第17話 お土産探し

焼き鳥のほかにも、近くにあった店で購入したフォーンバーズ王国の郷土料理や丸くて柔らかいパンを食べた。

他の店もハンスが言っていたように店舗を持っている店に引けを取らない品質で、あまりの美味しさに普段の昼食よりも少し多く食べてしまったほどだ。

しかし、ひとつだけ予想外の問題が起きた。

"買い食い"をした一番の理由はコンフィザーリに行く前に程々にお腹が減る必要があって、食事スペースを持つ飲食店が空くまでの時間を待っていてはとても間に合わないと判断したからだ。

だが、いくら早めに食事に入ったとしても食事の量が多くなっては意味がない。


「少し食べ過ぎてしまいましたね。これではコンフィザーリに行くまでに空腹になれるかどうか······パウリーナ様はどうですか?」


わたしも結構食べたと思うがハンスはわたしのそれを遥かに上回る量を食べていた。

元々騎士で、運動量が多いこともあって食事量が多いけど、今日はわたしが一つでも多くの種類を食べられるように、いくつか同封されている物に関してはわたしが特に申し出ない限り、八割近くを食べていた。

実際、わたしは普段よりも多く食べたと言っても女性で文官である事もあり元来の食事量が少ない。

フォーンバーズ王国の郷土料理のように初めて食べる物もたくさんあったので、この配慮は何気にありがたかった。


だが、途中まではわたしの分とハンスの分は分けて購入していたので、ハンスの負担はかなり大きかった。

それに、ハンスは一応というか立派に公爵子息である。"買い食い"を出来る機会はそれほど多くない。

だからなのか、いつも以上に張り切って騎士でも珍しいくらいの量を食べていた。


「わたしも、このままではお菓子を心から最大限に楽しむことが難しいくらいには満腹です。デザートは別腹とも言いますがやはりお腹が空いている方が美味しく感じられるのは間違いないですから」


そう、空腹とは最高のスパイスとも言うようにいくら大好きで楽しみにしているものでも、お腹が空いていなければどこか楽しめないのだ!


つまり、この状況は不味い。非常に不味い。


「そうですね。······ならば、歩きましょう。先程までのように観光を主とした散策ではなく、疲れさせてより空腹にするためのウォーキングです」

「分かりました」


わたしは二つ返事で承諾した。

ハンスなので走ろうと言い出すかと思ったが、お姉さまに買ってもらったこの服では速い動きが難しいことを理解したのか、歩くことになった。





「そういえば、散策をする前にひとついいですか?」


歩き始めて数分がたった頃、わたしは忘れ物をしていることに気づいてハンスに声をかけた。


「はい。何なりと」

「お姉さまとアイナ、お父様、友人へのお土産を購入したいと思うのですが······」

「分かりました。幸いなことにお土産店がひしめいている商業区画と観光地区の境界はこの近くですからそちらに立ち寄りましょう。それに、昼食を摂ってから時が経っていないのでちょうどいいです」


食事をとってすぐに激しい運動をするとお腹が痛くなるのだ。わたしたちは早歩きなのでどうなるのか分からないが、確かに用心しておくに越したことはないだろう。

腹痛を抱えたままお菓子を食べることになればそれこそ最悪の事態だ。それを避けるためにもお土産を買う時間を確保することで話がまとまり、わたしはハンスと一緒に向かった。



おみやげ物店ではよく見かける商売をしている大店や野菜や魚など、生鮮食品を扱っている町内市場のように生活に使うものというより、グラーツやその周辺で採れる浅葱色の石を加工したペンダントのように生活になくても問題ない娯楽用品が置かれている。


「流石は大聖堂を持つ王国内でも指折りの観光都市です。自分の思い出のための品物としても贈り物としても使える商品がたくさん揃っていますね」

「観光地区に縁故のある物ばかりでなく、フォリン大聖堂を想起させるものもたくさんあります」


ハンスは商品を物色しながら、感嘆の息を漏らしつつわたしの言葉に頷いた。

商品に向ける視線は間違いなくお金持ちの観光客のそれであるが、同時に自分の領地であればどのようなものが売り出せるか思案しているようなものだった。

ハンスがお土産選びに(ちなみにお土産を渡す予定なのは両親とミラージェス伯爵、ハンスの友人たちだそうだ)夢中になっていることもあって、わたしは自分のお土産探しに集中してハンスから離れた。


わたしも物色を進めていると、神殿が信仰している神々を示す所縁の物を形どって作られた奉納用の道具や誰でも簡単に祀れるように15センチくらいの小型の神獣の像など確かに神殿関連の品が目を引いている。

とはいえ、この辺はわたしの家にもあるし、神の像なんかはしっかりとした礼拝堂にわたしよりも一回り以上大きいものが安置されている。

だから、買って帰ろうとまでは思わなかったが神殿関連の売り物の中でひとつだけ気になるものがあった。


「大聖堂のステンドグラス?」

「そうだよ。お嬢さん、これに興味があるかい?」


ポツンと呟くと、店番をしていたと思われる三十代後半くらいの優しげな男性が返してくれた。


「はい。どうしてここにあるのですか?」


大雑把過ぎる質問だが、店番の男性はよく質問されるのか質問の内容に見当をつけたらしい。

質問を詳しくすると、つまり大昔に作られて今では当時の職人どころかその図案、技術のどちらもが失われたとされる大聖堂のステンドグラスがなぜこんなところで売られているのかということだ。


「それはね、このステンドグラスの置物を詳しく見たら分かるよ。こっちに失敗作があるから、傷つけてみるとさらにわかる」


店番の男性に渡されたステンドグラスの置物を凝視したことでわたしはなんとなくの解釈を見つけた。そして、傷つけたら意味がわかるということはこのステンドグラスには傷がつくということだ。


「もしかして、似せているだけで作り方も素材も全く同じものではないということですか?」


発色の仕方や透き通る度合い、装飾の形は大聖堂のステンドグラスに忠実に沿っているけど、よくよく見ると根本が違う。


「ご明察。ガラスに色をあれほどの純度でつけるのは世界で一番の技術者の力でも不可能だったんだ。だから、高級で透き通っている宝石をステンドグラスに見立てて魔法の力を借りて、装飾者の繋ぎの技術でできるだけ別のものがくっついているとは見えないように隠してあるのさ。もちろん作り方なんて全然違う。でも、この技術でもかなり高度でね。作製料もバカにならないし、販売額も高い」

「もし買ったとしてお父様や友人へのお土産として購入したら喜んでもらえますか?」


値段を聞く前にそれが一番重要だ。順序が逆になってしまえばお金に不安があると見られてしまう。

わたしはそれでもいいが伯爵家としては相当な痛手になりかねない失策になる。


「相手にもよると思うけど、貴族のお嬢さんのご友人やお父上なら嫌ではないと思うよ。あとはお嬢さんがこれを気に入っていて、どういう理由でこれを贈るかを説明する必要はあるけどね。お土産は記憶の贈り物だから」


わたしはフォリン大聖堂のステンドグラスにひどく感銘を受けている。それを共有することができれば必ず喜んでもらえるということらしい。


「よし。買います!」

「そういえば、お嬢さん。名前を聞いても?」

「あ、はい。いいですよ。パウリーナです」

「じゃあ、値段は一つ当たり小金貨二枚だよ」


思ったよりも安いな。あれだけ高いと言っていたから大金貨も覚悟していたのだ。

わたしはすぐに清算を済ませる。


「では、またご贔屓に」

「ありがとうございました」


わたしは思った以上に時間を使っていたことに気づいてハンスの元へ急いだ。





パウリーナが去ってすぐ····


「これでいいのか?」

「協力ありがとうございました」


老眼鏡を掛けたいかにも執事を体現した白髪に近い男性を店番の男は振り返って見た。


「雪色の生地の服を着たパウリーナを名乗る女性が小金貨四枚を越える製品を購入するときは二枚だと偽って欲しいと言われたときは何事か分かりませんでしたよ」


そう。パウリーナが買ったステンドグラスの置物は小金貨二枚などではない。本当の値段は大金貨一枚と小金貨三枚だ。

おそらくこの街で売られているお土産用の商品の中では何よりも高いだろう。


「お金はしっかり上乗せして払いますからご心配なく。ではお納めください」

「それはね、信用していますよ。何だって、大金貨を二十枚も見せられたらね」


店番の男は苦笑しながら不足分と協力料小金貨三枚を受け取った。


「それで、さっきのお嬢さんはどなたですか?」


大金貨をポンと出してくる目の前の執事風の男も異常だがいくら貴族とはいえ高々成人前の少女が小金貨二枚は大金だ。

それをあまりの安さに肩透かしを食らったような表情で軽々と迷いもせず出してきたことが男には不思議でならなかった。


「フェリシス公爵家の姪で、伯爵令嬢です」

「·······」


呆然とする店番の男を尻目に白髪の男は失敗してはいけない任務に戻るような表情で店をあとにした。


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