外国人妻

連喜

第1話 外国妻

 俺が働いていた職場に外国人の留学生が働いていた。俺の職場は、贈答用のお菓子の工場だった。従業員のほとんどが女性で、パートのおばさんばかりだ。その中で、彼女は年齢が若く、周囲から好かれていた。日本語がたどたどしくて、笑顔のかわいい子。見た目は小柄で、華奢で、声は物静かで控えめだった。髪を一本に束ねていて、いつもジーンズにTシャツというシンプルな服装をしていた。最初はどこの人かわからなかったが、聞いてみたらミャンマーらしい。俺はすぐにはまってしまい、連絡先を聞いて、休みの日に一緒にデートに誘うようになった。デートと言ってもご飯をおごったり、買い物に行って何か買ってあげたりで、対等な関係とは言い難かった。内外価格差を利用して、彼女に取り入ったのだ。俺は低収入なせいもあり、普段は女性に消極的なのに、彼女に対してはためらいがなかった。


 彼女の肌は浅黒くて、目がぱっちりしていた。名前はナヌカと言った。苗字は覚えられなかった。


 俺は3回目のデートで結婚を申し込んだ。ミャンマーの人は貞操観念がしっかりしていて、結婚までは婚前交渉をしないとネットで見たからだった。彼女は承諾してくれた。俺のことを何も知らないのにと思ったが、プロポーズを受けてくれてうれしかった。俺が女性に結婚を申し込んだのは初めてだった。実はそれまで彼女がいたことがなく、童貞だったのだ。


 俺たちは、まず最初に一緒に暮らすことにした。それまで、彼女がどこに住んでいたのかわからないが、バッグ一つで越して来た。それまでは、同じ国から出て来た人たちと一緒に暮らしていたらしい。結婚に当たって、まずは俺の両親や弟に紹介した。みな喜んでくれた。彼女は笑顔のかわいい人だったから、性格がいいと思われたのだ。俺も家族もミャンマーについては何も知らないが、かの国は 1948年から1974年まではビルマと呼ばれていて、日本人にとっては映画「ビルマの竪琴」で馴染みのある国だった。若い人はこの映画を知らないと思うが、俺が子どもの頃はテレビで何度も放映されていたと思う。ビルマで終戦を迎えた日本兵が、英霊を葬るため、現地で出家する話だ。彼女にこの話をしてももちろん意味が分かっていなかった。


 俺は結婚に当たり、ナヌカに婚姻要件具備証明書(大使館・領事館で発行してもらう証明書)、出生証明書、パスポート、住民票、在留カードを取り寄せるように頼んだが、彼女は日本語がよくわからなくて、結局何もできなかった。そのうち、言葉がわかるようになるだろうと思っていた。ミャンマー語というのがあるが、日本で喋れる人はほとんどいないらしく、コミュニケーションが難しかった。英語もできなかった。留学していたというのは嘘で、不法就労するために来ていたのだろうと思った。


 俺たちは、身振り手振りや、わずかな日本語で意思疎通をしていた。彼女が好きだったのはアニメで”NARUTO”と”ONE PIECE”がお気に入りだった。俺は年代的に合わないから、見たことがなかった。NARUTOは1999年から、ONE PIECEは1997年から、少年ジャンプで連載されていたが、俺はその頃すでに社会人で、漫画を卒業していた。


 俺は彼女のために、NARUTO、ONE PIECE、BLEACHの全巻をブックオフで買ってやった。彼女は喜んでいたが、字が読めないから漫画のストーリーがわかったかは知らない。


 俺たちは、一緒に暮らしていたが、正式な夫婦でもないし、俺も奥手だから何もせず兄妹のように暮らしていた。彼女は働かなくなり、いつも家にて、毎日料理を作ってくれるのだが、それがすべて口に合わなかった。基本的に脂っこくて味の濃い物が多い。中年の俺は胃に来てしまい、胃薬が欠かせなくなった。


 こういうのは国際結婚あるあるなのかもしれない。

 しかも、ナヌカは基本的に家事は何もしない。家にいるのに何をやっているのかわからなかった。そのうち、勝手に野良猫を拾って来た。俺が住んでいるアパートは動物禁止だと言っても通じなかった。俺は毎日、誰かに密告されるのではないかと、ハラハラしながら暮らしていた。そもそも、そのアパ-トは一人で居住するために借りていて、誰かとの同居は不可だったからだ。


 俺が家に帰ると、ナヌカは大体テレビを見ていた。食事だけは作ってくれるし、家に帰ればいるという感じだった。俺はもう結婚は無理だと思っていたから、家に人がいるというだけで満足していた。


 俺の家は1Kしかなかったから、一つの部屋に布団を二つ敷いて寝ていた。手を握ったりもなかった。


 俺たちは家で一緒にテレビを見て、笑って、同じ時を過ごす。ナヌカの膝には猫が乗っている。それで十分幸せだったと思う。


 彼はよく俺に「お金ちょうだい」と言っていた。俺は毎月5000円くらいを何度か渡していた。すると「もっと、もっと」と言う。それで、6000円渡す時もあったが、きっと欲しいものがあるんだろうと思っていた。


 そう、俺は彼女のことを何も知らなかったのである。

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