがり屋の兎さんが寂しくないように。心配性な貴方が安心できるように」
最初、彼女の言葉がよくわからなかった。多分とても間抜けな顔をしていたんだろう。彼女は別の言葉で説明してくれた。
「私が思いを込めてすったリンゴを貴方が食べて、私は兎のようになった貴方の気持ちを食べます」
再度してくれた説明も、あまり僕の中ではピンとこなかった。だけど、分かったふりをしてしまう。それが僕の悪い癖だ。
「なんとなく、分かったよ」
「貴方に食べさせてもらおうなんて、非常識ですか?」
「そんなことないさ。仮にも病人だけれど、たまにはいいんじゃないかい。逆に恋人らしいことができて良かったよ」
食べたリンゴは常温で、甘かった。口の中をじわじわと刺激してきて、ごくりと飲み込めば軽い質量が胃の中に堕ちて儚く解けた。そしてそれが血液に蓄えられたように、暖かい何かが体をめぐる。
「私はこれからもこの先もずっと貴方の側にいます。たとえ、夢の中であっても」
僕のいつもより暖かくとも、人より冷たい手を、同じぐらいの体温の手で君は包む。そこから作る二人の体温は心地よかった。
「そうだ」
――――僕は、彼女の夢を見ていたんだ。
ただただ平凡な毎日を、男子高校生としての毎日を、受験生としての毎日を、未希の彼氏としての毎日を、君とただ過ごしていた。そんな今の僕には眩しすぎるくらいに輝かしい夢。
眠りの中でも 梅雨日和 @tsuyuhiyori
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