4話:支配者のギフト

 フェイドは少女を見やり、そして視線を黒龍へと戻す。

 黒龍から放たれる威圧が肌をピリピリと刺激し、格上だということを本能的に理解させられる。

 黒龍はフェイドを睨みつけるが、その視線は心すらも見通していると言わんばかりの眼をしていた。

 黒龍はフェイドを見て問う。


『見たところ人間のようだが、どうしてそこの魔族を、それも魔王である小娘を庇う?』


 黒龍の言うことは正しい。

 人間と魔族は遥か昔から敵対してきており、それは数千年の歴史が証明している事実だ。

 ではなぜフェイドは魔族である少女を助けたのか。

 フェイドは気圧されることもなく、一歩前に踏み出して答えた。


「俺からしてみれば人間は醜い生き物だ。脅威を倒すために強者を集め、その強者が後々危険かもしれないとなれば殺す。信じていたのに裏切られ、全てを奪われたこの感情、お前は理解できるか?」

『知らぬな。我からしてみれば、弱いから死んだだけのこと』

「そうだよな。お前には理解できない感情だよな」


 フェイドの体から魔力が溢れ出して周囲の空間歪める。それほどまでに濃密な魔力で、後ろにいる魔王エリシア・スカーレッドはその圧倒的な魔力量に身震いする。


(なっ、私以上の魔力だと⁉ いくら私が魔王だからといっても、これほどの魔力は持っていない。本当に何者なのだ? もしかして八人目の勇者?)


 報告からも、このような存在がいると聞かされてはいなかった。

 色々と考察するも答えは見つからない。

 敵なのか味方なのか。それすらも怪しいが、助けてくれたので今は敵ではないということだ。

 振り返ったフェイドは少女に尋ねる。


「こいつ、俺が貰ってもいいか?」

「え? もらう? もしかして、倒すとでも言う気⁉ 相手は黒龍で、いくらあなたが強くても倒すことなんてできない!」

「どうだろうか。試したことがないからわからないな」

『我をどうするだと? もう一度言ってみろ、人間』


 フェイドは睥睨する黒龍の眼を真っ直ぐに見て、再び告げた。


「龍種ってのは耳が遠いんだな。だからもう一度言ってやる。――お前を殺す」


 殺気がフェイドへと向けられるが、物理的な圧力となって圧し掛かる。

 足元の地面が蜘蛛の巣状にひび割れるが、フェイドは苦しそうな表情を見せてはおらず心臓の鼓動も規則正しい。


『ほう。これを耐えるか。これならどうだ』


 そう言って黒龍の周囲には直径二メートルほどの、無数の黒い火球が現れてフェイド目掛けて放たれた。

 迫る火球を避けるのは簡単である。

 だが避けてしまえば、後ろにいるエリシアへと攻撃が当たる可能性があった。故にフェイドは避けるという選択を捨てて手のひらを向けた。

 フェイドは魔族である少女を守るという判断をしたのだ。

 フェイドとエリシアを包み込むような形で闇が展開され、無数に迫る火球が次々と着弾して爆炎が彩る。


(この数の攻撃で防御を破れないとは……)


 フェイドの背を見ながら、一体何者なのかと考えてしまう。

 ただの人ではないのは事実であり、自身と同じ『祝福ギフト』持ちなのは確実だ。

 でなければ、ただの魔法士に黒龍の攻撃を防ぐことなど不可能である。

 数十秒ほどが経過し、攻撃が止んだことでフェイドは結界を解除した。

 周囲の地面は凸凹となっており、黒龍の先ほどの攻撃の苛烈さを表していた。

 黒龍から驚いている様子が伝わってくるも、フェイドは気にしない。

駆けて跳躍すると、空で待機していた黒銀のドラゴンがやってきてフェイドを背に乗せて飛び立つ。

 フェイドはドラゴンの背に乗りながら魔法を発動する。


「――闇の槍ダークランス


 空中を埋め尽くすかといわんばかりの漆黒の槍が出現し、矛先が黒龍へと向けられる。

 手を払うと、それらは黒龍へと殺到した。

 黒龍は迫る漆黒の槍に対して鉤爪を振るって防御するが、数が多く避けることは不可能。

 次々と直撃として、エリシアの攻撃では傷すら付けることができなかった鱗に幾つもの傷がつけられる。


『数千年も傷一つ付けられなかった我が体に傷をつけるか。その祝福ギフト、『黒の支配者』か』


 その発言に、フェイドの動きが止まった。

 フェイドの動きが止まったことで黒龍は続ける。


『ここに来たのも、周辺のドラゴンを闇の軍勢に加えにきたか』

「どうして俺の祝福ギフトのことを知っている?」

『支配者の力は世界でも限られた者しか与えられない。貴様も類似の祝福ギフトが覚醒して支配者の力を手に入れたのだろう』

「……その通りだ」


 フェイドは『支配者』について何も知らない。


『知りたければ我を倒すことだ』

「そうか。なら円了なく倒して闇の軍勢に加えさせてもらおう」

『それでこそ『黒の支配者』だ』


 そこからは地形が変わるほどの激闘であった。

 フェイドは闇の軍勢では意味を成さないのを理解しており、純粋な魔法での勝負となった。

 互いに消耗しフェイドは体中がボロボロとなっており、黒龍の方は鱗が剥がれ落ち血が出ていた。


『まだ覚醒したてでこれほどとは……』


 黒龍は高く飛び、視界にフェイドと少女を捉えた。

 黒龍はこれで決着を付けようとしていたのだ。

 空気を吸い込み、胸部が紅く染まり魔力が高まる。


『我が最高の一撃を以って、この戦いに終止符を打つとしよう』


 フェイドもあの一撃は生半可な魔法では一瞬で消滅させられると理解し、対抗すべく魔力を限界まで高める。

 フェイドと黒龍の魔力が衝突して空間が悲鳴を上げる。

 手のひらに小さくも緻密な魔法陣が展開され、拳サイズの漆黒の球体が現れた。

 数瞬の空白。

 そして黒龍のブレスと、フェイドの魔法が放たれたのは同時だった。


「――黒天」


 ブレスト球体が衝突した。

 一瞬の拮抗の後、フェイドの魔法がブレスを突き抜けて黒龍へと直撃して大爆発を引き起こした。

 フェイドはエリシアの近くに立って闇魔法で爆風から身を守る。

 程なくして爆風が収まったそこには、血だらけで地面に倒れる黒龍の姿があった。

 どう見てもフェイドの勝利であった。

 ゆっくりと歩み寄ったフェイドは黒龍へと問う。

 まだ死んだわけではなく、微かに魔力が残っていることから黒龍は生きていた。


「俺の勝利だ」

『その、ようだ。我の死体は闇の軍勢に加えるがいい』

「話してくれるよな?」


 それは『黒の支配者』についてだ。

 黒龍は「もちろんだ」と微かに頷き話すのだった。

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