本音
クラクフの居城、その王座の間に座る男は冷たい目で俺を見つめる。
名はヘンリク2世と言うらしい。彼は頬づえをつきながら重々しく口を開いた。
「貴様がアキラというタタールからの亡命貴族か」
「はっ!今回はお忙しい中、突然の来訪お許しいただけたこと、誠に嬉しく思います。我が殿下」
「うむ、おかげでここに居る全員が朝食を食い損ねた。その損失に見合う時間になる事を切に願う」
ヘンリク2世の言葉に張りつめていた空気が一瞬だけ和んだような気がした。すぐ右側にいる宰相と思わしき人物は苦笑いを浮かべていた。
へぇ……なんか思ってたのと違ったわ。この国のナンバーワン、それもポラン王国国王の継承第一位なんて聞いたから、もっと偉そうで、堅苦しいかと思ってたのに。
「でしたら皆さんお腹も空いているでしょうから、用意していた前置きはやめときましょう。閣下、私の召喚する馬型モンスター2万騎をお借りしませんか?殿下に至っては特別に破格のお値段でお貸しいたします」
「……ほう?いくらだ」
食いついた!俺は内心ガッツポーズする。これは興味あり寄りのありだ!
「一頭で毎月1ペニーでございます」
俺の言葉にヘンリク2世の目が軽く見開いた。第一の貴族として教育を受けたであろうヘンリク2世も、予想外の値段に流石に驚いたようだ。周りの宮廷貴族たちの話し声も急に大きくなる。今この場に居るにいるすべての人間が我を忘れ、損得勘定を働かせていた。金の話しに何人とか、身分など関係ないのは人類史が証明している。利にさとい宮廷貴族となればなおのこと。隣の宰相や明らかに軍人のお偉いさんみたいな人は、目をひんむいてほぼ卒倒しかけてるし。
そうだよねぇ。普通なら一頭5000ペニー必要な馬が、毎月たった銀貨一枚で使用できるんだから。それも俺が召喚するのはただの馬じゃない。
「御用商人から噂には聞いていた。なんでも公国北部の村には一日で1000キロメートルも走れる馬を使役する魔法使いがいると……お前だったのか」
「はい我が殿下。ですか少々違います」
「ほう、なにがだ」
俺のもったいぶる言い方にヘンリク2世は興味ありげに顎を触った。
「私が召喚した馬は軍馬という名のモンスターです。普通の馬ではありません。そして軍馬は時速100kmを24時間維持しながら走り続けることが出来ます」
俺の言葉にまたどよめきが走った。信じられないよね。
でも証人はいくらでもいるぜ?
「それほどなのか?ユゼフ、我が騎士団の馬はいかようか」
公爵の問いにほぼ限界を迎えていた軍人らしき男は近くの部下に支えられながら、喉を絞るように質問に答える。
「……一時間で70キロメートルは進む速度であります……ただその速さは10分も持ちません。その5分の一程度の速さなら、途中で休憩を挟んで一日で100キロメートルでありましょうか。ただ歩兵や補給部隊と共に隊列を組んで移動となればその半分でも早い方です」
「うむ……まぁそれはこの軍馬なるものを使っても同じであろう。ただその半分でも十分すぎるが」
「殿下、いかがいたしますか?」
天井を見つめながらなにやら考えにふけっている公爵に、宰相は早く決断するよう促し始めた。
「そう急かすな宰相……おいアキラよまだお主の話しは終わってないだろう?」
ニコラス2世はにやりと笑いながら俺の心を見透かしてるような言い方をする。
「はい殿下。日々タタールの脅威に怯える閣下に、お安く馬を貸す代わりに頂きたいものがございます」
俺の発言に宮廷貴族の中からは「無礼者め!」という声が飛び交った。
ヘンリク2世の瞳からも熱が消えていく。
「ほう?我が怯えていると?」
「えぇそうでございましょう。でしたら見るからに怪しい私にお会いになるはずがない。それも朝食を我慢してまで」
「ふむ…続けよ」
「簡単な話でございます。タタール軍によるスラブ諸国連合の壊滅の報せが入った今、次に狙われるのはこの国。だがあいにくこの国は各貴族が私利私欲に走り分裂状態であります。5年前の統一戦争でも諸侯は殿下の力の強大化を恐れ兵を出さなかった。これでは到底タタール軍には抵抗できますまい。ですがそんな時に、なんとタタールの召喚士が強力な馬を引き連れ公都にやってきたではありませんか。話に聞く性能であれば、強力な騎馬隊を作り、王国を統一できるかもしれない。えぇ可能でしょう。私の馬のスピードでしたら理論上、各騎兵で散兵集合を繰り返し、うろたえる敵を各個撃破することも可能になりますから」
そこまで俺の話を聞いて、ニコラス二世は天井を眺めながら顎を擦る。
「ふむ……分からんな」
「何がでしょうか」
「それほど自分が召喚する馬に自身があるのなら、なぜお前自身が使わない。北のトルンやビドゴシュチでもけしかければお前がこの国を統一できるはずだ。それをなぜ態々我のところに持ってきた?それも銀貨一枚で貸し与えるなど、なにが目的だ?正直に言え」
そりゃ普通そうなるよね。怪しすぎるし。
まぁもともと言うつもりだったけど、聞いてくれるのなら答えて進ぜようぞ。
「確かにその選択肢はありました。ですがそれは私の望むところではありません」
「なぜだ?」
「……私は元はタタール人に侵略され服属していた部族の王子でした。ですが私の力を私物化しようとした皇帝陛下と私は対立し、陛下は私を殺そうとしました。私は国への愛想が尽きはて、放浪の末にこの国に流れ着いた。身寄りのない、それも異教徒の蛮族をこの国は暖かく受け入れてくれました……私にとってこの国は第二の故郷なのです。私がこの国の王座を手に入れようと大義無き争いとなれば、諸侯は落としどころを失い、争いは泥沼となるでしょう。そうなれば国は疲弊し、周辺国家の介入を招きます。タタールがわざわざ手に掛けぬともこの国は滅びましょう。私は二度も故郷が滅ぶのを見たくはないのです!我が国王陛下!どうか私に怨敵を滅ぼす力をお渡しください!!」
俺の国王陛下という言葉にヘンリク二世の眉がピクリと動いた。
「………ふむ…その心は?」
俺は地面に片膝をつけながらヘンリク2世の瞳をじっとみつめた。
「私にこの国の宰相と元帥の地位を」
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