8話:勇者への復讐Ⅲ
フェイドは残った指令の男に顔を向けた。
「お前は誰だ?」
「私はミスレア王国軍の将軍の一人、マルドである。この場で貴様を捕縛する」
「そうか。なら用はないから死んでおけ」
「なっ⁉ 貴様!」
マルドは持っていた剣の切っ先をフェイドへと向け、顔を真っ赤にさせていた。
フェイドは元から、文字通りの殲滅をするつもりでいた。よって、将軍であるマルドも殺す対象の一人にすぎないのだ。
徐に片手を挙げると、そこに漆黒の槍が現れる。
フェイドは上げていた腕を振り下ろすと、マルドに向けて漆黒の槍が放たれた。
「その程度!」
受け流そうとしたが、それは敵わずに剣身が粉々に砕け散った。
「なっ⁉ ――ごふっ」
漆黒の槍がマルドの胸を貫いていた。大量の血が流れだしており、マルドは地面に膝を突いてゆっくりと倒れて息を引き取った。
イレーナは死んだマルドには目もくれず、フェイドのことをジッと見据えていた。
「将軍が死んだのに見向きもしないとは、それでも勇者か? 仲間の死を悲しまないのか?」
「悲しむと思っているの?」
「そうは思えないな」
イレーナの表情を見てフェイドは悲しんでいるとは思えなかった。
「私はね、仲間の死なんてどうでもいいのよ」
そう言ってイレーナは微笑む。
「私は人の苦痛に歪んだ顔を見るのがとても楽しいの」
「狂っているな」
「あなたに言われたくないわ」
「俺をこうしたのは、お前ら勇者と国のせいだ」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ」
どうでもいいと言われたことで、フェイドの眉が僅かにだがピクリと反応する。
他者にとってはどうでもいいことであっても、フェイドにとってはどうでもよくないのだ。
「つまり、俺の復讐はどうでもいいと?」
「ええ。だって私には関係ないわ」
関係ないと言うが、フェイドを殺そうとした勇者の一員である。
「そうか。随分と余裕な態度だが逃げれると思っているのか?」
「あなたはこれだけのドラゴンを召喚し、さらには黒い兵も操っている。もう魔力も残っていないんじゃないかしら? マルドを殺した先ほどの魔法で残りも僅かなはず。それにあなたは近接戦が得意じゃないようで」
先ほどの戦闘でフェイドは近接戦の一切を行っていない。
それに加え、イレーナは魔法を主軸とした戦闘を行うが剣が扱えないわけではない。
故に勝てると判断していた。
イレーナにとって一番の問題はフェイドではない。
(倒したとしても、問題は八魔将ね……)
チラッと見る限りではこちらに手を出そうとはしていない。
むしろ、戦いたいけどフェイドがそれをさせていないようにも思えた。
実際、アゼッタは勇者であるイレーナを前にして戦いたくても、フェイドに何かを言われるのではないかと思って手を出していなかった。
微笑むイレーナは魔法で氷の剣を作り出し、フェイドに詰め寄って斬りかかった。
あと少しでフェイドを斬れると思ったところでキンッと防がれた。
「近接戦が得意じゃないと思っているなら大間違いだ」
イレーナは思わず目を見開いた。
フェイドの手には漆黒の剣が握られており、魔力の密度もかなりある。
「なっ――ぐっ⁉」
弾き返されたことでイレーナは後ろに飛ばされ、空中で体勢を立て直して着地した。
剣を鎌えてフェイドを見ようと顔を上げ――目の前に剣が迫っていた。
防ごうとしたが、振るわれた漆黒の剣は氷の剣を綺麗に切断した。そのまま迫る剣を前に、イレーナは後ろに飛んで回避したが鮮血が舞った。
「――くっ」
着地したイレーナは痛みで苦痛な表情を浮かべ傷を見る。幸いにも脇腹を掠めただけのようで戦闘の続行は可能であった。
そこからフェイドによる一方的な攻撃が行われ、イレーナの体に傷が増えていく。
魔法で対抗しようにもすべてが無効化され、体に傷ができる。
しばらくしてそこに立っていたのは、傷だらけで至る所から血を流しているイレーナの姿があった。
「くっ、まさか楽しんでいるの?」
「そうだが? お前が殺すときのように、じっくりと嬲り殺すつもりだ」
「ヒィッ……」
向けられた笑みとは裏腹に、向けられた濃密な殺気に小さな悲鳴が漏れ出る。
尻もちを着いて後ずさる。
「こ、来ないで! あっちに行きなさい!」
「トドメを刺してもいいが、それじゃあ俺の復讐にならない。恐怖と絶望をその身をもって知るといい」
イレーナの爪を剥がして皮膚を剥ぎ、殺さない程度に焼いて痛みを増幅させる。
それを直して何度も繰り返す。
それらを見て、アゼッタは「こんなにも残酷なことができるのか」と思わず目を背けてしまった。
しばらくすると、そこには抵抗の意思すらなくなり「すみません」と何度も繰り返すイレーナの姿があった。
イレーナの髪を掴み上げて視線を合わせる。
「ヒィッ……ご、ごめんなさい! もう許して! 二度とあなたの前には現れない! それに勇者も辞めるわ! それに誰も殺さない! だから――」
許して。そう言葉を続けようとして、向けられたフェイドの目を見て言葉を飲んだ。
向けられた瞳の奥には、消えることのない憎悪が渦巻いていた。
濃密な殺気がイレーナに向けられる。
「お前は許してと言った者をどうした? 殺しただろう?」
イレーナは悟ってしまった。
この男には、自分を生かすという選択はないんだと。ならば早くこの苦しみから抜け出そうと懇願する。
「……して。私を殺して」
「――まだだ」
「……え?」
フェイドの口元には笑みが浮かんでいた。
「お前にはもっと苦しんでもらおう」
「そんな……」
そしてイレーナの絶望と苦痛は続き、最後には何もしゃべらなくなった。
「つまらん」
剣を振るいその首を落としたことで、イレーナは死ぬのだった。
死体は闇へと引きずり込まれ、闇の軍勢へと加えられた。
アゼッタはフェイドに告げる。
「今の気分はどうです?」
「少しだけ、気分が和らいだ。だけど復讐は終わっていない。帰るぞ」
ドラゴンに乗り、フェイド達は要塞へと戻るのだった。
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