第49話 飛行機の中で(ヒヤマさん無双)

 今、私は飛行機に乗っている。


 イギリスに向かって飛ぶこの飛行機には、テレビ局のクルーは乗ってない。彼らは先に現地に飛び、お膳立てをしているのだ。


 なので、この飛行機には、深野さん女神とそのご主人である桧山さんが一緒に乗っているのである。

 そして、何故かこのロケに関してだけ深野さん女神のマネージャーになったヒヤマさんも……


 何故かタカフミさんがそうしたようだけど、ヒヤマさんって親子だよね? 家族旅行計画? でも、妹のアオイちゃんは来てないから違うのか?


「いや〜、まさか本当にカオリまで来てくれるとは、スターフェスにゴネた甲斐があったなぁ」


「パパ、二度としないでね…… 今度やったらパパを潰すわよ」


 ヒヤマさんの低くクールな声に桧山パパが凍りつく。


「ハッ、ハハハ、カオリは何をいっ、言ってるんだい? パ、パパを潰すって聞こえたけど、冗談だよね、ねっ?」


「アラ、貴方あなた、香織ちゃんがそんな事を冗談で言う筈ないでしょう? 次に同じ事をしたら、私も香織ちゃんの味方ですからね。そもそも、今回のロケに貴方あなたがついてくるのもおかしい話なのよ。それに、プロデューサーなら、先に現地に行ってちゃんと準備してなきゃ! 私たちと同じ飛行機に乗ってる時点で周りからは旅行にいってるようなモノだと思われてるんだから。現地では、私と香織ちゃんは貴方あなたとは完全に別行動しますからね」  


 深野さん女神もお怒りの様子だった。


 いや〜、気持ちは分かりますよ、桧山さん。こんな素敵な女神が、あの紳士のお国で口説かれない筈がないとご心配だったのでしょう…… 私は内心でそんな事を思っていたら、桧山さんが心底こまったような顔で泣き言を言った。


「そ、そんなぁ。それじゃ、私は何処にも出かけられないじゃないか? 通訳してくれるだろ? な、リョウコ、カオリ?」


「パパ、人間、死ぬ気になれば言葉なんて2週間で喋れるようになるわ。だから、今回のロケが終わってもパパだけ、イギリスに残って言語を習得すればいいんじゃない?」


貴方あなた、私はツアーガイドじゃありませんっ! 自分の事は自分でちゃんとしてくださいね。もう、半世紀も生きてきたんだから、何とでも出来るでしょう?」


 2人が並ぶとそっくりな美人顔で、冷たい目線を浴びせられた桧山さんは、ガックリと項垂れた。

 うんうん、そのお気持ちも分かりますよ。でもね、桧山さん。

 ヒヤマさんが言ってるのも事実なんです。人間は死ぬ気になれば異世界の言葉でも覚える事が出来るんですよ。まあ、私は2週間では無理でしたけど…… でも、2ヶ月で習得しましたよ。


 そう、私を拉致した存在は拉致しておいて定番の【言語理解】を私に授けずに異世界に放り込んだ…… そのお詫びもあるのだろうか? 地球に戻るとありとあらゆる言語を理解し、読み書き話す事が出来るようになっていたが。

 あの東北の方言も、九州の方言も、沖縄のウチナーグチも、中国大陸で結社が使用している隠語も、何でも分かるのだ。

 それに気がついたのはボディガードとして開業した後だった。先に気がついていれば、それこそツアーガイドの仕事なども選んでいたかも。

 まあ、もしもツアーガイドそっちを選んでいたら、こうして深野さん女神と実際に会ったり出来なかっただろうが。


「ハッ、そ、そうだ。そこのボディガードの鴉さんだったかな? 鴉さんは英語もペラペラだと聞いたぞ。私が出かける際には、私のボディガードを依頼しよう! なんていい事を思いついたんだ!」


 いや、無理ですよ、桧山さん。私は今はスターフェスの社長からの依頼を遂行中ですから。


「申し訳ないですが、今はスターフェスさんからの依頼で、奥様である深野さんの護衛から外れる訳にはいきませんので、桧山さんの護衛は出来かねます」


 私がキッパリとそう言ってお断りすると、ヒヤマさんが冷気を伴ってパパンにお言葉をのたまった。


「パパ、本気で潰すわよ……」


 こ、怖いな。パパの何処かを潰すのか、パパ自身を潰すのか、知りたいような知りたくないような。


 桧山さんもヒヤマさんの本気度を理解したのか、脂汗を額からダラダラ流しながら必死で言い訳をしている。


「ハッ、ハハハ、カ、カオリ、パパの冗談を本気にしちゃイケナイなぁ…… そう、英国紳士がよく言う、いっつ・あ・じょーくと言うヤツだよ……」


「パパ、馬鹿な事を言って鴉さんを困らせないでね。次に言ったらその瞬間に……」


 その瞬間に何が起こるのだろうか? 私は知りたかったが、桧山さんにはその勇気が無いようだった。


「もう、香織ちゃん、パパも懲りたと思うからその辺で許してあげて。鴉さんもごめんなさいね」


 おお、深野さん女神から直々のお言葉が!


「いえ、私は気にしてませんので」


 私はこれから行く紳士の国にならって紳士の対応を心がけた。 


 それからは何事も無く飛行機は無事にイギリスにたどり着いた。

 ロンドンに降り立った私たちはこれから車でエジンバラを目指す。現地に先乗りしていたテレビクルーの1人、イギリス出身のイギリス人だけど、日本のテレビ局にお勤めされてるジョージさんが出迎えてくれた。


「オウー桧山P、オツカレサマでぇーす。でも、今から車でまた10時間ほどの長旅になりマース。書く子はイイですかー?」


「おい、ジョージ、分かったからそんなに引っつくな。けど、10時間か…… 長いな」


 ジョージさんは桧山さんにピッタリ引っついて話をしていた。桧山さんはちょっと、いやかなり引いてるようだ。もしかして、ジョージさんはそっち系の人なのか? それも枯れ専なのかも知れない……


 私と深野さん女神、ヒヤマさんはそれを尻目にサッサと大きなワゴン車に乗り込んだ。助手席は桧山さんに決まりだからね。


 そして、車はエジンバラにむけて発車した。桧山さんの俺が助手席なのかという抗議を無視して……

 

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