第14話 掘る

 掘り返す。土まみれの汗まみれになって、心の奥の地面を掘る。固いものにぶつかる。大きな箱。鎖を滅茶苦茶に巻きつけてある。ひとつひとつ、壊していく。動悸がする。箱の鍵穴も、壊す。汗が目に沁みる。ゆっくりと蓋を上げる。記憶が、私を押しつぶす。

「待って、無理かも」

 言うなり、私は持っていた酒を喉に流し込んだ。甘い。次の缶を開ける。浴びるように飲む。甘ったるい。喉の奥が熱い。口の中がべたつく。炭酸で胃が破裂しそうだ。

「ちょ、青ちゃん」

「何よ」

「急アルで死ぬから。やめときな、さすがに」

「もう開けちゃったから」

「置いときなよ」

「違う、記憶の箱」

「え?」

「とりあえず、ごまかすために酔う」

 素面でなんて、とうてい受け入れられない。あんな記憶。時々起こったフラッシュバック。吐き気と震えに襲われて、その日は一日中、何もできなかった。赤坂凛の音楽すら、私を救わなかった。酔っぱらったところで、上手くごまかせるのかなどわからない。それでも、箱を開けた以上、戻ることはできない。

 瀬名ちゃんが、黙って水を差しだした。それも飲み干す。もう一缶。コップ一杯の水。交互に飲んで、気持ち悪くなり始めたところで、私は手を止めた。

「青ちゃん……あんた、滅茶苦茶するね」

「しょうがないでしょ……。う……。トイレ、行ってくる」

「はいはい」

 嘔吐はしなかったが、頭がぐらぐらしていた。足元もおぼつかない。瀬名ちゃんが身体を支えてくれて、私はようやく狭い家の中を歩くことができた。

「はー、まったく。大丈夫?」

「んー……」

「そんな一気飲みすること、なかなかない経験だよ。素敵な誕生日だ」

「そうかな……」

「で、どうなの。ごまかせた?」

「……ううん」

「そっか」

 吐き気はおそらく、酔いからではなく、記憶のせいだった。ぼんやりした頭で、記憶がむくむくと巨大化していた。昔見たヒーローアニメの、ラスボスみたいなやつが、私の中で暴れている。気持ち悪い。怖い。寒い。

 ふいに、視界が何かに覆われた。一瞬パニックになりかけるが、背をさする手に気づく。

「青ちゃん。大丈夫」

 ゆっくりと、赤子をあやすように、瀬名ちゃんは私を撫でた。温かい。それは、私が長年求めていた、慈しみの温度だった。恋のように燃えず、支配のように凍てつかない、優しい温もり。震えが収まっていく。

「……ありがとう」

「どういたしまして。……話す? もう寝る?」

「話させて。今じゃなきゃ、たぶんもう無理だと思う」

「わかった。朝まで付き合うよ」

 二人の空間が、こんなにも真剣になったことは、今までなかった。それでいて穏やかな時間。大丈夫だ。今なら、きっと話せる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る