第14話 歌フェスが始まる前

 私は今、歌フェスの行われる会場の片隅でひっそりと立っている。昨日のスタジオ撮影とその後のインタビューは滞りなく終わった。残念ながらナミちゃんは朝寝坊をした。それでも約束の9時には十分に間に合ったが。


 そして今日は歌フェスに2人を連れてきている。私はマネジャーとして他の演者のマネジャーさんと挨拶を交わす。名刺は昨日になって弥生が部屋に持ってきてくれた。名刺交換なぞした事が無い私は戸惑いながらも何とかこなす事が出来た…… と思う。


 そして私の隣には何故か弥生が居た。今日はオフ日らしくランドールの2人の様子を見に来たらしいのだが、早速フェスの主催者に特別ゲストとして参加してもらえませんかと打診されていた。だが弥生は丁寧にお断りしていた。


「私は女優で、歌手ではないので他の歌手の方のご迷惑になってしまいます。ですのでゲストの話は無しにして下さいね」


 そう言って断ってからは何故か私に張り付いている弥生。そして小声で私に言ってきた。


「タケにい、怪しい人は居た?」


 どうやら弥生はこのフェスの演者やスタッフの中にストーカーが居るのではないかと疑っているようだ。私も小声で答えた。


「いや、演者の人やスタッフには怪しい人は居ないようだ。フェスが始まったら観客に注意してみるよ」


 私の言葉に納得したのか弥生は頷いた。そしてランドールの2人のリハーサルを眺める。その時だった。私の発動中のスキル【魔力流読】に引っかかる魔力があった。私はその魔力の流れを読む。すると、その魔力はランドールの2人ではなく、弥生に向かっているようだった。

 私は魔力を発している者を確認した。どうやら警備スタッフのようで、先程きた警備会社の所属のようだ。配置が決まって今ここにやって来たのだろう。中々爽やかな外見のイケメンくんだが、その思考が分かれば女性はみんな逃げていくだろう。


 ちなみに私は自分の大切な者を守る為に、こちらに戻ってからは躊躇ためらいなく【思考感知、解析】を使用する事を心に誓っている。

 異世界アチラと違い、こちらでは人が相手になる。そう、言い方は悪いが異世界アチラにいた魔物よりも醜悪しゅうあくな思考を持った人を相手にするのだ。なので私は躊躇ためらいを捨てた。そして、その警備スタッフの思考を読む。


『グフフフ、弥生タンが居るよ〜…… コレはラッキーちゃんだ。僕ちゃんの虜にしてお持ち帰りしちゃおう。僕ちゃんの爽やかスマイルに堕ちない女は居ないからねぇ。それに、僕ちゃんは【人妻】大好物だよ〜。弥生タンを孕ませて上げるねぇ…… そして飽きたらいつものように捨てよう…… グフフフ、さあ、弥生タン! 僕ちゃんの目を見るのだ!』


 妄想だけならばともかく、この男は無自覚ながらも【魅了】スキルを使えるようだ。しかし弥生には【魅了】スキルは効かない。私は知っていた。心から愛する者がいる人には【魅了】スキルはその効果を発揮しないという事を。弥生はタカフミさんを心から愛しているから効く筈が無かった。

 だが、その警備スタッフの視線には気がついたのだろう。そちらを向いておもむろに笑顔で手を振った弥生。その瞬間の男の思考がまた酷かった……


『よーし! やっとこっちを見たよ〜。やっと僕ちゃんの目を見てくれたね、弥生タン。コレでもう僕ちゃんからの誘いは断れなくなった筈! ああ、36歳には見えないその美貌びぼうを僕ちゃんの如意棒で早くヒィヒィ言わせたいなぁ〜。今日の仕事はやる気出ないけど、弥生タンとの楽しみがあるからいつもよりも元気が出るよ! こんなクソッタレなフェスなんか早く終わらせて、弥生タンを僕ちゃんの自宅にご招待さしなきゃね〜。あっ、そうだ! せっかく裏方の警備になったんだから、スキを見て電気系統を壊しちゃえば良いんだよ! 僕ちゃんってやっぱり頭がいいね! これで弥生タンも僕ちゃんのモノだね』


 うん、コイツは野放しにしておくのは危険すぎるな。私は弥生に聞いてみた。


「弥生、どうしてあの警備員に手を振ったんだ?」


「えっ!? やだ、タケにい、妬いてるの? あの人の視線はファンと同じ視線だったから、サービスよ。ただまあ、あの視線はちょっと過激なファンね。私でやらしい妄想でもしてるんだと思うわ」


 視線だけで分かる弥生は凄いと思った。私は弥生に言った。


「あの警備員の側には近寄らないようにしてくれ。というか、今日はいつまでココに居るんだ?」


「今日、明日はオフだからフェスが終わるまで居るわよ。一緒にマンションに行ってフェスが終わった打ち上げをあの娘たちとする予定よ。でもどうして?」


 私は詳細はマンションに戻ってから話をすると弥生に伝え、警備員にご退場を願う事にする。


 先ずは【回復魔法】を反転させて警備員の体調を悪化させた。これは私が異世界アチラで身につけた技術だった。回復魔法を反転させるとどうなるのか? その疑問を元に魔物相手に繰り返し試し、つけた傷を更に悪化させたり、病にしたり出来るようになったのだ。

 更に、【生活魔法】もいくつか反転させる事に成功している。ただ何故か、この【反転】はスキルとして反映されてはいない。 

 私の反転【回復魔法】により、警備員は倒れた。私は心配そうな振りをしながら警備員に近づいて、【闇魔法】で警備員のスキルを完全に封じ込めた。元々、無自覚で使用していた未熟なスキルだったので、封じ込めるのも簡単だった。

 更に【闇魔法】を使用して、警備員の爽やかイケメンスマイルを狙われた女性が見たら、下品な下心丸出しの笑顔に見えるようにした。

 そして、警備員の勃起中枢に【重力魔法】をかける。その重力は5倍。マカだろうが、オルニチンだろうが、はたまたバイア○ラだろうがもう勃起する事は無い…… 私には劣るが中々の如意棒を持っているが、貴様にはコレでも生ぬるい…… 私は今までにこの警備員に騙され魅了された女性たちの事を思い、もう一つ何かをしたいと考えた。

 私に出来る事…… 私は自分のスキルを良く考える。そして、【生活魔法】の清潔を反転させて警備員に付与した。

 コレがどういう事になるか分かるだろうか? そう、どんなに体を洗おうが、清潔な服を着ようが人から見ると不潔な人だと【絶対に】思われるのだ。我ながら残酷な方法だと思うが、コレで今後、被害にあう女性は居なくなるだろう。


 そして、私が手配した救急車に乗せられて警備員はフェスの会場から去っていった。

 まだ歌フェスが始まってもないのに一仕事終えた気分になった私に弥生が声をかけてくる。


「タケにい、あの警備員が何かしたの?」


 それも含めてマンションに戻ったら話をするよと再び弥生に伝えて、私はかねてから気になっていた事を唐突に弥生に聞いた。どうしても聞きたかったのだ。


「弥生、深野涼子さんにサインを貰ったり出来ないだろうか?」


 そう聞いた私に弥生の視線が突き刺さる。


「タケにい、異世界に拉致される前に買ってた写真集に、とか言うんじゃないでしょうね?」


「いや、それも勿論なんだが、1年前に出された写真集も購入したから、そちらにも欲しいなぁ…… なんて……」


 私がそう言うと弥生がハア〜とため息を吐く。


「分かったわよ…… 写真集を持ってきて私に渡してちょうだい。深野さんにお願いしておくから……」


 ヨシッ!! 憧れの深野涼子さんのサインをゲットだっ!! そしていつか必ずお目見えするのだっ!!

 

 私のテンションは爆上がりして、これから始まる歌フェスにランドールの2人を危機から守る為に、最大限の注意と魔力を使用して警戒に当たるのだった。   

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