第34話 懐古(かいこ)

 マサシにはその夜のうちに瞑想法を伝えた。才能というのだろうか、マサシは1時間で己の魔力を感じ取る事が出来た。


「フミくん、コレが魔力なんだね! 僕には分かったよ!」


「そうだ、ソレが魔力だ、マサシ。ではそのコップに水を出してみよう」


 私がそう言うとマサシはゴクリと唾を飲み込み、40歳にも関わらず、聞くコチラが恥ずかしくなるような詠唱を始めた。


「万有の魔を持って我が力を示さん!! 飲水のみみず!!」


 マサシの合唱された手の指先はコップに向いていたが、まるでレーザーのような鋭い水が飛び出しコップを真っ二つにしてしまった……


「えっ? あれっ? 何で?」


 マサシはすぐさま魔法を止めて私を見る。さて、何て説明したものか……


「マサシ、何で詠唱なんてしたんだ?」


 先ずは私は疑問に思ったことを聞いてみた。返ってきた答えは


「フミくん、魔法といったら詠唱だろう!!」


 だったが…… 私はソコから説明が必要なのかと思いながら友の為に心を鬼にして伝えた。


「マサシ…… 生活魔法に詠唱は必要ないんだ。異世界では詠唱する魔法は攻撃用の魔法だった。勿論、無詠唱でも可能だが、魔力が低くイメージが拙い者は詠唱して攻撃魔法を使用していたんだ。だが、マサシは生活魔法に詠唱をしてしまった…… 詠唱とは言霊ことだまでもあるから、自分のイメージしたよりもより多くの魔力を無意識に込めてしまうんだ。だからあんな風に出てきたんだ…… それにあの詠唱は…… 無いな…… 中2病を患っている者の詠唱だぞ、マサシ」


 私がそう伝えるとマサシはガックリと項垂れた。


「ま、まさか…… エロフに少しでも近づこうと思って詠唱したら無駄な事だったなんて……」


 何度も言うがマサシよ、地球にはエロフは居ないぞ…… 居ないんだぞ!

 そうして夜も遅くまで私とマサシのマンツーマンの魔法講座は続いたのであった、



 翌日、私は眠い目を擦りながらランドールが収録に向かうのについて行っている。


 マサシはあの後、素直にいう事を聞いて無詠唱で生活魔法を使用出来るようになった。更には攻撃魔法を覚えようとしたが、私はソレを止めさせ妨害魔法を教えた。状態異常攻撃などを察知してソレを妨害する魔法を教えておいたのだ。その方が有効だろうとマサシも気がついたようで、素直に覚えてくれた。

 

 私はランドールの2人と今のマネジャーには気づかれないように3人の後ろにいる。

 ナミちゃんは相変わらずだなと思いながら3人の直ぐ後ろを歩いているのだが、ヒナちゃんが急に振り向いて立ち止まり、私が居る辺りをジーッと見ている。


 うん、やっぱりヒナちゃんは勘の鋭いだな。私は自分に【不可視】と【隠密】を発動しているのだが、何かを感じたのだろうヒナちゃんにジーッと見られている。まあ、見えない筈なのだが……


 やがて3分ほど見ていたヒナちゃんにナミちゃんとマネジャーが声をかけた。


「ヒナ、どうしたのよ? 急に立ち止まって後ろをジーッと見て」


「ヒナちゃん、何か居るの? 私、お化けとか苦手なんだけど……」


 先がナミちゃんで、後がマネジャーさんの言葉だ。しかし、そんな2人には答えずにヒナちゃんはニコッと笑顔になって2人に言った。


「うん、ナミちゃん、ヒヤマさん。今日の収録に近衛騎士ロイヤルガードが来るから不安だったけど、もう安心だからね」


 言うだけ言ってさあ早く行こうと2人を促して歩き出したヒナちゃん。

 うーん…… もしかしなくても私が居る事に気がついたんだな。本当にヒナちゃんは侮れないな。

 巫女の称号は伊達ではないという事か。異世界でも巫女には困らされた事があったなと思いながら私は異世界での出来事を思い出していた……



 あの時は魔王の元まであと少しという場面だった。魔王側にも【神】が居て人側から見ると【邪神】だという事になるが、【神】には間違いなく、そしてその神に仕える巫女も勿論いた。

 巫女は2人居て、1人は見た目は普通の人なのだが、幼い頃に人に攫われて角を折られた鬼人族の娘だった。もう1人はノーム族の娘で立派なアゴヒゲがあったな……


 魔王の城まであと少しという場所にある町で私たちは彼女たち2人によって行く手を阻まれた。彼女たちは神のお告げと自身の未来予知先読みの力を使って私たちを先回りしてくる。力押しで通る事は可能だったが、この頃には私たちも一方的に魔族側が悪い訳ではないと理解していたので、心情的にその手は使えなくなっていたのだ。


「タケ〜、どうするの? 彼女たち諦めてくれないよ?」


 仲間の魔女っ娘痴女っ娘ミリーが私にそう聞いてくる。


「うーん…… そうだな、取り敢えず話合いをしてみるよ」


「イヤ、ムリムリムリッ!? あの鬼人族の巫女なんか抜刀して迫ってくるんだからっ!!」


 これまた仲間の獣耳拳ジャガー族のライレインがそう叫ぶ。


「ライ、タケフミ殿が決めた事なのだから、我らはその為に尽力するのだ」


 騎士でエロフのミネルバが拳のライにそう意見する。


 そんな話をしていたら巫女の1人、ノームの少女が大ハンマーを片手に振りかぶり、私たちに追い付いてきた。私は3人に散開しろと言いながら、振り下ろされた大ハンマーをかい潜り、愛刀【婆娑羅バサラ】で肌には傷一つつけずにノームの少女の立派なアゴヒゲを剃りあげた。


「ああ〜! イヤーン! オラのアゴヒゲがーっ!! は、恥ずかしいべーっ!!」


 アゴヒゲを剃られた事に気がついたノームの巫女は顔を覆ってうずくまる。

 そこに鬼人族の巫女が私の背後に音もなく忍び寄り、その剣を振り下ろす。


「タケッ!!」

「タケフミッ!!」

「タケフミ殿っ!!」


 仲間の3人の叫びを聞きながら私は既に鬼人族の巫女の背後に回り込み、その装束だけを柔肌に触れずに切り裂いていた。


「キャーッ!! こ、この変態めっ!? やはり貴様も私たち魔族を辱めるつもりなんだな? そんなヤツに身体は負けても心まで負けはしないぞっ!!」


 いや、あの、女性に大人しくしてもらうにはこの手が有効かなと思っただけで、決して辱めるつもりは無いんだが…… 私の困惑をよそに、私の仲間たちのジト目と呟きというには大きな声が聞こえてくる。


「あーあー、やっぱりタケだわ…… 昨日、あんなに激しくさせてあげたのに……」


「タケフミ! クッ、私が発情期ならば満足させてやれただろうが…… まさか魔族にまでとは……」


「タケフミ殿が節操が無いのは気づいておったが、そうか…… それでノームの巫女のアコヒゲを剃ったのだな……」


 誤解だ…… 私の内心はともかくとして、鬼人族の巫女もノームの巫女も覚悟を決めたように私を睨みつけ、


「さあ!? 辱めるがいいっ!! 私たちはお前に身体は屈しても心まで屈しはしないっ!!」


「オラは神さまにその身をささげてるだっ!! お前ごときの技に心まで負けたりしないべっ!?」


 いや、2人とも巫女なんだから未来予知先読みを使って欲しい…… 私にその気が無いことぐらいは読める筈なんだから……

 だが、2人はそんな私を気にかける事なく、鬼人族の巫女は刀を放り投げて全裸で、ノームの巫女は同じく服を脱ぎキレイにたたんで置いてから全裸で私に襲い掛かってきたのだ……


 仲間たち3人まで参戦してきたのにも大いに驚いたが、事が終わった後に2人から


「わ、私はアナタを縛ったりしないから…… だから魔王さまへの説得に連れて行きなさいよっ!?」


「オ、オラは神さまに出会っただっ…… 神さま、オラはどこまでも神さまに尽くすだっ!!」


 って言われて、仲間の3人からも


「タケ〜、もう凄いんだからっ!」

「タ、タケフミ、発情期だったなら負けてないんだからなっ!!」

「クハァ、クハァ、クッ殺せっ! かように無様な私は騎士とは言えぬっ!!」


 何て言われて本当にコレで良かったのかと思ったものだった。因みに最後の旅に付き合ってくれてる魔女っ娘痴女っ娘はイケメンを見つけてパーティーを離れた魔女っ娘とは別人だ。

 何故なら魔族でサキュバスだから。旅の途中で私に負けて旅を共にするようになったのだ。

 騎士のエロフもそうだ。魔族の味方だったが、私が魔族を1人も殺さずに、また魔王とも話合いで解決しようとしてるのを知り、私に着いてきてくれている。

 始まりの人族の王国から着いて来てくれてるのは獣耳拳1人だけだった。


 私はヒナちゃんの巫女の称号につられて、魔族の巫女に困らされたその当時の事をまざまざと思い出していた。


 うーん、あの時は本当に気持ち良かっ…… ハッ! じゃない、困ったよなぁ。


 何故か悪寒が走ったので慌てて脳内言語を変えたのだが、私に悪寒を走らせる存在が居るとは……

 私はその存在を探るが、既に気配はなく探す事が出来なかった。

 私は地球で最強だと思っていたが、どうやらそんな私でも気を引き締めなければならない相手がいるようだ。

 私はコレからは細心の注意を払って行動する事を心に誓ったのだった。


 

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