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夢ノ命

第1話 【ゆかいなアニカンたち】 


★アニカンとは、アニマル幹部連の略です★




〈2012年3月26日〉



この3月の連休、上野動物園の表門入園口は、行き交う人波であふれ返っていた。

しかし、それにも増して、空を行き交うカラスの数は、目に余るものがあった。


その夜、閉ざされた上野動物園内に、いくつもの影が素早くひらめいた。

無数の影たちが柵(さく)を乗り越えゴリラの森に飛び込んでいく。

やがて、森の中央に足を忍ばせ身を寄せ合うものたちが、円陣を組んだ。


彼らは、アニマルランドの幹部たちだった。

白フクロウがゴリラの肩にとまると、クチバシを開いた。


「まだ来てないのは、リクガメだけですな」


ゴリラの後ろには、トラとメスのライオンが控(ひか)えている。


「もうはじめちゃいましょうよ。リクガメの爺さん、日本一のろいんだから、待つだけソンソン」


ゴリラの横に座っていたケープペンギンが口をはさむ。


「そうじゃな。それはそうと、今夜はヤッコさんは見えないようだね……」


ゆっくりと全身黒毛のアイアイが、横のペンギンに目をうつす。


「長老さま、また白クマのヤツ、悪い癖がでまして困りもんですよ。北のふるさとを恋しいとか言いながら、石枕に大の字になって星を仰いでまして……感傷クマになりさがっちゃあ、クマの誇りが廃(すた)るでしょうに」


「そうかあ、今夜はたくさん星が出ているのかい? 」


ゴリラの反対側に座っていたジャイアントパンダのリンリンが、ペンギンに首を近づける。


「そりゃあ、もう、きらきらひかるう、おそらのほぉしよーてなもんですわ」


「おい! 人間の口ずさむ歌なんかやめろよ」


トラがペンギンに向かって鋭い流し目をおくる。


「いいじゃないのさ」


ペンギンが手を水平にあげて抗議する。


「よくないわ! ヘドがでる」


今度はメスのライオンがアゴをしゃくって、チラリと牙を光らせる。


「おお、こわぁー」


ペンギンが長老のそばにセカセカと避難する。


「でもさあ、僕は人間の歌も好きだよ。どんぐりころころなんて歌、最高じゃない?」


そう言いながら、パンダのリンリンがトラとライオンの側(そば)に寄っていく。手には笹の棒を持っている。


「ダメです。王子はもっと自覚をもって下さらなければ困ります。人間は我々の敵なのですよ」


「そうです。人間の歌には、俺たち動物を侮辱(ぶじょく)していることが歌われているのですぞ」


「それは、たとえばどんな歌だい? 」


リンリンは不思議そうにトラの顔を覗(のぞ)き込む。


すると、トラはグァッへンと一つ咳払いをしてから、歌いはじめた。


「あぶらはむにんは~七にんの子ォー、ひとりはノッポであとはチビ、みいんな仲良く暮らしてるぅ~」


そこまで歌ってトラはもう一度、グァッへンと咳払いをして、歌いやんだ。


「それのどこが侮辱(ぶじょく)なんだい? 」


「侮辱(ぶじょく)なんてもんじゃありません。この歌をつくった人間は、この牙で一撃にとどめをさしてやりたいくらいです。王子も王子です。もっと真剣に聞いて頂きたかった。いいですかあ」


と、トラはリンリンの耳に上から覆(おお)いかぶさるような仕草で、説明をはじめる。


「まずは、アブラハムニです。これはオレの幼なじみのメスのトラの名前です。それをアブラハムニはノッポだとかチビだとか侮辱(ぶじょく)するにもほどかあるじゃないですか。よくも人間の分際(ぶんざい)で大切なアブラハムニを侮辱(ぶじょく)できたものです」


「そうかあ、アブラハムニは君の初恋の相手なんだね」


それを聞いてペンギンがクックと笑う。


そんなペンギンをトラは物凄い形相(ぎょうそう)で、一瞥(いちべつ)する。


「王子、茶化さないでください。とにかく人間の奴なんかがつくった歌は、歌わないでください」


あまりにトラが嘆願するので、リンリンは、とりあえずうなずいた。


そこで長老のアイアイが、話の腰を折るように話しはじめた。


「皆の衆、そろそろ本題に入ろうじゃないか。皆も知っての通り、今年は上野公園の桜がいまだに咲いていない。これは実に由々しきことじゃ。皆も知っておるじゃろう。お園に伝わる伝説のことを」


「お恥ずかしい話でごわんすが、おいどんはよく知らんですたい。何しろ大昔のことでごわせんか」


話し終わり、豪快な鼻息を吐いたのは、ゴリラのジュジュである。


「言われてみれば、ジュジュの言うことはもっともなことですな。お園の伝説はあまりにも有名になりすぎたゆえに、一昔前にはずいぶん尾ひれをつけたあらぬ空想話が飛びめぐってしまった。そのために元になった伝説が、雲にまぎれてしまったのだよ。それだからワシにも分からんな。どうだろう。ここらで長老の口からお園にまつわる本当の伝説のことを聞きたいものだが……」


白フクロウの言うことに皆が同意するかのように、一斉に長老の方を見る。


「……そうじゃな。ここらで皆にもちゃんと話しておくのがいいであろうな」


そう言うと、長老のアイアイは何を思ったのかその場で跳躍し、空中でくるりと後回転してみせた。皆の気を引きつけようとする時、長老はきまってこの大技をひろうする。太くて長い尻尾の先がゆっくりと地についた時、隣にいたケープペンギンがおきまりのお世辞を飛ばす。


「よっ。お見事」



長老のアイアイが話した内容というのは、ざっとこんな感じだった。


……明治時代のことじゃ。東北の漁村に海女を生業(なりわい)とする娘がいた。


名は、大島ゆいと言った。


彼女はある日、素潜りをしていた時にふと、海底に泥まみれになった小さな船が沈んでいるのを目にした。彼女は興味に駆(か)られてそれに近づいて行った。

そばからよく眺めると、相当昔の船のようだった。ほとんど船の外形は朽ちかけている。船首と船尾の真ん中で、船は斜めに折れ曲がり、魚の死骸のように腹にポッカリ穴をあけ、内側をむき出しにしていた。


ゆいは、なんとはなしにその穴の中を覗(のぞ)く。

すると、中には泥まみれの四角い箱が見えた。

小物入れぐらいの大きさのものだった。ゆいは、それをつかむと、一気に海面を目指す。呼吸を吐き出しながら陽射しの中に顔を出した時、手にした小さな箱は桜色の輝きを放っていた。


これが伝説のはじまりじゃったのだよ。……



長老のアイアイがそこまで話し終えたその時、空がにわかに騒がしくなり、二つの影が舞い降りてきた。


「たいへんだぜ、公園内でまたホームレスの野郎がくたばりかけている」


「おいっ、カラス。口を慎(つつし)め。いま何してると思っているのだ。幹部連の会議中だぞ! 」


トラが立ち上がり、うなり声をあげる。


「かたいこと言うなよ。オレだって好きでここに来てるわけじゃあねえんだ。くたばりかけたホームレスを見かけたら知らせろって、オマエらが勝手に決めたから、きてやってるんじゃないか」


「何を! 生意気な口をきくじゃないか」


トラが思わず身を乗り出すようにして、長老の前に降り立ったカラスに身構える。


「まあ、いいではないか」


長老のアイアイがトラをさとすように指を一本立てたまま、片手をひらひらさせる。


この動作は、仲間内でケンカが起こりそうな時、仲良くしようじゃないか、という長老の意思表示を踏まえている。この合図に逆らえる動物は、今のところ、この上野動物園には存在しない。


「で、その者はどこに倒れているのじゃ? 」


長老は辺りをぐるりと見回し、その静けさにニコリと笑いながらカラスに質問する。


「ええとよう、そうそう、弁天門の前だ。ベンチの上にぶっ倒れているぜ」


「そうか、わざわざ報告ご苦労じゃったな」


「わかってくれりゃあ、いいんだ」


一羽のカラスがそう言った時、


「あんた、ちょっと生意気すぎるよ。長老さまに悪いじゃないか」


と、もう一羽のカラスがたまらず声を出した。


「いいのじゃよ。レイコ。ハルイチロウもご苦労だったな」


しきりに恐縮(きょうしゅく)するレイコと満足気のハルイチロウは、ふたたび空へ飛び立った。


長老はさっそく、行き倒れかかった人間を助けるようにゴリラに命じた。


「わかり申したでごわんす」


ゴリラはアイアイの前で胸を一つ叩くと、メスのトラを後ろに従えながら、

皆の前を横切るように森を歩いて行った。やがて、塀の前にたどり着くと、消えるように姿が見えなくなった。


この日は、これで幹部会議は中止になった。

すでに東の空が明るみを帯びだした時刻になっていた。



〈続く〉

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