第33話 せんぱい、大好きですっ♡
午後のホームルームが終わると、俺はいち早く教室を出た。
『この話の続きは、放課後にしましょう』
昼休みから今まで、ずっと考えていたけど。これといった成果はなにもなかった。
重要なことの気がするのは、気のせいじゃないはず。
「はぁ……はぁ……」
二人で初めてヒマワリに行ったときのように、いち早く校門まで来ると、
「………………」
彼女が手すりに座ってローファーのつま先を見つめていた。
思わず一枚撮りたくなるが、一旦、その衝動は抑えよう。
「凛々葉ちゃん、待った?」
「あっ、せんぱい。今来たところです」
「そ、そうだよねっ。同じ時間に授業が終わったんだから……。あははは……はぁ……」
会話の一歩目に
「……単刀直入に聞くけど。……凛々葉ちゃんは、なにを見たの?」
「それは、歩きながら話しませんか? ここだと……すぐに他の人たちが来てしまいますから」
「!! た、確かに……じゃあ、行こうか」
「はい」
それから並んで帰り道を進んでいると、
「わたしが見たのは……」
「……っ!! 見たのは……?」
ドキッ……ドキッ……。
「どこかぎこちない、けれど初々しいカップルの写真です…――」
引っ越してきたわたしが、部屋に運んだ段ボールのテープを剥がしてふたを開けると、
「……ん? これって……」
中に入っていた一つの写真立てに目が止まった。
そこに写っていたのは……新しく姉妹になった同い年の女の子・つぐみ。
と、至って普通の男の子。
梨恵さん曰く、普段からあまり表情を表に出さないタイプと聞いていたけど。
その写真の中の彼女は、控えめな笑みを浮かべていた。
「………………」
その写真を見てふと出た一言。
「彼氏、いるんだ……」
そのときは、そのまま写真立てを段ボールに戻したのだけど。
それから数ヶ月後――。
『僕と……付き合ってくださいっ!』
その写真に一緒に写っていた男の子に――――――告白された。
最初は、なにかの偶然かと思った。
こんなことが本当にあるのか。
確率がどうとかでは済まされないことが現実に起きていた。
………………。
わたしは……
『――いいですよ』
その告白にOKの返事をした。
純粋に、目の前の人が真っ正面から想いを伝えてくれたことが嬉しかったのだ。
いや、もしかすると……それ以上に、二人の間になにがあったのか。という好奇心が勝ってしまったのかもしれない。
告白を断った時点で、関係がなくなってしまうのだから…――
「そう、だったんだ……」
今の話を聞いて、すぐに信じることはできないけど。
彼女の真剣な顔を見ていたら…………信じるしかない。
「だから……ごめんなさいっ! せんぱいのことを知っていたのに、そのことを黙っていて……」
こっちに向かって深々と頭を下げる凛々葉ちゃん。
「頭を上げてよ。事情は大体わかったからっ。正直、ちょっとびっくりしたけど……」
「で、でも……」
「今回のことは、お互い様ってことで、どうかな?」
「…………はいっ。せんぱいがそう言うなら……っ」
と言ってゆっくりと頭を上げた。
どうやら、わかってくれたらしい。
それにしても、まだ持っていたのか、あの写真……。確か、初めてデートをしたときに記念に撮ったんだっけ……。
ちなみに、その写真は俺も持っている。さすがに飾ってはないけど、机の引き出しに閉まってある。
……どうしても、忘れることができなかったんだ。
だって、つぐみは……初恋の女の子なのだから。失恋の気持ちも経験させてくれたし……。
「で、でも、どうしてそのことを話してくれたの?」
「ヒミツにしていたからですよ」
「それは、そうだけど。えっと……」
「……ふふっ。せんぱいが素直な人だから……わたしもそれに習ってみただけです」
「凛々葉ちゃん……」
「えへへっ……。二人の間に、なにがあったのかは聞かないでおきます。言いたくないことだと思いますので」
話したくないというより、話しにくいというのが正解だろう。
俺に聞いてくるということは、つぐみはなにも話さなかったんだな。
ホッと一安心するとともに、申し訳なく思ってしまう。
まぁ、人にペラペラ話すタイプでないことはわかっているんだけど……。
「今、あの子のことを考えていましたよね?」
「!? やっぱり顔に出てた?」
「それはもうバッチリ!」
「あぁ……」
すると、突然、凛々葉ちゃんが優しく腕に抱きついてきた。
「えへへっ。あの子以上に、せんぱいを魅了してみせますっ! だから覚悟してくださいねっ、せんぱい♡」
その笑顔は、雲に隠れたお日様にも負けないくらいに眩しかった。
「………………」
俺が見惚れていると、
「じゃあ、その第一歩として、わたしのことを『凛々葉』って呼んでくださいっ♡」
「え?」
「呼んでくださいよ~」
「どうして急にそんなこと……」
「せんぱいがあの子のことを……」
「? つぐみがどうしたの?」
「それですよ、それっ!」
「……つまり、どういうこと?」
「!? むぅ〜……!!」
「えぇ……?」
訳がわからず困惑している俺に、彼女は言った。
「どうして、わたしのこと、呼び捨てで呼んでくれないんですか?」
………………はい?
えっ。もしかして……呼び捨てで呼んでくれないから、ほっぺを膨らませていたのか!?
か、可愛すぎじゃない……っ!?
「じーーーーーっ」
「!! そ、それは……付き合い始めたばかりだし、急に呼び捨ては……まだハードルが高いと言うか……」
「……年下でも、わたしはせんぱいの『彼女』なんですよ? その彼女が呼び捨てでいいと言っているんですから、これくらいのハードル、ぴょんっと飛び越えてくださいっ!」
――…飛び越える!!
「わ、わかった。やってみるよ!」
「はいっ! 頑張ってください!」
…………よしっ。
「り……」
「そうです、そうですっ」
「り……り……」
「いいですよ、その調子ですっ」
「り……凛々葉……」
「っ!! せんぱ――」
「……ちゃん」
「……え?」
「凛々葉……ちゃん」
………………。
あ、あれ? どうして急に静かになったんだ!?
「あの……せんぱい。どうして、最後の最後で『ちゃん』を付けたんですか?」
「えーっと……あははは……」
「誤魔化そうとしてもダメですからねっ! じゃあ、もう一回。いいですね?」
「わ、わかった。り……り……凛々葉」
「…………っ。せ、せんぱい、もう一度言ってください!」
「凛々……葉……」
「もう一度!」
「……凛々葉」
「!? も、もう一度!」
「凛々葉!」
「せんぱいっ!」
「凛々葉!」
「せんぱいっ!!」
「凛々ぃぃぃ葉ぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ―――ッ!!!!!」
「きゃぁぁああぁぁぁ~~~!!! せぇ~んぱぁぁあ~いっ♥」
なに、これ?
まさに、帰り道を歩くバカップルの図が完成していた。
傍から見たら胸焼けしそうなだな。
結局、まだ呼び捨てに抵抗があったため、その後すぐに『ちゃん』呼びに戻ったのだった。
呼び捨てで呼べるようになるのは、どうやらまだまだ先のことになりそうだ。
「せんぱい」
「ん?」
「あのときの言葉の続き……教えてくださいっ」
「あのときって?」
「空き教室での一件のときに……慌てて駆け付けてくれたせんぱいが……」
『当たり前だよ……っ!! だって、凛々葉ちゃんは、俺の…――』
「あのあと、なにを言おうとしていたんですか?」
「!? そ、それは……」
………………。
じーーーーーっ。
「……り、凛々葉ちゃんは、お、俺の……大事な彼女だから……っ」
恥ずかしさのあまり、ついたどたどしい口調になってしまった。
こういうときに決め切れないんだよな……俺は……。
「……ふふっ。せんぱい、大好きですっ♡」
「っ!! 凛々葉ちゃん……っ」
「せんぱいは?」
「……好き……です」
「もう一回っ♪」
「す……好き……ですっ!」
「えへへっ、よく言えましたっ♡」
と言って、優しく頭を撫でてきた。
彼女からは、小悪魔的な素質を感じるというのに、最近は無意識の包容力も感じるようになった。
本人は多分、気づいていないと思うけど。
そんなことを考えながら、ふと目が合うと、
「えへへへっ♡」
彼女の緩んだ頬が赤く染まっていた。
そして、潤んだ瞳がじっとこっちを見つめている。
「? どうしたの……?」
「せんぱいに『好き』って言ってもらえたことが、とても嬉しかったんです……っ」
「!! 凛々葉ちゃん……」
「わたしって、意外と単純ですよね?」
「え、そうかな……。凛々葉ちゃんのこと、まだ全然わかったわけじゃないし……」
「当たり前ですっ。半分は『ヒミツ』で、できているんですから♡」
「ん? じゃあ、残りの半分は?」
「ふふっ。ナ・イ・ショです♡」
でも、それ全てをひっくるめて、大好きだっ。
「ねぇ、せんぱいっ。この後暇だったらヒマワリに寄って行きませんか?♪」
「うんっ。行こっか!」
「やったぁあああ~♪」
雲の隙間から射す光を背中に浴びて、二人は手を繋いだ。
――…ギュッと。でも、優しく――。
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