25th ユーチョードレスルーム

「ひへへ、これはラッキーだぁ……」


 葛から離れた篦河は、彼との距離が開く毎に笑みを増していった。


「ら、ラッキー?なんで?」


「ひへへぇ……これであたしの服には少なからずクズくんの汗やらなんやらが付く訳だから……クズくんに汚されるっ……てこと……ひへへ」


「えぇ……?」


 言織は篦河のあまりにも気色悪い発言に戦慄した。もとより変な子だとは思っていたが、ここまでとは……


「ひへへ……とりあえずトイレ、行こっか。デパートのトイレは凄いからね。着替える人のことすら考えてあるんだよ」


「へ、へぇ……トイレ……」


 言織は少し不安だった。この調子だと篦河が個室内で色々おっぱじめてしまいそうだからだ。


◇ ◇ ◇


 二人がやってきたトイレは、いわゆる婦人用化粧室というタイプだった。この仕様のトイレはこのデパートの中にひとつしかない上、休日前という状況。どうせ大混雑しているだろう……と予想されたが、なんと運のいいことにかなり空いていた。


 最近新装されたばかりだと言う女子トイレ。そこは、大きな鏡とモダンな内装が明るさを演出している特殊な空間。まさに「化粧室」という名前が良く似合う。


「す、すごい……オシャレだ」


「ひへへ……オシャレすぎて居心地悪い……」


 言織は篦河から服を受け取り、それぞれ別の個室に入る。言織は自分が着る服を少し触ってみる。


 ――濡れてはいない。濡れてはいないが、なんとなく嫌悪感がある。しかし、いつまでも迷っていたら始まらない。言織は覚悟を決めて一気に着替える。


 制服を脱ぎさり、貰った服を身につける。貰った段階では気づけなかったが、この服は春物のワンピース。いわゆる可愛い系だ。意外とオシャレなチョイスに言織は少し驚く。


 言織は制服をしっかり畳み、カバンの中に丁寧にしまった。それから、ある程度見える範囲の身だしなみを整えてから個室を出た。


 ――どうやら篦河はまだ出ていないようだ。言織は着替えだけしてさっさと出てしまったが、普通に花摘みをするとなると時間がかかるのは当然。催促するのも野暮なので、言織は気にせず鏡の前に立つ。


 三分が経過した。言織は既に身だしなみをある程度整え、化粧室そのものから出ていた。


 遅……くはないか。三分くらいかかるか。そういう人もいるよな。


◇ ◇ ◇


 もう三分が経った。さすがにこれは遅い。言織は化粧室に入り直し、篦河が居る個室を二回叩いた。


 すると、水が流れる音が辺りに響き、様子を伺うように篦河が出てきた。


「――遅いよ」


「ひ、ひへへへ……汚されちゃった……ひへへへへ」


 コイツ……まさかとは思うが……いやいや。そんなことを気にしても仕方がない。それよりもコーデを見よう。


 トップスはダボッとした紺色のパーカー。ボトムスはそれに対比するようにタイトめなデニム。可愛い系の言織のコーデとはギャップのあるカジュアル系だ。


「ほら、行くよ!」


「ひへへ……ひへ」


◆ ◆ ◆


 女子二人と別れたオレはどう行動しようかを考える。待機した方がいいか……それとも銀河さんの様子を確認した方がいいか……迷いどころだな。


 とりあえずここは待つか。無駄に早く動くよりは、二人を待つ方が賢明かもしれない。


◇ ◇ ◇


 十分くらい経っただろうか。二人はまだ来ない。待つと言ってもせいぜい五分くらいだと思っていたが、その倍待つことになるとは……まあ、嘆いていても仕方がない。


 オレがスマホでネットサーフィンをしていたその時、突然左肩をポンっと叩かれた。オレは驚いて体をビクッと震わせる。――声は我慢した。おそらく目立たずに済んだだろう。


「裏見くん、待ってたの?」


 そこにはワンピースを身につけた常盤さんと、帽子とパーカーとジーンズ?を着た篦河がいた。


「おー、可愛いじゃん。篦河センスあるんだな」


「ひ、ひへへ……」


 二人とも結構似合っている。しかし、オレは頭の片隅に若干の違和感を覚えた。


「――でもそれ春物だろ?もうすぐ五月だから一ヶ月くらいしか着れないんじゃないか?」


 オレの言葉を聞いた篦河は明らかにショックを受け、落ち込んだように俯いてしまった。


「――あぁ!!ごめんごめん!!余計なこと言ったな!?別に悪いとかは思ってないよ!!似合ってるしさ!」


「ひへへ……せっかくクズくんに汚された服を一ヶ月しか着れない……」


「そ、それもごめん!!あ!常盤さん!!すみませんでした!!」


 オレは勢いで常盤さんにも謝る。常盤さんはそんなオレに笑みを浮かべながら応えた。


「ううん、気にするほどのことじゃないよ。別に誰も傷ついた訳じゃないんだから」


 そ、そうかなぁ?まあ、常盤さんがそう言うならそうなのかもしれない。


 ――と思ったは良いものの、オレは篦河の言葉が少しだけ引っかかった。「せっかく」……?


「なぁ、篦河……せっかくって……」


「ひへへへへ……」


 篦河は笑うだけで何も言わない。その様子が異様な雰囲気を醸し出し、オレの背筋が一気に冷える。


「――お前、絶対変な感じで伝えるなよ!特に夏来とかには!!」


 ……どうせ言っても無駄なのだろうけど、伝えることで少しマシになるかもしれない。オレは小さくため息をついた。

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