ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定

本編

 ヒロインがいない。

 もう一度言おう。ヒロインがいない!!

 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になる。


「汝、ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンはリリアンヌ・コルトハードを妻とし生涯愛すると誓いますか?」

「誓います」

(この大嘘つき。誓うなんてどの口で言うんだか)


 ヒロインがいなくてもこの男は女遊びばかりしていて、婚約者である私を蔑ろにしているくせに。まあ、それでも私がお飾りの王妃になるのに、こちらの条件を呑んで貰ったから別にいいけれど。

 王族専用図書室へ自由に出入り。

 王妃として最低限の政務。

 何不自由ない生活を約束する。

 王太子からの一方的な離縁はできない。

 夜の営みの全拒否。

 側室を設けるのは構わないが王妃は私であること。また私が死んでも生涯王妃の座は変わらないこと。これらを書面に起こして私とブルーノ、両親と国王陛下王妃にも署名してもらい約束させた。


 元々恋愛や結婚に憧れもなかったので一生独身でも良かったのだが、条件付きの政略結婚なら悪くもないと妥協したのだ。シナリオ展開とは大きく変わってしまったが、もしかしたらブルーノルートじゃなかっただけなのかもしれない。まあ、ヒロインの姿は影も形もなかったので、悪役令嬢というレッテルを貼られることはなかったのだけれど。


(今日は帰ったら『ひねくれ王女とヘタレ騎士の契約事情』シリーズを読まなきゃ。カモミールに蜂蜜を淹れてもらって……)

「リリアンヌ・コルトハードはブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンを夫とし、生涯愛すること誓いますか?」

「(ああ、面倒だからさっさと終わらせないと)ちか――」

「ちょっとまったああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 大聖堂の扉を蹴り破って突貫してきたのは埃まみれの美女だった。オレンジ色の長い髪に、若草色の瞳。純白の埃まみれのドレス、華奢な体で「守ってあげなきゃ」というか弱いヒロインなはずだが、ドアを蹴り飛ばしている段階でキャラ設定がすでにバグっている。設定を何処に置いてきた。


 静寂な大聖堂内が一瞬でざわめき、カツカツとヒールの音が近づいてくる。

 衛兵たちがやんわり止めようとするが、彼女は止まらず祭壇までずんずんと駆け上がってきた。般若顔なのだけれど、本当にヒロインなのだろうか。


(ヒロイン、実在していたんだ。一度も見たことがなかったのだけど……。というか結婚式に不倫相手が乗り込んでくる――とかドラマでしか見たことなかったけど、まさかこの世界で起こるなんて……)

「よくも、私を物置小屋に閉じ込めてくれたわね!?」

「ん?」

「ん? じゃないわよ! 何度も何度も私とブルーノ様との逢瀬を邪魔して――」

「キャロル、無事だったか。来てくれると信じていたよ」

「ブルーノ様ぁあ」

「(般若顔が一瞬で乙女顔に。変わり身早っ)ええっと、ブルーノ殿下、彼女は?」


 できるだけ笑顔を繕いつつ、低い声で問いかける。

 金髪碧眼の美しい顔のブルーノ殿下は頬に汗を掻いており、私と目を合わせようとしない。ああ、ヒロインがここに来ることを彼は期待していたのだろう。


「す、すまない。リリアンヌ、君との結婚は白紙に戻してくれないだろうか」

(うわあぁ……この男に関しては、まったくもってどうでもいいけれど、そうなると私の読書生活が……ん?)


 ふいに凄まじい殺気が生じたので振り返ると、両親と兄様がこちらを睨んでいる。「わあぁ、ヒロインよりも恐ろしい般若顔……」と現実逃避している場合ではない。両親と兄様ともに文官で知的かつ常識人なのだが、私のことになると何かのスイッチが入るのか過剰反応をする。


 父方祖父が脳筋気質だったのと、母方の実家が騎士の家系なので「血が騒ぐ」のかもしれない。すでに母様なんか扇子の代わりにクナイとか握っているし、兄様と父様にいたってはモーニングスターと巨大な手甲ガントレットを手にしていた。

 というかどこからそんな物を出したのだろう。

 隣にいる王族――ブルーノの父であり国王と王妃様は対照的に、にこにこと微笑んで手を振っている。この人たち、状況分かっているのだろうか。いや豪胆さはさすが王族と言うべきか。


「(まあ、いいわ。この際暢気に手を振っている陛下を巻き込んで早々に決着を付けましょう)……私は結婚を破棄しても構いませんが、国王陛下と王妃様の承諾はとったのでしょうか?」

「そ、それは……」


 その言葉にブルーノは凍り付いた。

 キャロルは状況が分かっていないようだが、私を設定通り悪役令嬢に仕立てたいのだろう。「嫌がらせを受けた」とか、「殺されかけて学院に登校できなかった」とか色々言っているが全く身に覚えがない。それでも罵詈雑言の限りを尽くして、この場で私を貶めようとしていた。


 彼女的には大衆の前で演説したのち、この場にいる全員が拍手喝采で支持してくれると本気で思っているのだろう。

 しかし残念ながらそんなでまかせに信じるような人たちはここにいない。なぜならここにいる。もしそれを事前に知った上で演説したのなら勇者だと言えるだろう。


「――って、あれ? どうして誰も私の声に続いてくれないの?」

「いや身内しか呼んでいない結婚式で、身内の悪口言って誰が貴女に味方するのよ?」

「え」


 キャロルとブルーノに鋭い視線と殺意が向けられる。二人とも脳内お花畑のようだが、周囲の視線を感じ取れるだけの理性は残っていたようだ。

 結婚式をぶち壊した非常識な令嬢としてキャロルを非難する視線に、彼女は旗色が悪くなったと気づき顔が青ざめる。

 ヒロイン補正などこの世界では適用されないのだと実感してくれただろうか。


「そんなことシナリオ設定になかった。断罪イベントが間に合わなかったけどなんとかなるって思っていたのに……」

「リリアンヌ、この場は結婚はせずにだな、ええっと、だから――」

「好きな者と結ばれるために王位を俺に譲って平民になる――そうだろう、従弟殿じゅうていどの

「なっ、お前がなんで!」

(あ、彼は……)


 新たに大聖堂に足を踏み入れたのは、このゲームのラスボス役のクラーク殿下だ。魔導の道を突き進み闇落ちした――設定だったはずだが、この世界では魔導研究室長の地位に就いていたはず。

 長い金髪に緋色の瞳、すらりとしているが体つきはたくましく白のタキシードに身を包んでいた。「なぜにタキシード?」と私の頭にクエッションマークが浮かび上がる。

 ラスボス役のクラーク殿下とは、初対面なはずなのだが。


「伯父上、こうなった以上よろしいですよね」

「誠に遺憾ながらクラークの予想した展開になったようだ」


 穏やかな口調だがよく通る声で国王陛下は口を開いた。にこにこと微笑んでいるが、その目は全くもって笑っていない。むしろ怖いほど冷淡に愚息ブルーノを見ていた。


「ひっ」

「まったく、我が息子ながら情けない。その娘と結婚をするのを認めると同時に王太子の座を降りて貰おう」

「ち、父上! それはあまりにも……!」

「リリアンヌ嬢の条件を呑んで国のためによい王であろうと決意してくれたと期待していたが、残念だ。現時点をもってブルーノを王太子の任を解き、代わりにクラークを王太子に任じ、リリアンヌ嬢との婚約を認める」

(えええええええええええええええええええええええええええ!?)

「そ、そんな!」

「それじゃあ私が王妃になれないじゃない!」

「国王様、そんな急に……」


 キャロルとブルーノに援護する気は無いが、勝手に婚約相手を変えられるのはまず――。うん、まずくないな。

 条件さえ呑んでくれれば悠々自適の読書生活が待っている。

 私は素早く頭を切り替えた。


「承知しました、国王陛下。その婚約変更を受け入れます」

「うん、よかった。聡明なリリアンヌ嬢なら受け入れてくれると思ったよ」

「ちょ、え、リリアンヌ。父上を説得してくれ!」

「そうよ」

(なんで私が?)

「話は終わった。衛兵、そこの二人をつまみ出せ」

「ハッ!」


 今まで待機していた衛兵たちが、あっという間にブルーノとキャロルを捕縛して大聖堂の外へと連れ出した。最後まで二人とも喚いていたが、ご愁傷様である。


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