第4話:姉妹は仲良くしてほしい

 ただでさえ広い屋敷には、今も使われていない空き部屋はいくつもある。


 六畳半の和室で、そこまで広い方ではないのはあくまで客間であるからで。

 だがそれでも一人で利用する分にはまったく問題はなし。

 一カ月間という期限だから永住するわけでもないので、彼女との手荷物から考慮すれば十分すぎると断言できよう。


 問題は、肝心のその荷物だがいったい二人は何を持ってきたのだろう。


 打刀を除けば比較的少なめの部類に入るカエデと、対照的にドラムバックには何をそんなにごちゃごちゃと入れてあるのか――ぱんぱんになって明らかに重々しい雰囲気をかもし出すフィオナの荷物に、龍彦は不思議でならなかった。



「――え、え~と。とりあえずカエデ……さんはこっちの空き部屋を使ってくれれば。フィオナ……さんはその隣の――」

「ちょっとちょっと龍彦ちゃん!」と、何故か頬をむっとしたフィオナ。



 不機嫌さを露わにしているのは明確で、しかし原因がわからない龍彦は小首をひねるしかない。


 ――部屋の感じが嫌だったりするのか?


 もしそうだとすれば、この屋敷ではどうすることもできない。

 年代にわたってリフォームこそしてきた屋敷ではあるが、基本的な部分はほぼ変わっていない。


 カエデとフィオナ、この二人は歴とした異世界人である。

 カエデの方はともかくとして、フィオナの出で立ちから察するに和式とはかけ離れた生活を送ってきたのはまず違いなかろう。


 気持ちはわからなくもない、今までずっと洋式で暮らしてきた人間がある日突然和式の生活を強要されれば、息苦しくて落ち着かないものも十分に頷ける。


 それでも、無理なものは無理だった。祓御の屋敷に洋式の部屋は一切整っていない。



「あの、大変、申し訳ないんだけど見ての通りここは昔ながらの日本家屋でして、だからその――」

「もう、違うわよ龍彦ちゃん!」

「へ?」



 ――部屋のことで不機嫌なんじゃないのか?


 だとしたら、もう龍彦にはお手上げである。

 そうとばかりと思っていて、他の可能性は一切考察していなかった。

 他にどんなことで怒る要因となったのか。

 あれこれ思考を巡らせてみるもやはり、納得のいく回答が出ない。

 そんな龍彦を見かねて、フィオナが溜息混じりに静かに口を切る。



「私達はもう家族なのよ? だからそんな他人行儀な呼び方はしないでちょうだい。じゃないとお姉ちゃん悲しいわ」

「えっ!? そ、そっちで怒ってたんですか!?」

「そうよ! 龍彦ちゃんだって家族なのによそよそしく接されたら嫌でしょ?」



 言い分については至極正論だ。それは龍彦としても素直に認めるところであり、だが今日はじめて顔を合わせたばかりの相手を家族として接するのは、かなり難しいと言わざるを得ない。


 まず当然ながら他人としての認識が根底に強くあるので、いきなりは不可能だ。

 長期間を目途に少しずつ慣れていくしか方法はなかろう。

 そういう意味では、カエデとフィオナはよく顔も知らなかった相手を兄、もしくは弟として接することができるものだ。龍彦はそう感心してしまった。



「で、ですけどいきなりですし……やっぱりなかなか気が進まないと言うかその……」

「兄上様は……わたくし達と一緒にいるのが嫌ですか?」

「いやいやいや! そう言う意味じゃなくてだな……なんて言えばいいか……」



 ――カエデの方はいいんだよ、妹だし。

 ――年下として振る舞えばいいから。

 ――ただ、フィオナさんの方はなぁ……。

 ――この歳になっていきなり、お姉ちゃ~ん、ていうのもなかなか恥ずかしすぎるだろ。

 ――お姉さまとか、姉上様とかならまだマシか……?


 もっと幼い頃に出会っていたならば、きっとなんの違和感も羞恥心もなく、寧ろ新しい家族ができたと舞い上がっていただろう。



「とにかく! 龍彦ちゃんは私の大事な弟なんだから、これからちゃんとお姉ちゃんっていうこと。わかった?」

「うぐ……」

「お姉さまとか姉上様とか、そんな堅苦しい呼び方は駄目よ? お・ね・え・ちゃ・ん――フィオナお姉ちゃんって呼ばないと……」



 腰のホルスターに納められていた大型リボルバーが、まるで居合のようだ。

 電光石火の速さで抜銃されたと認識した時には既に、無慈悲にして冷たい銃口は心臓をとんと捉えていた。



「弾は入ってないわよ」と、フィオナ。



 自動式拳銃オートマチックと違って、シリンダーを見やれば弾があるかないかはすぐにわかる。


 フィオナの言う通り弾倉の方には一発も弾は入っていない、がそれでも拳銃を突きつけられている、この事実は覆しようがない。


 狙って引き金を引く、たったこれだけの動作で命を簡単に奪えてしまう。

 それが銃の恐ろしいところだ。弾がないとわかっていても恐怖はある。



「お姉ちゃんって呼んでくれるまでハートに何度も撃ち続けるわ」



 それはどっちの意味でだ!? にこりと微笑む姿はとてもきれいなのに、発言が物騒極まりないから龍彦は顔を酷く強張らせた。



「ごほん……兄上様。わたくしも他人行儀に接されるのはその、心苦しいものがあります。ゆっくりで構いませんので、まずはわたくしのことを普通にカエデ、とそう呼んでいただけないでしょうか? あぁ、そこにいる姉もどきのようにわたくしはがっついたりしませんので、その辺りはどうかご安心を」

「はぁ? 誰ががっついてるって? 年下のくせに随分と生意気じゃない? 仮にもアタシの妹なんだから、お姉さまはきちんと敬いなさい」

「敬う、というのは相手にそうしたいと思えるだけの学びや魅力があってはじめて成立する言葉です。今のあなたのどこに敬える要素があるのでしょうか。無知なるわたくしにどうかご教示願えますか?」

「言ってくれるじゃない……このちんちくりん」

「いえいえ、姉もどき様ほどでは……」



 姉妹仲が最悪なのは承知済みだ。

 鋭利な殺気まで飛ばし合う始末に、龍彦はどうすればよいかと右往左往することしかできない。


 頼みの綱であった父はもうとっくにいないし、であれば必然的にこの危機的状況を鎮圧できるのは龍彦一人のみ。


 俺がやるしかないのか!? カエデとフィオナ、両者の実力は定かではないが強者であることには違いなく。

 よって仲裁できる自信なぞこれっぽっちもないが、やるしかない。龍彦は腹を括った。



「しつけのなってない妹を嗜めるのも姉の務めよね」

「愚行を犯す姉を咎めるのも妹の務めです」

「そ、そこまでだカ、カエデ! フィオナお、お、お姉ちゃん!」

「なっ! あ、兄上様……!?」「い、今……龍彦ちゃん!」

「お、親父も姉妹は仲良くしろって言ってたし、そ、それに俺もそ、そう思うから……」



 もはや最後の方は消え入りそうな声で周囲にはきっと聞き取れまい。

 それでも言うべきことは言った。

 妙な達成感と満足感が心の内を満たし、龍彦の顔にも自然と笑みが浮かび上がる。


 問題は今ので二人が制止できたか否か。

 殺気は、嘘のように消失してざわついていた空気も穏やかさを取り戻す。

 当の姉妹はというと、何故か頬を赤らめている。

 フィオナに至っては涙まで流す始末だから、龍彦も動揺を顔に隠せなかった。



「そうよ龍彦ちゃん! アタシがお姉ちゃんだからね!」

「わ、わたくしは兄上様の妹です!」

「わ、わかってるよ。そ、その……まだすぐには慣れないとは思うけど、俺の方も頑張って努力してみるから……」

「えぇ、それじゃあ早速お姉ちゃんのことをわかってもらうために、今日は一緒にお風呂入りましょっか?」

「はぁっ!?」

「そ、それでしたら兄上様わたくしと一緒に入りましょう!」

「ちょいと待てい!」



 ――色々とそれはヤバすぎだろ!

 ――この歳で一緒に風呂入るとか、色々と終わるわ!


 羞恥心や倫理観の欠片が恐ろしいぐらいないのも、異世界人特有の常識故か。

 いずれにしても彼女らの提案を龍彦が承諾するはずもなく。

 断固として拒否する意志を示した際に生じた猛烈なブーイングは、嘘のように息がぴったりだった。

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