「神絵師は人の心を喰らう」/絵を描く少年は神と共に悪魔を狩る。

川嶋マサヒロ

第1話「神絵師の少年」

 絵が面白いのか、えがく行為が面白いのか、それとも絵師は対象に面白みを見つけるのか?

 エンドエッティ連邦王国。芸術の都、王都エルヴァスティの庶民街中央広場は、未来の芸術家たちの溜まり場だった。

【肖像画、描きます。ペン画、ただし女性限定。五千メッツァです】

 一人の少年が長い行列を前にペンを走らせる。美人に描くと評判であった。

 フィオレンツァ・シルヴェリオは絵師を目指している。そして現在もまた自称絵師である。

 さらりと流れるプラチナブロンド。その前髪の奥には涼やかなアズライト金群青の瞳が光る。襟付の白いシャツに革のベスト。腕をまくって筆を走らせる姿は、いっぱしの絵師であった。

 中等学院三回生の十四歳で、今は夏期休暇中。高級貴族の令息でありながら庶民が集う広場でこのように小銭を稼ぎながら研鑽していた。

 順番を待つ女性と娘たちは、真剣な眼差しの少年を見つめながらある者はうっとりとし、ある二人は顔を見合わせて微笑み合う。

 最近は成長の甲斐あってか宗教画に登場する天使のよう、などと褒められることもなくなっていた。そのかわり女性に人気の美形神に喩えられるのが最近の悩みだ。

 天才ゆえに練り込まれた思考は大人を越えていて、神への例えは適切であると言えた。

 ただ本人は、そんなことにはいたって無頓着である。

 じっと雛形を見つめながら、どう描こうと考える。絵師にとって神を描くとは憧れであり、神は自分に似せて人間を作った。だから人を描く。女性ばかりなのは何かの衝動だった。

(絵はいいな。だけど初めて会ったのに、なぜ知ってる人のような気がするのかな?)

 シルヴェリオは、この娘の口元はいつも誰かを励ましているように感じた。

(そうか。この人の感情に既視感きしかんがあるんだ)

 少し赤みがさした頬は、この絵を誰かに見せる高鳴りからだろう。ペン画であるがシルヴは色の配合を考える。


「できました。どうぞ――」

 絵を差し出してお客の反応をうかがう。娘は笑顔で中ほどの銅貨一枚を差し出した。

「とても――、良いです……」

「ありがとうございました」

 相場はこの場を解放している王政によって決められている。芸術の振興と才能の発掘は、神を頂くこの世界の決まりである。

(簡単さ。人は内面の何処かに美があるから……)

 シルヴェリオはバーントシェンナ鮮明黄色に光る太陽を見上げた。黒い点がゆっくりとそこを横切っている。人の手が届かない高みを行く、神たちが住まうと言われる空中宮殿だ。

 おおよその時間を確認、そして看板を裏返す。

「今日はもうおしまいでーす。並ばないで下さーい」

「えー」

「もう?」

「ざんねーん……」

 突然の閉店宣言に、周囲のギャラリー女子たちは不満を口にした。しかし表情は明るい。美少年絵師の推したちだからだ。

「悪いですねー」

 次の客の娘が正面の椅子に座り、 シルヴは素早くペン画を仕上げる。

 人は誰しも内面に美しさと醜さを内包している。表面ににじみ出る表情、仕草など美しい部分さえ描けば、それは人にとって好かれる要素となる。それがシルヴの持論だ。

(神とて醜さと一体。しかし信仰はそれに目をつむる)

「早いなあ、シルヴ――」

 隣で暇そうにしている青年副業絵師が冷やかすように言う。

「ちょっと用事があって……」

「そうか――、さあさあ、本日の最高の一枚をお任せ下さいよー」

「俺たちだって将来有望絵師ですからね」

「そうそう。天才少年にあぶれた皆さんは、あぶれている私たちにお任せください」

 他の絵師たちはシルヴェリオのギャラリーたちにアピールした。娘たち皆が笑う。

「イレネオの絵はいまひとつなのよね」

「まだまだ精進が足りないわ。どこが有望なのよっ!」

「マウロの絵っていつも表情が硬いのよ」

 周囲で聞いていた女性客たちがはやしたてる。男性絵師たちは反論し論争が始まった。

 ここは修練の場でもある。若き絵師たちが休日にやって来て腕を競い合う。集まる客たちも絵を愛している人ばかりだ。

(絵は本当にいいなあ……)


 行列の客を全てさばき、シルヴェリオは導具をまとめて二脚の椅子をたたむ。運営管理を委託されている画材店に行き椅子を返却した。客対応していた店主の男がカウンターに戻り手続きを始める。

「シルヴ。もう帰るのか?」

「午後は用事があって、仕事です」

「へー、上手いことやりなよ」

「厄介ごとなんですよ――」

 絵の上手な天才美少年で十四歳。それがシルヴェリオのここでの立ち位置である。適当なところで仕事を切り上げ他の絵師たちにも客を流す。

「――貴族の仕事です」

「それは、それは……」

 貴族お抱えの絵師にではなく、少年絵師に頼むなど確かにいわく付きとは思ったが、店主は顔にはださない。男はシルヴェリオの才能を知っていた。


 シルヴェリオは近くの屋台で昼食の惣菜パンを買って頬張った。街並みや行き交う人々を眺めながら自らの創作意欲を刺激する。

 通りを歩きながら今日の空はどんな色か? アズライトホワイト白群青の下地に、薄いシルバーホワイト貝殻白、などと考えた。

 パンを平らげ、飲み物の屋台で甘くミルクたっぷりのお茶を買う。椅子に腰掛けこれからの予定に考えを巡らせた。

(厄介ごとかあ……。まっ、望むところだけどさ)


 大きな通りの先にそびえる塀が貴族街だ。シルヴェリオが首から下げたタグを見せ用向きを伝えると、門番は通用門ではなく大きな正門を開け放った。

 庶民の服を怪しむふうではないのは、シルヴがこの門の常連だからだ。


 仕事は父親を経由した依頼であった。フィオレンツァ・ガンドルフォ公は王政で辣腕を振るう若手高官。そしてシルヴェリオは有力貴族フィオレンツァ公爵家の第三令息で、幼少期は神童と呼ばれた絵画の天才だった。今は神絵師を目指しているただの少年だった。

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