10話:【劫火】と呼ばれる勇者

 翌朝。フェイド達はドラゴンに乗って要塞を後にした。

 数日かけて来た道のりをわずか数時間足らずで移動していた。ドラゴンの移動速度は速く、アゼッタのみならず兵士達も驚いていた。

 風の影響だが、そこは魔法を展開しているので影響はさほど受けていない。

 陽が天高く昇った頃、遠方で煙が上がっているのを目視で確認できた。


「あそこだ」


視線の先には目指している中央の戦線が見えている。アゼッタも言われて見ると、戦っている様子が目に入った。

連合軍を相手に魔王軍が押されていた。

 さらに近づくと、二人の人物が一人の魔族と戦っていた。一人は爆炎を操り、もう一人は閃光のような剣を扱う。そんな二人の勇者を相手していたのがハウザーであった。

 体には切り傷や火傷の痕が多く、勇者二人を相手に持ち堪えていた。だが、それも時間の問題といえた。

 だがそれよりも、そんなことよりも。


「グレイ……」


フェイドから濃密な殺気が敵である連合軍と、勇者グレイに向けて放たれた。

 一方戦場では、迫るドラゴンを見て動きが止まった。

 それらは強大な魔力と力を有するドラゴンであり、それらが群れを成してやってきたことに驚きを隠せないでいた。


「ドラゴンが群れているだと⁉」


 グレイの呟きに、ハウザーが笑みを浮かべた。


「これも魔王軍の手勢か」

「まさかドラゴンの軍勢を隠し持っていたとは厄介だな」


 レイとグレイは迫るドラゴンを見て目を細めた。

 ドラゴンと戦えば大きな犠牲が出る――と。

 現時点で最も優先すべきなのは、目の前の八魔将ハウザーを倒すこと。レイとグレイの目が合い頷いた。

 お互いに思っていることは同じだった。

 ただ、追い詰められているはずのハウザーがどうして笑みを浮かべているのかが不思議だった。

 でも関係ない。


「――ここでお前を倒す!」


 グレイの炎が噴き上がり、レイの魔力が研ぎ澄まされていく。

 今まさに、二人が駆け出そうとして――濃密な殺気が戦場に降り注いだ。


「「――ッ⁉」」


 思わず足を止めて振り返った。

 そこには一際大きな黒銀色のドラゴンがおり、そこに乗っている者から殺気が放たれていた。


「なんつー殺気を放ちやがる……」

「同感だ。まるで死神の鎌が首筋に当てられている気分だ」


 ドラゴンから、今もなお殺気を放っている漆黒の者が勇者とハウザーの間へと降り立った。

 表情はフードを深く被っていることで分からない。


「何者だ。まさか八魔将か?」


 ここでさらに八魔将が参戦となれば、厳しい戦いになると言えた。

 連合軍は今作戦で中央を突破するつもりでいたのだ。

 そして、レイが漆黒の者を見て驚いた様子をしていた。


「その気配、まさか人間か?」

「はぁ? 人間がどうして魔族の味方してるんだよ。そんなの裏切り者だろ」


 辺り一面が殺気に包まれる。誰もが動けないでいた。連合軍も魔王軍も、勇者もハウザーですら動けなかった。

 そんな中、勇者にゆっくり歩み寄る漆黒の者が口を開いた。


「グレイ。まさか俺のことを忘れたとは言わないよな?」

「か、顔も見えないんだ。分かるわけがないだろう!」


 グレイが怒鳴るも、隣のレイは冷静になっていた。それでもこの濃密な殺気の中では一歩も動けないでいた。

 レイは、グレイが過去に何かやらかしたのではないのかと推測していた。


「お前はすぐに人の顔を忘れそうだからな。覚えているわけもないか」

「――なっ!?」


 侮辱されたことでグレイの顔が憤怒で真っ赤に染まる。気付けば殺気も収まっており、動けることを確認したグレイは剣を強く握って男へと駆け出した。

 レイの勘が「あの男は危険だ」と判断して、グレイに静止の声をかける。


「グレイ、待て!」

「うるせぇ! コイツは俺を馬鹿にしたんだぞ!」

「だから待てと言っている! コイツは何かおかしい!」


 勇者を前に動じず、さらには辺り一帯にまで影響が及ぶ濃密な殺気。

 この殺気だけで連合軍の兵士は数百が死んでいたことにレイは気付いていた。


「死んでおけ!」


 男へと肉薄し、炎を纏った剣が振るわれる。男は迫る炎の剣を紙一重で回避して、どこからともなく作り出した漆黒の剣で弾き飛ばした。


「ぐっ!」


 吹き飛ばされるも空中で体勢を立て直してレイの真横に着地して男を睨みつけた。


「落ち着けよ、勇者」


 レイはグレイの攻撃を軽くあしらった男を警戒する。当初は魔法士だと思っていたが、グレイの攻撃を軽くあしらった動きを見て、ただの人間ではないことを確信する。

 自分達と同じ強力な祝福ギフトを有していると。

 だが、と思う。

 勇者は加護を受けており、さらに強いと。


「グレイ――いや。お前勇者は俺の顔を忘れたとは言わせねぇぞ」


 そうして男はフードを取った。


「お、お前は!」


 真っ先に反応したのはグレイだった。

 それも当然だ。あの時殺そうとして逃げられたのだから忘れもしなかった。


「フェイドか」

「よお。復讐しに来てやった」


 フェイドの口元が弧を描くのだった。

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